マツダが「トヨタに作れない」超省エネエンジンを投入できた理由

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2018年6月26日、マツダ<7261>の社長が小飼雅道氏から代表取締役副社長で米州事業・管理領域統括の丸本明氏に交代する。マツダの2018年3月期連結決算は世界販売台数が前期比4.6%増増の163万1000台と過去最高となったことを背景に、売上高が同8.1%増の3兆4740億円と2期ぶりの増収に。営業利益は同16.5%増の1464億円と2期ぶりの増益、経常利益は同23.4%増の1721億円、純利益は同19.5%増の1120億円と3期ぶりの増益となった。マツダは増収増益の好決算を社長交代の好機とみたのだろう。

マツダの好業績を支えるスカイアクティブエンジン

この好業績を支えているのが、ヒット車となった「CX-5」はじめ主要車種に搭載されている超省エネエンジンの「SKYACTIV(スカイアクティブ)」だ。量産ガソリンエンジンとしては世界一となる圧縮比14.0を実現し、燃費、トルクともにに従来比で15%向上している。

その結果、コンパクトカーの「デミオ」で実用燃費は19.20km/Lと、ハイブリッド車(HV)のホンダ<7267>「フィット」(21.52km/L)やトヨタ自動車<7203>「アクア」(22.86km/L)に匹敵する燃費を実現している。デミオはHV機構を搭載していないだけに車両価格も安い。フィットHVは169万9920円(いずれも消費税込)から、アクアは178万5240円からなのに対し、デミオが139万3200円からと30~40万円も下回っている。コンパクトカーでは無視できない価格差だ。

マツダ「デミオ」
実用燃費ではライバルのHVに匹敵する「デミオ」(同社ホームページより)

しかし、マツダの企業規模は小さい。2018年3月期連結決算ではマツダの売上高はトヨタ(29兆3795億円)の8分の1未満にすぎず、営業利益(2兆3998億円)に至っては16分の1を下回る。なぜ下位メーカーのマツダが、トヨタの作れない超省エネエンジンを実用化することができたのだろうか。

なぜトヨタは超省エネエンジンを作らないのか?

理由はトヨタ側から見れば分かりやすい。トヨタは1997年に初代「プリウス」でHVを実用化した。HVの省エネ効果は絶大で、カタログ性能ではマツダのスカイアクティブエンジン搭載車を凌駕する(デミオの24.6km/Lに対し、アクアは38.0km/L)。HV搭載車種を増やすことで量産効果によるコストダウンも実現し、ガソリン車との価格差も縮まった。つまりトヨタにはHVがあり、ガソリンエンジンの燃費向上に力を入れる必要はなかったのだ。

さらにトヨタにはいわゆる「全方位開発」のポリシーがある。実用化されているすべての自動車を、自社の商品群に組み込む戦略だ。そのため燃料電池車(FCV)の「MIRAI」を実用化し、電気自動車(EV)の開発も進行中だ。ブラジルなどではガソリンにバイオ(生物)由来のエタノールなどのアルコールを加えた燃料で走行できるフレックス燃料車(FFV)なども販売している。その結果、開発費や人材などの研究開発リソースが分散し、従来型エンジンのブラッシュアップに大きな投資ができない事情もあった。

マツダの「スカイアクティブエンジン」

これに対して資金力に劣るマツダは、ガソリン・ディーゼルの従来型エンジンに研究開発リソースを集中投下するしかない。FCVの開発も中断せざるをえず、EVやFFVなどに手を広げる余裕などなかったのである。従来型エンジンのブラッシュアップが最も低コストで、確実に売れる。その結果、大ヒットとなるスカイアクティブエンジンが誕生したわけだが、長期的に安泰なわけではない。

すでに中国やインド、欧州連合(EU)などではガソリン車やディーゼル車といった排ガスを出す内燃機関車の締め出しが動き出している。燃費が良いHVですら排除する動きもあり、マツダのスカイアクティブエンジンといえども長期的には「風前の灯」の運命だ。

「弱者の戦略」で勝ち抜くマツダのしたたかさ

そこでマツダはトヨタやデンソー<6902>などと共同でEV開発に取り組む新会社「EV C.A. Spirit」を立ち上げた。トヨタの力を借りてEV開発に取り組むわけだ。EVに開発リソースを回せないマツダにとっては、最も現実的な次世代エネルギー車戦略だろう。

こうしたマツダの「弱者の戦略」は、下位メーカーの典型的な「勝ちパターン」といえる。スカイアクティブエンジンのように目先で確実にヒットする商品へ研究開発リソースを集中投入して、その分野ではトヨタのような上位メーカーを上回る商品を市場投入する。EVのような長期戦略で欠かせない商品開発は、体力がある上位メーカーと共同で取り組む。これにより、少ない研究開発リソースで次世代を支える戦略商品を確実に送り出せる。

この場合、上位メーカーが共同開発から逃げ出さないよう資本関係を結ぶのが望ましい。マツダはトヨタとの間で2017年8月に資本提携で合意した。トヨタはマツダ株の5.05%を、マツダはトヨタ株の0.25%を相互に取得する。トヨタはダイハツ工業<7262>やスバル<7270>にも一方的に出資しているが、マツダとのような相互出資は極めて異例だ。それだけにマツダの扱いは「別格」といえるが、これもスカイアクティブエンジンをはじめとする技術力を認められてのこと。上位メーカーとの関係づくりとしては「完璧」といっていいだろう。

そうしたトヨタとの関係づくりを2013年から進めてきたキーパーソンが丸本新社長だった。丸本新社長は開発部門出身で、スカイアクティブエンジンの実用化にも尽力してきた。いわば「弱者の戦略」の陣頭指揮をとってきた人物である。今回の社長就任も「弱者の戦略」で生き残る上での、したたかな布石とみていいだろう。

文:M&A Online編集部