M&A法制を考える インフロニアによる東洋建設のTOB不成立にみるTOB規制の課題

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東洋建設(東京都内で撮影)

東洋建設のTOBを巡るインフロニアとYFOとの競合

インフロニア・ホールディングスによる東洋建設株式の公開買付け(TOB)期間中における任天堂創業家の資産運用会社であるヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)による「市場内買付け」が話題となっている。これは、
アクティビストを考える(下)アクティビスト株主によるCreeping Acquisitionと買収法制」で触れた「Creeping Acquisition」であり、「アクティビストを考える(上)アクティビスト株主による Bumpitrage と Appraisal Litigation」で触れた「Bumpitrage」といえるかもしれない。

インフロニアは2021年10月、前田建設工業、前田道路、前田製作所の持ち株会社として発足したが、3月22日、東洋建設株式を1株770円でTOBすることを公表した。東洋建設はインフロニアの持ち分法適用関連会社、前田建設工業が筆頭株主、東洋建設の経営陣もTOBに賛同していたため、TOBは問題なく成立するとみられていた。しかし、TOB期間中の4月中旬、YFOの投資ファンドである「WK」1~3が東洋建設株式を「市場内買付け」し、前田建設工業を抜き東洋建設の筆頭株主になったことが明らかになった(現在は27.19%を保有)。

YFOは2020年6月、任天堂の山内溥元社長から相続した同社株をもとに、孫の山内万丈代表が立ち上げたファンドで、1,000億円を超える運用資産額のうち半分をスタートアップ企業に投資するという。2022年2月には、経営陣との対話を重視したエンゲージメントファンドの先駆けで、約4000億円の運用資産がある米国の日本株ファンドであるタイヨウ・パシフィック・パートナーズを買収している。

YFOは東洋建設の取締役会に対して、4月15日、「現状のTOB価格には、今後の拡大が期待できる洋上風力関連事業や海外への事業展開における成長を織り込んでおらず、東洋建設の中長期的な企業価値の向上に資するか危惧している」との書簡を、4月22日、「1株1,000円で買収提案する(①東洋建設取締役会による賛同表明・東洋建設株主に対する応募推奨が得られること、②東洋建設において金融商品取引法上定められている公開買付けの撤回が認められる事由が生じていないことを前提条件としてTOBを実施する、いわゆる「予告TOB」)」との書簡を、それぞれ提出した。

これに対して、東洋建設の取締役会は4月27日、YFOと面談を実施したが、4月28日、株価がTOB価格の700円を超えたため、株主へのTOB応募推奨を取り下げ、5月2日、TOB期間を5月19日まで延長し、5月11日、YFOと再度面談を実施した。

その後、YFOは5月13日、質問状を送付し、東洋建設の取締役会は5月16日、回答書を公表し、YFOは5月17日、それを踏まえて、経営方針・企業価値向上策案を東洋建設に提示し、5月18日、改めていわゆる「予告TOB」を提案した。

しかし、東洋建設の株価はTOB価格を上回る水準で推移し、5月19日、インフロニアによる東洋建設のTOBは不成立に終わった。YFOは、上記前提条件が充足された場合には、6月下旬を目途にTOBを開始する予定であるが、東洋建設の取締役会は5月24日、いわゆる「特定標的型」買収防衛策を導入した。

公開買付者によるTOB期間における市場内買付けに対する規制

公開買付者によるTOB期間中における競合者による「市場内買付け」が過去に話題となったのは、2005年のフジテレビによるニッポン放送株式のTOB期間中におけるライブドアによる「市場内買付け」や2006年のイオンによるオリジン東秀株式のTOB期間中におけるドン・キホーテによる「市場内買付け」のケースである。2006年(平成18年)に法改正され、他者によるTOB期間中、3分の1超の株式を保有する株主は、市場内で5%超の買付けを行うときは、TOBによらなければならないとされた(金融商品取引法27条の2第1項5号、競合買付規制)。これは、「買収者間の公平」という新しい目的をTOB規制に持ち込むものといわれている。もっとも、「3分の1超の株式を保有する株主」に限定した理由は、理論ではなく、上記ケースで競合者が3分の1超の株式を保有する株主であり、また、TOBの義務が発生するのが3分の1超のときである(同27条の2第1項2号)からといわれている。

しかし法改正の直後、王子製紙による北越製紙株式のTOB期間中における日本製紙グループによる「市場内買付け」のケースがあり、日本製紙グループが「3分の1超の株式を保有する株主」でなかったため、競合買付規制の意味が問われることになった。もっとも、これはM&A法制をどう捉えるか、すなわち、「アクティビストを考える(下)アクティビスト株主によるCreeping Acquisitionと買収法制」でれたように、支配権の取得は、欧州のように全てTOBすべきか、米国のように自由であるものの、買収防衛策を許容すべきか、という問題を解決しなければならないため、今後の課題とされた。その結果、その後も、3分の1超の株式を保有する株主でない競合者による「市場内買付け」は枚挙にいとまがない。

一方、その際に議論になったのが公開買付者への規制である。公開買付者は、TOB期間中、TOBによらないで対象会社の株式を買い付けることが禁止されている(金融商品取引法27条の5、別途買付けの禁止)。また、公開買付者は、TOB開始後、TOBの撤回を行うことを原則として禁止されている(同27条の11)。さらに、TOB価格の引下げ、TOB予定株式数の減少、TOB期間の短縮など株主に不利となる変更はすることができない(同27条の6)。

欧米における競合買付規制

米国では、制度としてのTOBはなく、判例法上、TOBに該当するか解釈されるが、連邦証券規制には、「買収者間の公平」という目的があるとは考えられていない。もっとも、TOBの撤回禁止規制に相当するルールも存在しないため、公開買付者は、会社と交渉することによって、TOBの撤回条件を定められる。したがって、公開買付者は、競合者による「市場内買付け」があった場合には、TOBの撤回を行うことができる。また、TOBに関して相場操縦的な行為を行うことは違法であるという規制があるため、資金調達の予定もなしに相場操縦目的でTOBを利用することは禁止されている。したがって、競合者による、いわゆる「予告TOB」は、そのような目的が認定された場合には、違法となる。

また、欧州では、市場内外を問わず30%以を超える議決権を取得した者は、残存株主にTOBすることが義務付けられているが、公開買付者がTOBを行って30%超の支配権を取得した場合にはTOB義務が免除されるため、多くの場合には全株式を対象とする任意のTOBが行われ、一定割合を超える株式の取得はすべてTOBによらなければならないため、「買収者間の公平」も確保される。そして、イギリスやドイツでは、公開買付者によるTOB期間における競合者による「TOB」があった場合には、当初のTOB期間が競合者によるTOB期間まで延長(シンクロナイズ)され、株主は当初の応募を取り消すことができる。

わが国におけるTOB規制の方向性

このように、わが国では、公開買付者は、TOBによって買付け条件をすべて開示し、買付け義務を負担するとともに、別途買付けが禁止され、TOBの撤回や条件の変更も制限されている。一方、競合者は、短期売買利益の返還(金融商品取引法164条)が必要となる可能性はあるものの、TOB価格以下の「市場内買付け」で買い増し、いわゆる「予告TOB」を行い、最後に止めたければTOBに応募すればいい。すなわち、公開買付者は手足が縛られ、競合者は負けるリスクが少ないため、「買収者間の公平」が確保されているとは言い難い。

この点、「市場内買付け」をTOB規制に含めることは、議論が分かれている。「市場内買付け」は、株主に対する売却圧力(いわゆる「強圧性(coercion)」)が生じやすいため、含めるべきとの見解がある一方、諸外国での議論のように、「市場内買付け」は、「足がかり買収(toehold acquisitions)」として買収成功の確率を高める可能性があるところ、M&Aの方法をTOBに限定すると買収コストが高まり、TOBの頻度が低下し、株主がプレミアムを取得する機会が減少するため、含めるべきではないとの見解もある。

コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収提案にみるM&Aの役割」で触れたように、「買収防衛策」が許容されている米国では、「市場内買付け」もM&A戦略の一つと考えられているが、これもよいコーポレートガバナンスを維持するためには有効かもしれない。インフロニアによる東洋建設株式のTOBも、建設会社の株価は、東日本大震災復興事業で得た資産を将来の投資に有効活用できていないため、「割安」と指摘されていたところ行われたが、YFOによる「市場内買付け」によって、インフロニアによる持ち分適用会社である東洋建設の取締役会が算定した東洋建設の「株式価値」やインフロニアと合意した「TOB価格」が株主の間で議論される契機となったともいえる。

一方、TOB撤回規制の緩和は、議論が深化している。例えば、相場操縦を防止するという目的から導かれる条件を考慮すると、①TOBの目的達成に重大な支障となる事項であって、②公開買付者のコントロールが及ばず、③当該事項に該当するか否かを客観的に判断しうる事項であれば、公開買付者は撤回事由を指定すべきとの見解や、撤回の段階での審査を重くするのではなく、撤回を幅広く認めつつ、相場操縦規制を強化するという方向性を基本方針として、関係条文の解釈・立法を整備していくことが望まれるとの見解がある。

わが国の「TOB規制」は、1971年(昭和46年)に米国法に倣って導入し、1990年(平成2年)や2006年(平成18年)の改正で欧州法を部分的に導入したが、理論的に一貫したルールとは言い難い。「買収者間の公平」を現状のM&A法制は阻害していないか。「TOB規制」やそのクッションである「買収防衛法理」を含むM&A法制の在り方を改めて考える時期にきているように思われる。

【参考文献】

飯田秀総(2016)「公開買付けに関する行為規制」田中亘=森・濱田松本法律事務所『日本の公開買付け 制度と実証』(有斐閣)63-104頁

黒沼悦郎(2006)「公開買付制度・大量保有報告制度の改正」法律のひろば59巻11号19-30頁

吉村一男(2012)「ヨーロッパのM&A規制とわが国のM&A規制-TOB規制を中心に-」企業会計64巻5号693-704頁

Dai, Y., Gryglewicz, S., and Smit, H. T. (2021) Less popular but more effective toeholdsin corporate takeovers. Journal of Financial and Quantitative Analysis, 56(1):283–312.

文:吉村一男