東芝の原発子会社処理は「不正会計」ではないー久保惠一氏に聞く

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久保惠一ビズサプリパートナー Photo by Hidemi Matsumoto(M&A Online 編集部)

東芝<6502>が紆余曲折の果てに半導体子会社「東芝メモリ」を米Bain Capital主導の「日米韓企業連合」に約2兆3億円で売却して3カ月が過ぎた。東芝最大の稼ぎ頭事業で「虎の子」とも呼ばれた東芝メモリを売却せざるを得なくなった原因が、M&Aで傘下に入れた原子力子会社・米ウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニー(WH)の経営破綻に伴う巨額の損失だ。

国内マスメディアは東芝の不正会計と批判を繰り広げたが、本当にそうか?「東芝事件総決算-会計と監査から解明する不正の実相」を上梓した公認会計士で、ビズサプリの久保惠一パートナーに聞いた。

WH買収は「間違い」と言い切れない

-2018年7月31日に東芝が保有するWHグループの英国企業の全株式を、カナダ系投資ファンドに売却を完了しました。同4月に売却したWH本体分も含めても、売却総額はたった112円(1ドル)。東芝が約6500億円を投じた巨大M&Aは惨憺たる結果に終わりました。

西田厚聡社長(当時)がWHを買収した判断は、結果はともかく意思決定した2006年当時は間違っていたとは言えないと思う。当時は地球温暖化問題がクローズアップされ、世界中で原子力発電の見直し機運が高まっていた。東芝の原発は日本でしか売れず、世界中で実績があるWHを買収すれば販路は海外へ広がる。

さらに同社が持つ加圧水型原子炉(PWR)技術を取り込むことで、東芝が持つ沸騰水型原子炉 (BWR) と併せて両タイプの原子炉をカバーできるようになった。世界全体でみるとPWRの新規建設が多く、同タイプの技術は東芝が原子力事業を海外展開するには不可欠だと判断したのだろう。

Inside a Mitsubishi Pressure Water Reactor. (Tsuruga, Japan)
東芝はPWR技術を手に入れることでグローバル展開を狙った(Photo by IAEA Imagebank)

適正価格の2倍!高額買収が命取り

-ところが、原子力発電を取り巻く状況は一変します。

2011年3月の東日本大震災による津波被害で発生した東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて、ドイツが脱原発に踏み切るなど原子力ビジネスの流れは大きく変わった。東芝はこの時に原子力事業を方向転換すべきだった。しかし、経済産業省が原発ビジネス存続のため東芝をバックアップしたなどの背景もあり、原子力事業の見直しには踏み込まなかった。これが東芝の傷口を広げることになる。

-WH問題が東芝を経営破綻寸前にまで追い込んだ原因は何だったのでしょう。

そもそもWHの買収価格が高すぎた。当初、東芝は2700億円で英国核燃料会社から同社を落札した。だが、英国では一旦落札しても、より高額の入札者が現れれば再入札になるという制度がある。結局、三菱重工業などとの再入札の結果、買収価格は6467億円にまで跳ね上がった。

簿価をはるかに上回る高額落札は英国の国益に適ったのだろうが、東芝にとっては仇(あだ)となった。当時のWHの貸借対照表によれば、同社の公正価値(時価)は2959億円。日本のように最初の落札で契約が決まる制度であれば、東芝がここまで追い込まれることはなかったのではないか。

-買収価格がWHの企業価値と大きく乖離(かいり)していたわけですね。

買収価格と買収された企業の時価の差額は「のれん」として計上される。WH買収の結果、3507億円の「のれん」と2519億円の無形固定資産を計上することになった。それらを差し引くと、WHの簿価としての純資産は439億円にすぎない。これだけ巨額の「のれん」になると、よほど大きな利益が出ない限りボディーブローのように効いてくる。

東芝は「のれん」を自社ではなくWHにつけた

-ボディーブローというと…

日本の会計基準では「のれん」を毎年、費用として償却しなくてはならないが、国際会計基準(IFRS)や米国会計基準(SEC)ではその必要はない。ただし「のれん」が毀損した時点で、損失として計上(減損)することになる。WHのように大幅な毀損が起こったと判定されれば、巨額の減損がいきなり発生する。東芝のWHショックは、まさに「のれん」の減損によるものだった。

-東芝の「のれん」の取り扱いが不正会計ではないかと指摘されましたが…。

東芝は2015年11月に開いた同9月中間決算発表で、原子力事業の「のれん」の減損は不要と表明した。この時に減損判定をWHと東芝を別々にではなく、事業の実態に合わせてグローバルで一体化したグループの原子力ビジネス全体で実施する方針も明らかにしている。

実はそれまでの2年間にWHでは1000億円の減損が計上されていたが、東芝と合算した原子力事業全体では健全だとして連結決算では減損を計上しなかった、つまり取り消していたのだ。その発表の直後に日経ビジネスが「東芝 米原発赤字も隠蔽」との記事を掲載したため、「またも不正会計なのか」と大騒ぎになった。

-実際のところ、不正だったのでしょうか?

東芝の説明は不親切だったと思うが、不正とは言えない。日本基準では買収した東芝に「のれん」が計上され、買収された側であるWHの貸借対照表に「のれん」が計上されることはない。つまり、東芝の連結決算で「減損を取り消す」ということも起こらない。これは国際基準も同じ。だから、東芝の会計処理は極めて不自然に見えたのだ。

不親切な説明が「不正会計」疑惑を生み、東芝ブランドは地に堕ちた(Photo by MIKI Yoshihito)

説明不足だった「プッシュダウン会計」

-不自然に見えるが、不正ではない?

米国基準には買収した子会社の資産・負債を時価評価して、その会社の貸借対照表に置き換えるプッシュダウン会計という方法がある。この方法を使えば、「のれん」はWHの貸借対照表に計上できる。

東芝がプッシュダウン会計を選択した理由は、「のれん」をWHに計上ですることで同社の資産を増やし、見かけの良い会社にする必要があったのではないか。「高すぎる買収」との批判が影響していたのかもしれない。この時の会計処理については監査法人も認めており、適法に処理したといえる。

こうした「のれん」の減損を連結決算で取り消したのは東芝だけではない。ソフトバンクグループ<9984>は2013年に米国3位(当時)の移動体通信会社だったスプリントを買収した。2014年12月の第3四半期にスプリントは商標権と固定通信事業の有形固定資産で合計約2568億円の減損処理をしたが、親会社であるソフトバンクの連結決算では取り消しをしている。

ただ、ソフトバンクはこの取り消しに明確な説明をしているのに対し、東芝は日経ビジネスの記事公開よりも前にWHの減損取り消しを暗示する説明会を開いただけ。しかも表向きは会計方法の変更についての会見で、専門家でないと分かりにくい説明だったために、さも不正会計のような報道をされてしまった。

さらに東芝は同件について東京証券取引所(東証)から、「適時開示基準違反」との指摘を受けている。東芝としては米国で上場しているスプリントと違い、非上場のWHならば「減損が一般に知られるはずはない」と考えて適時開示をしなかったのではないか。これもまた完全に裏目に出た。

-米国基準認められているプッシュダウン会計が日本基準で認められないのはなぜですか?

経営の健全性を維持するため、そして将来予測を可能にして財務の不透明性を排除するためだ。日本基準で義務づけられている「のれん」の償却もそうだ。ある日突然に減損となると、東芝のような大騒動になる。一方、米国基準はM&Aをやりやすいシステムといえる。日本基準のように「のれん」の償却を義務づけられると、毎年費用が発生するため買収はやりにくくなる。

不自然だった金融庁の対応

-翌年(2016年)2月4日時点でも、東芝は「減損の兆候なし」としていました。ところが同4月26日に突然、同3月期末で原子力事業の「のれん」を約2600億円も減損すると発表し、大騒ぎになります。

この発表は東芝メディカルの売却とセットだった。同社の売却益は5913億円で、東芝の債務超過を避けるために減損発表を遅らせたと受け取られかねない。しかも、この時の減損処理の根拠は、毎年10月1日を基準日に実施しているのに、なぜか同年2月29日を基準日として追加実施した原子力事業の減損テストだった。

-その後の東芝は監査法人の交代や、新たな監査法人から結論不表明を突きつけられるなど、会計問題で大混乱に陥ります。

2017年4月に公表された監査法人による四半期レビューの結論不表明の根拠は、「WHが2015年12月に米原子力サービス会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収したのに伴う6357億円の工事損失引当金の評価などが終了していない」というものだった。東証の判断が加味されるとはいえ、結論不表明は上場廃止になってもおかしくない異常事態だ。

-東芝は2017年6月末までが提出期限だった有価証券報告書(有報)が間に合わず、金融庁に延期を申し出て同8月10日にようやく提出します。

提出した有報は「2017年3月期に計上した6522億円のうち相当程度ないし全ての金額の工事損失引当金を、前期以前に計上すべきだった」とする「限定付き適正意見」だった。本来、企業が財務諸表を修正して監査法人の「適正意見」がつかなければ受け取りを拒絶するはずの金融庁が、「限定付き適正意見」の状態で東芝の有報を受理している。これは極めて不自然と言わざるを得ない。

「宴のあと」に残ったもの

-なぜ金融庁は受理したのでしょう?

金融庁は「金額(影響額)を特定しない限定付き適正意見」であれば受理できる。ただし、そうした有報には「十分かつ適切な監査証拠を入手できなかった」と明記してある。「証拠を入手できなかったから、金額が特定できなかった」という理屈だ。

だが、東芝が示した「限定付き適正意見」に、そのような記述はない。同社によれば「監査法人との見解の違い」が理由だが、適正かどうかをジャッジする監査法人とチェックを受ける企業の間で「見解の違い」はあり得ない。監査法人の指摘を受けて、法人が適正な修正をするのが当たり前だ。

仮に2016年3月期に、監査法人の指摘通り6522億円の全額もしくは相当額を工事損失引当金に計上して有報を訂正した場合、決算への影響は最大で2015年の不正会計額(1706億円)の4倍近くに膨れ上がり、東芝の上場維持は難しくなったはず。そこで金融庁としては受理可能な「金額を特定しない限定付き適正意見」を落しどころにしたのだろう。

-いっそのこと上場廃止するという判断もありえたと思いますが…。

東芝が上場廃止となると金融機関への影響が大きい。さらに再建に向けての資金調達も難しくなる。国内経済への影響を考慮した政治的判断だったのではないか。

-結局、WHの破綻で東芝は不可解な第三者割当増資や半導体子会社の売却を余儀なくされました。

東芝は2017年12月に旧村上ファンド出身者らが立ち上げたエフィッシモ・キャピタル・マネージメントなどに6000億円の第三者割当増資を実施し、モノ言う株主(アクティビスト)を抱え込むことになる。2018年6月には東芝メモリ譲渡で9700億円の売却益を得たのを受けて、7000億円もの自社株買いを表明した。

東芝は現在進めている米国での液化天然ガス(LNG)事業の売却に伴う損切りで、最大1兆円の損失が生じる可能性を認めている。なぜそんな時期に巨額の自社株買いをする必要があるのか不可解だが、おそらくはモノ言う株主からの要請があったのだろう。今後も彼らが東芝の経営に干渉してくるリスクはある。

ただ、東芝メモリの事業売却が東芝にとって痛手とは言い切れないと思う。半導体事業はグローバル競争が激しく、事業リスクも高い。それに大量生産が競争力の源泉なので、これからも多額の設備投資が必要になる。事業売却で他社を経営に巻き込み、投資資金を引き出させるメリットもあるのだ。

むしろ東芝にとっては、2016年にキヤノン<7751>へ売却した東芝メディカルシステムズの方が痛手だと思う。医療機器は半導体ほど競争は激しくないし、なにより今後も安定した需要が見込まれるからだ。

「東芝事件総決算」
東芝の会計問題の闇に切り込んだ久保さんの「東芝事件総決算」(日本経済新聞出版社)

聞き手・文:M&A Online編集部 糸永正行編集委員