ウクライナ侵攻に伴う経済制裁でロシアの通貨ルーブルが暴落している。3月9日には1ルーブル=1円を切り、10日には同0.84円に下落。2月10日には同1.54円だったので、わずか1カ月で半値近くに暴落したことになる。侵攻が長期化すれば、さらなる下落は必至。ロシアの市民生活はどうなるのか?そして日本への影響は?
ロシア統計局によると、侵攻からわずか1週間でインフレ率は2.2%に達した。年率換算では10.4%というが、すでに同期間に新車価格は17%、テレビも15%値上がりしているという。値上がりする前に商品を購入する動きが加速すれば、品不足からインフレに拍車がかかることは避けられない。
速やかな停戦とウクライナからの撤退がない限り、ロシア経済は遠からずインフレからハイパーインフレションの段階に移行するだろう。その先に行きつくのは通貨危機だ。ロシアは過去に何度も自国通貨の暴落を経験している。ボリス・エリツィン政権のセルゲイ・キリエンコ首相が1998年8月、対外債務の90日間支払停止を宣言したのをきっかけにルーブルは暴落した。
ロシア経済のみならず、米ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)など「ルーブル暴落は一時的な減少で、すぐに揺り戻す」と見て大量にロシア国債を買い付けたヘッジファンドが相次いで経営危機に見舞われ、世界金融恐慌も懸念された。日本の「ゼロ金利政策」も、この時のルーブル暴落がきっかけだ。
経済危機に対処できなかったエリツィン大統領は1999年12月に引退を宣言し、ウラジーミル・プーチン首相(当時)を後継者に指名した。1998年のルーブル暴落は、21世紀最初の20年間の世界経済や政治に大きな影響を与えた事件だったといえる。
その後も2008年のリーマン・ショックや、2014年の石油価格下落とロシアのクリミア併合に伴う経済制裁でルーブルが暴落した。2008年、2015年は年間インフレ率が15%(2014年は11%)に達し、国民生活は苦境に立たされた。ウクライナ侵攻に伴う経済制裁は当時よりも厳しく、インフレ率もさらに上昇する可能性が高い。
国際会計基準では「3年間で累積100%以上の物価上昇」をハイパーインフレと定義している。年率26%の物価上昇が3年間続けばハイパーインフレとなる計算だ。そのような事態に陥れば、ルーブルはほぼ無価値となり、経済が完全に破綻する。
ロシアでもソ連邦崩壊後の1992年に、年間インフレ率2000%をはるかに超えるハイパーインフレに見舞われた。だがすでにソ連邦時代末期には、自国内ですらルーブルの信用は完全に失墜。ルーブルで支払う一般店舗からは商品が消える一方、米ドルしか使えない「ドルショップ」には商品があふれる状態だった。「品切れ」のはずの一般店舗でも、ドル札を見せると店の奥から商品が出てきたという。
とはいえ共産主義時代のソ連邦で一般市民が米ドルを手に入れるのは容易ではなく、輸入タバコの「マルボロ」を通貨代わりに使うことさえあった。米ドルを持たない一般市民が未開封のマルボロと食料品を交換。それを受け取った食品店がマルボロで仕入れをしたわけだ。
ロシアが再びそうした「ルーブル崩壊」に追い込まれるリスクは高まっている。民主主義を知らない国民を恐怖政治で抑え込んでいたソ連邦ですら、ルーブル崩壊を引き金に倒れた。同様の事態に陥れば、さすがにプーチン政権はもたないだろう。
ルーブル暴落は日本に何をもたらすのか?帝国データバンクによると、ロシアにはトヨタ自動車<7203>や「ユニクロ」を出店しているファーストリテイリング<9983>など347社の日本企業が進出している。ルーブルが暴落すると輸入品の価格は暴騰する。そのためロシアでモノやサービスを売っている企業は苦労するだろう。売れ行きが落ちなくても、経済制裁下では顧客から受け取ったルーブルを日本円に換金するのも困難だ。
米マクドナルドやスウェーデン発祥の家具世界最大手イケア、ファストファッションブランド「ZARA」を展開するスペインのインディテックスなど、ロシア事業を停止する企業が相次いでいるが、ウクライナ侵攻に対する政治的な抗議ばかりではない。
ロシア事業が当面は利益を生まないとみた経営的な判断も大きいはずだ。10日に米アルファベットは動画投稿サイト「YouTube」とアプリ販売プラットフォーム「Google Play」のロシアでの有料サービスを停止したが、その理由として経済制裁で料金決済が難しくなったことを挙げている。
トヨタにせよファーストリテイリングにせよ日本企業のロシア事業の比率は、欧米企業に比べると小さい。日本の輸出入総額に占める対露貿易のシェアは輸出が約1.04%、輸入が約1.82%ほどだ。ルーブル暴落が回り回ってエネルギー価格上昇や世界金融危機につながるという間接的な影響はあるにせよ、直接の影響は限定的だろう。
一方、ルーブル暴落がソ連邦末期のレベルにまで悪化してプーチン政権が倒れれば、金融や経済での巨額支援と引き換えに北方領土返還交渉が前進する可能性はあるかもしれない。ただ、帰島を願っている元島民の高齢化は進み、本土の北海道ですら人口減少に悩んでいる。自然環境が厳しく、インフラも未整備の北方領土を日本国民の税金で「買い戻す」べきなのか、熟慮する必要はありそうだ。
文:M&A Online編集部
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