「格安時代」の終焉?ポストコロナは「物価高の時代」になるのか

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、日本経済を大きく変える可能性が出てきた。これまでの「格安」から一転して「物価高」の芽が育ちつつあるのだ。もちろん現時点では景気低迷が続いており、物価上昇の気配はない。だが、コロナ収束後に物価高をもたらしかねない「変化」が起こっている。その代表的な業界が航空と携帯電話(移動体通信)だ。これらの業界で何が起こっているのか?

コロナ禍で「退場」する格安航空会社

楽天<4755>やアルペン<3028>、ノエビアホールディングス<4928>などから出資を受け、中部国際空港(愛知県常滑市)を拠点に札幌・仙台・福岡の国内3都市と台北を結ぶ4路線を運航する格安航空会社(LCC)のエアアジア・ジャパン(同)が事業を廃止することになった。新型コロナの影響で航空会社が廃業するのは初めて。

コロナ禍で苦境に追い込まれているのは同社だけではない。日本航空<9201>や豪ジェットスターが出資するジェットスター・ジャパン(千葉県成田市)は国内線23路線のうち、関西―福岡など搭乗率の低い6路線を2021年3月下旬まで運休する。運航再開は未定だが、約600人のパイロットや客室乗務員を対象にした希望退職を募っていることから路線が廃止される可能性が高そうだ。

中国資本の春秋航空日本(同)も、国内3路線が週末と祝日にだけ運航している状態。国際線の運航は6路線のうち2路線にとどまる。同社は2012年の設立時から赤字が続いており、コロナ禍前の2019年末時点ですでに債務超過に陥っていた。そのため日本市場からの撤退も懸念されている。

運賃が安く、経営規模が小さいLCCはコロナ禍による利用者減少の影響を受けやすい。LCCは航空料金を大幅に引き下げ、新興国からのインバウンド(訪日外国人旅行)客招致の原動力となっただけでなく、近年は国内路線への展開で「新幹線どころか高速バスよりも安い」運賃で国内旅行需要も喚起してきた。LCCの撤退が相次ぐことで、航空運賃の値上がりが懸念される。

大手キャリアの値下げで競合各社は厳しく

値上がりしそうなのは航空料金だけではない。携帯電話料金も中・長期的には値上がりしそうだ。しかし、携帯電話料金といえば菅政権の掲げる経済政策の「1丁目1番地」として、武田総務相が「コロナ禍での家計への負担を考えたら、1日でも早く値下げを実現してもらいたい」と携帯電話キャリア(通信事業者)大手に圧力をかけている。

これに対してNTTドコモ<9437>KDDIau<9433>、ソフトバンク<9434>の携帯大手3社は値下げに協力する姿勢を示している。ならば携帯電話料金は値下がりするのではないか?と考えるのは早計だ。携帯大手3社を日本航空や全日空<9202>のような大手航空会社とすれば、新規参入の楽天モバイルや「格安携帯電話」と呼ばれるMVNO(仮想移動体通信事業者 )はLCCに当たる。

LCCと同様に、新規参入した携帯電話事業者は経営規模が小さい。携帯大手3社が値下げに動けば、対抗上値下げに動かざるを得ない。とはいえ楽天モバイルは設備投資負担が重く、自社設備を持たないMVNOは携帯大手3社の回線に借りている状況だ。

通信量が最大のプランの場合、現在は携帯大手3社(月間通信容量30G〜50GB、またはテザリングを除いて無制限)が7650〜8650円なのに対して、新規参入キャリアの楽天モバイル(同無制限、ただし自社エリア外は5GB超で速度制限あり)が2980円、MVNOのmineo(同30GB)が5900円となっている。

菅首相が「1割程度では改革にならない」と明言していることから、携帯大手3社では3割程度の値下げは実現しそうだ。そうなると携帯大手3社の料金は5350〜6050円程度。MVNOのmineoと同レベルにまで下がる。

携帯電話料金値下げを強力に推進する菅首相=左から2番目(首相官邸ホームページより)

コロナ景気対策の「官製値下げ」で寡占強化

それでも楽天モバイルは携帯大手3社の半額だが、自社エリア以外での利用では月間通信量が5GBを超えると1Mbps以下に速度制限される。無制限の自社エリアは2020年10月1日現在、全国で14都道府県の一部にすぎない。携帯大手3社並みに自社エリアが拡大するまでは、全国区での競争は厳しいだろう。

格安ながら自社サービスエリアが狭い楽天モバイルにとって、大手の値下げは脅威だ(同社ホームページより)

携帯電話のLCCといえる新規参入キャリアやMVNOに、3割の値下げは厳しい。MVNOの回線利用料が値下げされたとしても、携帯大手3社との料金差は現在よりも縮小するだろう。そうなればブランド力や通信速度で優れる携帯大手3社が強い。顧客は携帯大手3社へ集中し、新規参入キャリアやMVNOが経営危機に陥る可能性もありそうだ。

そうなれば国内携帯電話業界は現在以上の寡占状態となり、いずれは料金も値上げに転ずるだろう。コロナ禍による国民の経済的負担軽減から始まった携帯料金の官製値下げが、中・長期的な競争の緩和と料金値上げを生むとしたら皮肉としか言いようがない。

コロナ禍は長年にわたって続いてきた「格安時代」に幕を引き、「物価高の時代」の幕開けになるだろう。デフレ脱却は日本経済の課題だったが、景気が回復しない中での物価高の襲来は国民生活に深刻な打撃を与えかねないだけに警戒が必要だ。

文:M&A Online編集部