【M&A判例】レックス・ホールディングス株式取得価格決定申立事件

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TOBとスクイーズアウトの関係

MBO(マネジメント・バイアウト、経営陣による買収)など、株式公開買付け(TOB)による完全子会社化を目指す場合、全部取得条項付種類株式の取得により「スクイーズアウト」することが多々あります。

スクイーズアウトとは、ある会社の株主を大株主とするために、当該会社の少数株主に対して金銭等を交付することで強制的に株式を買い取り、当該企業の株主から文字通り「締め出す」手法です。

その際に問題となるのが「株式取得価格」です。スクイーズアウトの際の株式取得価格は実施する企業側が決定しますが、株主側に不服がある場合には「裁判所に訴えて適正な株式買い取り価格を決定してもらう権利」が会社法で認められています。

今回は「株式取得価格決定訴訟」の典型例であるレックス・ホールディングスの裁判事例を解説します。

1.レックス・ホールディングス株式取得価格決定事件の概要

2006年11月、「牛角」などの飲食チェーンを運営するレックスHDが経営不振等の問題解決のためMBO(マネジメント・バイアウト)を実施して株式を非公開化しました。

その際、旧来の株主から株式公開買付け(TOB)を行い、最後まで反対した少数株主に対してはスクイーズアウトを行って強制的に株式を買い取ります。スクイーズアウトの際に適用された公開買付価格は、TOB公表前の1カ月平均株価20万2000円に13.9%のプレミアムを付した「1株当たり23万円」でした。

しかし反対していた少数株主は、レックスHDがMBOの公表前に恣意的な形で業績を下方修正したことで、公表日には経営陣に都合よく安価に誘導していたと考えました。そこで、公表日のプレミアムが適切ではないと、東京地方裁判所へと適正な株式価格の決定を求める「株式取得価格決定申立訴訟」を起こしました。

これがレックスHDの株式取得価格決定申立訴訟の概要です。

2.東京地方裁判所の決定

レックスHDの株式取得価格決定申立訴訟において、原審である東京地裁は以下のような方法で株式買い取り価格を決定しました(東京地決平成19年12月19日)。

・適正な株式買い取り価格は、取得日における株式の客観的な時価を基準とし、その株式の強制取得によって失われる今後の株価上昇に対する期待権(プレミアム)を考慮して定める
・レックスHDの株価は公開買付(TOB)を公表したために影響を受けて下落していた
・TOBの3か月前に公表された連結業績予想の当期純利益を0円とするプレスリリースにより、株価が過剰に下落していた

そして「株式の強制取得によって失われる今後の株価上昇に対する期待権(プレミアム)」を「1株当たり2万8000円」と算定しました。そしてレックスHDの「取得日における株式の客観的な価値」については、直近の市場株価を基準として「1株当たり20万2000円」としました。

その結果、適正な買付価格を「20万2000円2万8000円=23万円」としました。

つまり地方裁判所は、レックスHDが決定した「1株当たり23万円」を維持したのです。

3.東京高等裁判所の決定

当然、株主たちは納得せずに東京高等裁判所へ不服申立をしました。東京高裁は地裁の判断を覆し、以下のように決定しました(東京高決平成20年9月12日)。

本件の株式価格を決定する際には、以下のような事情を考慮すべきである。

株式が過剰に下落した後の「株価取得日」の時価を株式の客観的な価値とみなすべきではない。

そして東京高裁は、TOB前の「6カ月平均株価」である「1株28万0805円」を株式の客観的価値として、そこに強制取得によって失われる利益の2割をプレミアムとして上乗せし、「1株当たり33万6966円」が適正な取得価格であると判断しました。

この判決では、MBOでは「取締役による株式の取得」という性質上、株主との利益相反を避けられないことや「レックスHDが特別損失を計上するに際して、決算内容を下方へ誘導する会計処理を行った可能性」をも考慮されています。

4.最高裁判所の決定

最高裁判所も高裁の決定「1株当たり33万6966円」を維持しました(最三小決平成21年5月29日)。

最高裁では、本件で株主に適切な判断機会を確保するための資料(株価算定評価書など)が充分に公開されなかったことや、会社側が株主へTOBを通知する際、「TOBに応じなかった場合、裁判所に価格決定を申立てても認められるかどうかわからない」などと記して裁判を行うことを牽制したことは「配慮に欠ける」と指摘しています。

5.レックスHD株式取得価格決定事件からわかること

MBOでは株式を取得する役員と株主との間に、不可避的な利益相反が生じます。この事件で最高裁は、そのような中でも「株主を保護すべき」という考え方を採用しています。

具体的には基準価格について「取締役らによる作為的な株式価格の下落の可能性」を考慮して「取得前の6カ月平均株価」としました。そして、最高裁は「株主らへ株式価格決定の申立を牽制するような強圧的な表現は配慮に欠ける」として非難しています。

こうした裁判所の考え方を前提とすると、MBOを行うときには、恣意的に株式価格を下落させたり裁判による価格決定の権利行使を妨害したりせず、株主保護のための措置をとりながら進める必要があるといえるでしょう。

レックスHDの株式取得価格決定事件は、裁判所が「近接した時期に行われたMBOの平均値」と初めて具体的な算定根拠と金額を提示した判例となりました。

次週は、もうひとつのレックス事件(レックスホールディングス損害賠償請求事件)を取り上げます。

文:福谷 陽子/編集:M&A Online編集部

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております

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