【アース製薬株式会社】「地球を、キモチいい家に。」 は 実現できるか

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 『ごきぶりホイホイ』や『アースノーマット』、『モンダミン』等で有名なアース製薬<4985>は、殺虫剤などの衛生薬品の製造・販売を行い、フマキラー<4998>、エステー<4951>、小林製薬<4967>とともに日本を代表する日用品メーカーである。

 1969年に会社更生法の適用を申請し、大塚製薬の資本参加を受けたアース製薬だが、最近は国内外の企業とのM&Aや業務資本提携を進め、さらなる展開を図っている。

 「地球を、キモチいい家に。」をスローガンとして掲げる同社の海外展開、日本発の殺虫剤は、海外でもヒットするのだろうか。

【企業概要】殺虫剤の国内トップメーカーに成長

 アース製薬は1892年、木村秀蔵氏によって大阪の難波で創業した。1910年に現在の兵庫県赤穂市に工場を建設し、1916年には炭酸マグネシウムの国産化に成功した。赤穂市の坂越工場は、目の前に瀬戸内海を臨む。これは、炭酸マグネシウムの生産には原料として海水が欠かせないためである。また、当時は船舶で製品を運ぶのが一般的な物流手段で、炭酸マグネシウムを船で大阪等の大都市まで運ぶのに、坂越工場は絶好の場所だった。

 その後、1925年に株式会社木村製薬所を設立し、殺虫剤の製造を開始するとともにさまざまな製品を発売した。1964年にアース製薬株式会社に商号変更を行う。そのわずか5年後の1969年、経営難により会社更生法の適用を申請した。

 翌年に大塚製薬の資本参加を受け、大塚ホールディングス<4578>の傘下に入ってからは、ゴキブリ用捕獲器「ごきぶりホイホイ」のヒットをはじめ快進撃を続けた。現在では、殺虫剤分野で50%以上のシェアを持つトップメーカーへと成長し、市場での確固たる地位を確立している。2016年12月期決算での同社の連結売上高は約1,685億円、連結営業利益は約55億円、連結従業員数3,479人、子会社17社(内連結子会社10社)、国内の総合トイレタリーメーカーとしては業界第4位となっている。

【経営陣】たたき上げの川端氏がCEOに就任

 過去の経営陣で、現在のアース製薬を築き上げた商品ともいえる『ごきぶりホイホイ』の開発の中心人物だったのが元常務の木村碩志氏である。同氏は創業者である木村秀蔵氏の孫に当たる。木村碩志氏は工場内で数十万匹のゴキブリと寝起きし、誘因物質の開発などに取り組むほど研究熱心な人物だったと言われ、アース製薬の成長の原動力となった人物でもある。

 現在のアース製薬の役員構成は、株主である大塚製薬グループ出身者とアース製薬生抜きの人物で構成されている。アースグループCEOである川端克宜氏もアース製薬生抜きであり、同社が弱かったガーデニング用品事業を倍々ゲームで成長させた現場たたき上げの人物である。同社は殺虫剤以外の分野で柱となる事業を作ろうとしており、その柱の一つにガーデニング用品事業がある。ガーデニング用品事業で実績を残した川端氏が、アース製薬のCEOに抜擢された。

【株主構成】会社更生法適用で大塚製薬グループ傘下に

 2016年12月末時点の株主構成を見ると、上位10社中5社が大塚製薬グループ(大鵬薬品工業も大塚製薬グループだ)で占められている。1970年にアース製薬が会社更生法を適用された際に大塚製薬が資本参加して再建し、その後のアース製薬の数々のヒット商品の誕生を支えた。現在でも大塚製薬グループ企業間での連携が図られており、例えばアース製薬の国内物流の全てのオペレーションは大塚倉庫に委託している。

図表1:アース製薬の主要株主

大株主 保有株式数(千株) 保有割合(%)
大塚製薬株式会社 2,200 10.89%
株式会社大塚製薬工場 1,948 9.64%
アース製薬社員持株会 1,100 5.44%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 675 3.34%
大鵬薬品工業株式会社 600 2.97%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 497 2.46%
大塚化学株式会社 400 1.98%
株式会社中国銀行 340 1.68%
STATE STREET BANK AND TRUST COMPANY 298 1.47%
大塚エステート有限会社 239 1.18%
8,299 41.08%

2016年12月末時点、有価証券報告書を基にM&A Online編集部作成

【M&A戦略】ライバルの白元を買収。海外M&Aにも積極的に取り組む

 アース製薬は、一般家庭に馴染みのある生活用品を展開する企業(あるいは事業)を複数買収している。時には敵対的買収を仕掛けるなど、その手法は必ずしも友好的なものとは限らないものの、下表に見るように、M&Aに対しては非常に積極的に取り組んでいる。 

図表2:アース製薬が行った主なM&A

年月 内容
2007年7月 英レキットベンキーザーPLCと家庭用ハウスホールド製品の包括的な日本における独占販売契約を締結。両社はマーケティングを含めた関係強化を図り、日本でのレキットベンキーザー社製品(ミューズなど)の浸透を図る
2008年2月 業務用衛生害虫駆除剤や各種ペット用品並びに機能性フードなどを製造している子会社のアース・バイオケミカル株式会社が、ペットアクセサリー用品の販売事業を行っている株式会社ターキーの株式100%を取得し子会社化
2011年2月 フマキラーの少数株主持分をエステーに譲渡
2011年12月 Wise Partners株式会社の運営するWP1号投資事業有限責任組合(ファンド)が保有する株式会社バスクリンの株式及び新株予約権を取得し子会社することを取締役会にて決議し、同日株式譲渡契約を締結
2012年11月 子会社のアース・バイオケミカルは、日本毛織株式会社の保有するニッケペットケア株式会社の株式100%取得し子会社化
2014年7月 民事再生手続きの開始を申し立てた株式会社白元との間で、白元が展開している事業の円滑な再生を目的に事業譲渡契約書を締結。譲り受けた事業については、新設する子会社が引き継ぐことを予定
2016年2月 連結子会社であるタイの ARS CHEMICAL CO.,LTD. は、同社がタイで行うペストコントロール事業を、当社の連結子会社であるアース環境サービス株式会社が新設するタイの現地法人に譲渡
2016年5月 アース製薬が、連結子会社である ARS CHEMICAL の増資を引き受けることを決議
2016年6月 「正露丸」、「セイロガン糖衣A」を主力製品とする大幸薬品株式会社との資本業務提携に向けた基本合意書を締結
2016年11月 株式会社ニチリウ永瀬が保有するジョンソントレーディング株式会社の発行済株式30%を追加取得し、子会社化することを取締役会において決議
2017年3月 株式会社プロトリーフの株式の一部取得及び資本・業務提携並びに株式会社ハイポネックスジャパンとの業務提携契約の締結を取締役会において決議
2017年3月 ベトナムで家庭用品を製造・販売する A My Gia Joint Stock Company の全株式を取得し子会社化することを決議
2017年5月 アース製薬を吸収分割承継会社として完全子会社のアース・バイオケミカル株式会社を吸収分割すること、並びにアース・バイオケミカルを存続会社として、同じく完全子会社のジョンソントレーディング株式会社を吸収合併すること及び本合併に伴い存続会社の商号変更することについて、取締役会において決議

M&A Online編集部作成

ときには敵対的買収を仕掛けるM&A巧者

 日用品業界の再編の先駆けになるのではと注目されたのが、ライバル会社であるフマキラーの買収に乗り出した事案である。フマキラーはいち早く海外展開を図ってきたことから、海外展開に後れを取ったアース製薬は、フマキラーとの経営統合を目論んでいた。しかし、フマキラー側はこれを拒否し、創業家が株を買い増すなどの買収防衛策を講じた。

 その後、両社は泥沼の戦いとなる。2009年には両社が製品の類似性を理由に販売停止を求める訴訟を起こし、結局、両社は和解したものの、2011年にフマキラーは第3位の株主であるエステーと業務資本提携に踏み切った。それに伴い、2008年にアース製薬が取得していたフマキラーの株式約10%をエステーに譲渡することとなった。

 2012年には、入浴剤業界2位のバスクリンを買収した。バスクリンは、『バスクリン』や『日本の名湯』などのブランドを持つ長い歴史を誇る会社である。2006年にツムラから「ツムラライフサイエンス」として分社化。その後2008年にワイズパートナーズの支援の下でMBOによってツムラグループから独立し、2010年にツムラライフサイエンスからバスクリンに社名を変更している。そのバスクリン株の8割強を保有するワイズパートナーズから、アース製薬が約150億円で取得し、子会社化した。これによって約15%を占めていたアース製薬の入浴剤シェアは約40%となり、これまで約30%のシェアで首位だった花王を上回り話題となった。

 更に2014年には、バスクリンと同様に非上場会社としては非常に知名度が高かった白元を買収した。白元は衣料用防虫剤『パラゾール』をはじめ冷蔵庫用脱臭剤『ノンスメル』、使い捨てカイロ『ホッカイロ』、衣料用防虫剤『ミセスロイド』、保冷枕『アイスノン』など息の長いヒット商品を次々と生み出した会社である。その白元が経営難により民事再生法適用を受け、再生を支援するスポンサーを募っていた。その際、アース製薬とともに買収に名乗りを上げたのがエステーだった。エステーは、アース製薬がフマキラーの買収に乗り出した際に、フマキラーのホワイトナイトとなったある意味因縁の相手である。

 白元の買収は両社の争奪戦になるかに思われたが、エステーは最終入札への参加を見送った。その背景として、白元の労働組合をはじめ従業員の3分の2がエステーとは販売店が重複するため、人員整理につながる可能性があると署名を集め白元の管財人に提出していたことが影響したとみられている。こうした理由から、エステーは最終入札から降り、アース製薬が買収に至った。

課題は海外展開か

 そして近年、アース製薬は国内企業から海外企業への買収へとシフトしている。2017年には、同社はベトナムのAMGを子会社化した。AMGは2003年の創業以来、ベトナムにおいて住居用洗剤を中心に殺虫剤などの家庭用品の製造・販売を行っている会社である。経済発展の著しい東南アジア地域をはじめ、アジア地域での展開を図ることを目的とした買収だった。

 国内日用品市場が人口減少と共に縮小する中で、アース製薬は海外展開の拡大を課題としており、今後も主にアジア地域でのM&Aを進めるものと思われる。

【財務内容】財務内容が悪化するも、10年で売上を倍増に

 アース製薬の過去の業績推移を見ると、2005年から2016年にかけて売上は倍増している。それに対し、利益はほぼ横ばいと低迷している。この要因として考えられるのが、M&Aに伴うのれん償却費の増加である。

のれん償却費が利益を圧迫

 アース製薬はこれまで数々の国内外企業の買収を行ってきた。それに伴うのれん償却費は大きく、税引き前利益に、特別損益、支払利息、減価償却費及びのれんの償却費を加算したEBITDAの推移で見ると、明らかに減価償却費やのれん償却費が増加している(下図)。

図表3:アース製薬の利益推移

 しかしながら、のれん償却費の増加を考慮してもアース製薬の利益率(下図)は非常に低い。同業他社の2016年度決算の売上高当期利益率と比較すると、例えば花王8.7%、資生堂3.8%、エステー4.0%、フマキラー3.3%なのに対し、同社はわずか2.0%である。こういった利益率の低さには同社が従来から抱える様々な課題があり、例えば主力である殺虫剤の返品率が高いことや、日用品業界の競争激化に伴うコストの増加、シェア拡大のために販売促進費を増加させてきたこと等である。

図表4:アース製薬の売上と利益率の推移

有利子負債が大幅に増加

 財務の健全性では、長らく株主資本比率が50%を超えていたものの、近年では30%台を伺う状況となっている(下図)。

図表5:アース製薬の株主資本、ROE、ROAの推移

 また、企業買収や設備投資を繰り返してきたことにより、有利子負債がここ5年間で大幅に増加している。直近2期の業績では現預金を有利子負債が上回る状況となっており、有利子負債の削減も今後の課題といえる(下図)。

図表6:ネットデットの推移

 一方で、2016年12月期決算での売上は過去最高となっており、国内殺虫剤市場の平均成長率が1.3%ということを考慮すると同社の売上の成長スピードは驚異的である。同社では、さらなる事業の拡大には安定した持続的利益成長が不可欠と考え、殺虫剤に次ぐ第2の柱として日用品を育成してきた。日用品部門では、M&Aを通じて、これまでバスクリンと白元を連結子会社化している。

 アース製薬は総合環境衛生事業も行っており、総合環境衛生事業では、食品工場などに対して異物混入や汚染防止などのコンサルティングサービスを提供し、長期契約を積み上げる安定収益事業となっている。同社は将来の収益源となる事業に対しては積極的な経営方針を執っている。

【株価】ヒアリ特需で株価が上昇

 アース製薬の株価は、2017年7月10日に6370円と年初来高値を更新した。7日に東京都の大井埠頭でヒアリが100匹以上見つかったとの報道を受け、大幅反発した。株価は2012年から一貫して右肩上がりとなっており、現在の株価は、5年間でほぼ倍になっている(下図)。

図表7:アース製薬の株価推移

 株価に関連する指数では、PER(株価収益率)30.67倍、PBR(株価純資産倍率)2.68倍、配当利回り1.99%となっている。競合他社であるフマキラー、エステーと比較すると概ね上回っている(下表)。

図表8:トイレタリー業界 競合比較

PER PBR 配当利回り
アース製薬<4985> 30.67倍 2.68倍 1.99%
フマキラー<4998> 17.9倍 2.96倍 1.26%
エステー<4951> 23.59倍 2.11倍 1.07%

M&A Online編集部作成

 アース製薬の株価はPERが競合他社に比べ高い水準にあるものの、殺虫剤市場において強いブランド力を有すること、今後の海外市場での伸びが期待されることなどを考慮すると、一概に割高とは言えない水準である。また、リスクとしては今後もM&Aを積極的に進めると仮定すると、のれん償却費が増加し利益率が低下すること、国内人口の減少により市場が縮小すること等が考えられる。

 近年では、通常、熱帯・亜熱帯地域を中心に流行しているデング熱の感染症に渡航歴がない人が国内で初めて感染するなど、地球温暖化の影響により、これまで以上に蚊等を媒介とした感染症リスクが高まっている。そういった際に、同社の株価は過去乱高下しており、今後も同様の場面が出てくる可能性は高いと思われる。

【まとめ】M&Aで海外展開の時間短縮を図る

 アース製薬は、2016年12月期から5か年の中期経営計画に取り組んでいる。最終年度である2020年12月期における目標数値として連結売上高2,000億円、経常利益150億円を掲げている。

 中期経営計画の重点テーマとしては、「海外展開の強化」、「グループシナジーの最大化」、「収益力の向上」という3つを掲げているが、特に「海外展開の強化」と「収益力の向上」の2つについては以前から抱えている問題でもある。

 2008年、アース製薬はフマキラーの海外基盤を狙った買収を仕掛け、失敗に終わった。その後の同社の海外展開はほとんど進んでいない。2015年12月期における同社の海外売上高比率は3.6%と、同決算期のライオン25.7%、2016年3月期における小林製薬14.8%、エステー6.5%、フマキラー44.6%と比べ、極めて低い水準となっている。

同社は2020年12月期には、海外売上高比率を7.5%まで高めることを中期経営計画で掲げており、2017年5月にはベトナムのAMG社を買収するなど、目標達成までの時間の短縮にM&Aを活用している格好になる。

 収益力の向上については、アース製薬単体の要因だけでなく、日用品業界全体として企業間競争の激化などにより収益性が低下傾向にある。さらに、同社が製品販売だけでなく、収益性の低い口腔衛生用品などの仕入れ商品を扱っていること、シェア拡大のために販売促進費を増加させてきたことなども低収益の要因となっている。シェア拡大のための販売促進費を増加は製品ポートフォリオの違いなどの要因もあり、単純比較はできないが、経営の効率化が必要であるのは確かだ。

 このように、同社が抱える課題は、すぐに解決するには非常に高いハードルで、海外事業を短期間に伸ばすには海外企業へのM&Aが必須だ。他方、M&Aを行うと今度はのれん償却や、借入れの金利負担が収益を圧迫するというジレンマに陥る可能性もある。今後、同社がどのような戦略で会社を成長させ、これまでの課題を解決していくのか、その行方に注目したい。

 この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。 

まとめ:M&A Online編集部