楽天が携帯事業で苦戦しているのは「平成のビジネス感覚」だったから

alt
楽天はなぜ携帯事業でつまずいたのか?(写真はイメージ)

楽天グループ<4755>の携帯電話事業に「黄信号」が点灯した。スマートフォン(スマホ)の普及でビジネスチャンスは確実に拡大しているはずなのに、なぜ苦戦を強いられているのだろうか?

携帯基地局で「食いつぶされる」楽天グループの利益

楽天の携帯電話サービス「楽天モバイル」は6月から新プランの「Rakuten最強プラン」をスタートする。これまで月に5GBまでに抑えられていたKDDI<9433>が展開するauのローミングサービスが使い放題になる。価格は現行プランの「Rakuten UN-LIMIT VII」と同じで、楽天モバイルの電波が届きにくいエリアの利用者にとっては朗報だ。

しかし、楽天はローミング料の負担が大きいとして、自社サービスエリアの拡大を急いできた。三木谷浩史会長兼社長は2020年8月に「2026年3月末の完了を目指していた人口カバー率96%(基地局数2万7397局)の達成を、5年前倒しにして2021年夏頃には実現する」と宣言した。

さすがにその目論見は外れたが*、2022年末に人口カバー率は98%に達する。ところが、この急ピッチの基地局増設が裏目に出た。5月12日に発表した2023年第1四半期(1−3月期)の連結決算で純損益で825億円の赤字(前年同期は918億円の赤字)に。携帯電話事業の赤字が1026億円と、他事業の利益を食いつぶした格好だ。

*2021年末の人口カバー率は95.6%と、96%に届かなかった。

すでに楽天は2022年12月期決算で最終損益が3728億円の赤字(前期は1338億円の赤字)と4期連続の赤字に陥っている。とりわけ同期の赤字幅は過去最悪だった。今年の第1四半期と同じく、携帯電話の基地局整備のコストが響いたのだ。

MVNOのままの方がマシだった

楽天は公募増資とサイバーエージェント<4751>や東京急行電鉄(東急)<9005>などへの第三者割当増資で3320億円の資金を調達する一方、基地局整備の手を緩めてau回線のローミングでしのぐ。三木谷会長兼社長は12日の会見で「すべての回線を自社で建設する必要はないとの考えに変わりつつある」と方針転換を明らかにしている。

auのローミングサービスが使い放題で基地局整備も一息つける(同社ホームページより)
auのローミングサービスが使い放題で基地局整備も一息つける(同社ホームページより)

もともと楽天モバイルは2014年10月にNTTドコモの通信網を借り受けた仮想移動体通信事業者 (MVNO)としてスタートした。契約件数は2019年5月末時点で180万回線、同9月にはDMM.comが運営するMVNO「DMM Mobile」(約24万回線)を買収し、200万回線を超える大手MVNOとして存在感を示していた。

2020年4月に自前の回線を持つ携帯電話キャリア(MNO)に転換し、MVNOサービスは新規契約の受付を終了している。だが、今回の「ローミング回帰」でMVNO色を強めることになる。今後、第5世代移動体通信(5G)回線への全面転換を迫られるのは必至で、基地局の5G更新を放棄して完全MVNOにUターンする可能性もある。そうなるとキャリアになど参入せず、MVNOのままの方がマシだったということになりかねない。

楽天の携帯事業参入に当たっては、当初から基地局整備費用がかさむため、採算性を疑問視する声も多かった。これに対して同社は独自の「完全仮想化クラウドネイティブモバイルネットワーク」を開発し、従来の携帯基地局よりも低コストで運用できると自信を見せていた。

既存キャリアが専用ハードとソフトが一体になったネットワークなのに対し、「完全仮想化クラウドネイティブモバイルネットワーク」はハードとソフトを分離して汎用ハードを利用できるため低コストのネットワーク構築ができるとの触れ込みだった。が、その技術をもってしても基地局開設の費用負担は重すぎたようだ。

携帯苦戦の理由は「平成」のままのビジネス感覚

そもそも楽天の携帯事業が苦戦しているのは、基地局の整備費用のせいではない。ビジネスモデルが古いのだ。自前の携帯電話回線を整備して利益を上げられたのは、携帯キャリアがドコモの「iモード」をはじめとするモバイル通信の情報プラットフォームを独占していた時代の話だ。

「ガラケー」と呼ばれるフューチャーフォン全盛期が、そのピークだった。携帯キャリアはアプリや情報サービスを提供する事業者からプラットフォーム使用料金、携帯ユーザーからデータ通信料金を「両取り」して莫大な利益を上げることができた。

ところが2007年に米アップルが「iPhone」を発売し、スマホ時代が到来すると様相は一変。プラットフォームの主導権は携帯キャリアから、アップルと「アンドロイドOS」を提供する米グーグルへ移行。国内携帯キャリアのプラットフォーム事業は、事実上消滅している。

「iPhone」の登場で携帯事業は「儲からない」ビジネスに(アップルホームページより)
「iPhone」の登場で携帯事業は「儲からない」ビジネスに(アップルホームページより)

残る収益源はデータ通信料金のみだ。アップルやグーグルが携帯キャリア事業に参入しないのは、儲からないから。設備投資は重い半面、競争が激しく通信料金の値上げは期待できない。ソフトバンクまでは、ぎりぎりガラケー時代の恩恵を受けられた。しかし、楽天はスマホ時代に入ってからの参入で、いきなり「儲からない市場」に飛び込んでしまったわけだ。

携帯キャリアが儲かったのは「平成」まで。「令和」の時代に利益をあげるのは、そもそも難しかったのだ。楽天とのローミング契約を拡大したKDDIも、「令和」の新たな収益源としてスタートアップのM&Aに力を入れている。楽天の失敗は「平成」の経営感覚で携帯キャリア事業に参入したことにある。

文:M&A Online

関連記事はこちら
負債、設備投資、新プラン…ますます難しくなる楽天の携帯事業
始動直後の「UN-LIMITサービス向上」で見えた楽天の難題