日本のM&A。その潮流を問う-早稲田大学・宮島英昭教授インタビュー(後編)

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早稲田大学商学学術院教授 早稲田大学高等研究所 所長 宮島英昭氏

~なぜ日本では融合コストが高いのか? 日本特有のM&A事情とは~

「日本のM&A。その潮流」(後編)では、日本ならではのM&Aの特徴とその背景について伺う。日本と海外の雇用慣行の違いを発端とした、日本特有のM&A事情とは――

「たすきがけ人事」に象徴される融合コスト

――直近の日本におけるM&Aの特徴をどのように捉えられていますか。

 大規模なM&Aの中心は、インイン(In-in:国内企業間のM&A)からインアウト(In-out:国内企業による海外企業をターゲットとしたM&A)へシフトしています。また、2005年以降の一貫した傾向としては、合併よりも買収が多いというのが特徴です。

――合併が少ないのはどうしてでしょうか。

 業種によっては独占禁止法の壁の直前まで統合が進んだことが理由として挙げられます。つまり、インインのよい案件が減ったということです。もう一つの理由は、日本特有のM&Aに対する障害です。

 障害の根本的な原因となるものは、日本企業の長期雇用の慣行です。従業員が組織に対して長期的にコミットメントすることを前提としており、組合なども企業別に組織されています。統合のハードルを高くしているのは、長期的コミットメントを前提として決められてきた雇用条件や人事ポストなどを調整するのが非常に大変だからです。

 一方、特に米英では中途採用が多く、人材の流動化が進んでいます。組合も業種や産業別に組織化されていて、一般に従業員の企業へのコミットメントは弱く、合併に伴った条件の再調整や人員の再配置などへのハードルが低いことになります。

 日本では合併時でも、まずは持株会社の下に会社をぶら下げて間接部門などの融合を進め、その後に本格的な融合を目指すケースが目立ちます。
また、「たすきがけ人事」という言葉もあるように、双方に隔たりがないように人事に配慮しながら、業務の統合を目指します。そのため、日本では融合に関しては20年かかると言われるくらい、融合コストが高いのです。

平均以下の事業は売る米英、カバーする日本

 統合という面では、社内の合意形成も難しいものがあります。13年、川崎重工業<7012>と三井造船<7003>が統合を目指したものの、一転して白紙に戻した例がありました。

 川崎重工業は造船所として創業していますが、現在、船舶海洋事業は、事業ポートフォリオのなかでの重要性は低くなっており(14年度の売上構成比は約6%)、この事業部の収益性が低くても、ほかの部門がサポートできる状態です。

 仮に、A、B、C、Dという事業部があり、部門ごとの収益性が、15、8、2、-5%だったとします。米英企業の場合では、収益性が-5のD部門に加え、全体平均に満たない収益性のC部門(収益性:2)も売却するという判断は自然なことです。

 一方、日本の場合では、企業全体で収益がプラスなのであれば、D部門を、収益性がマイナスであることを理由に、売却することは困難ですし、まして2%の事業Cの売却はまずありません。従業員が四つの部門を異動することを想定して雇用しているとなると、業績が低いからといって、部門を簡単には切り離せないことになります。

 ですから日本の組織では、従業員の士気を維持するという面からも、たとえ収益性が低い部門であっても、それを売却する判断に至りづらいという特徴があります。

米英では活発な「敵対的買収」も日本では失敗する

――「敵対的買収」が敬遠されるのも日本特有でしょうか。

 敵対的買収は、欧州は別として米英では活発ですが、日本では成功は容易ではない現在の共通認識です。00年、村上ファンドが昭栄に対して日本初の敵対的TOBを仕掛けましたが失敗しました。その後、ライブドアやスティール・パートナーズなどが、さまざまな敵対的買収を試みましたが、失敗しています。

 特に印象的なのは、06年の王子製紙による北越製紙に対する敵対的買収です。自社のコート紙の設備が老朽化したため、王子製紙が目をつけたのが、北越製紙の保有する同様の設備でした。

 王子製紙としては、北越製紙を買収して設備を利用する方が、新規の設備投資よりもコストが低く、かつ、過剰生産を避けられるという効果を狙っていました。

 この買収案は、経済的合理性の観点からみれば、非常に理にかなっています。それにもかかわらず、北越製紙の従業員、労働組合などの反対を受け、買収は頓挫することになりました。

 王子製紙の例は、投資家や企業にとって明らかにプラスと思われる買収でさえ、敵対的である場合は成功しないということを示唆しています。

 もっとも、一連のアクティビズム(株式を利用した積極的な経営参画)と呼ばれる敵対的買収の動きは、株主の声を聞く必要のない経営環境(クワイエット・ライフ)を満喫していた保守的な経営者に対してはインパクトを与えました。

 しかし結局のところ、日本での敵対的買収は、被買収企業の従業員などによる非常に大きな反発から企業価値の上昇が生まれず、それどころか問題化することで市場評価が下がるといった現象につながることが分かったのです。

 このことは、日本ではマーケット・フォー・コーポレート・コントロール(経営権支配市場)が機能しないことの証明だという意見もあります。しかし私は、日本では友好的な関与、介入でなければ、プラスの効果を得られないということを学習するステップだったのではないかと思っています。

 なぜなら、これらの過程を経て、機関投資家を中心に「クワイエット・アクティビズム」、つまり「静かな」外部投資家の関与・介入が徐々に進むようになり、株主の影響力は着実に上昇しているからです。

「青天のへきれき感」はなくなった。今後は?

――M&Aに対して市場評価の変化はありますか。

 TOBなどが行われると被買収企業は基本的に企業価値が向上すると評価されますが、それを測定するために使用するのが、累積異常収益率(CAR:Cumulative Abnormal Return)という指標です。
 日本では03年頃まで、CARはあまり高くありませんでした。被買収企業に発生する株価の効果はあまり大きくならず、買収時にプレミアムもさほどのせられなかったですし、M&A実施のアナウンスメントに対するマーケットのポジティブな反応も少なかった。

 それが05年頃から変化していきます。プレミアムが付くようになり、被買収企業のCARもポジティブになっていきます。世界水準をやや下回るものの、平均すると10~15%程度ではないでしょうか。

――M&Aに対する意識は変わりましたか?

 新興企業は別として、合併に対するハードルは依然として高いと言えます。一方、個々の企業の独立性が維持される買収に対する意識のハードルは下がってきていると思います。
従業員にとっても、99年以前にあった、自社が買収される際の「青天のへきれき」という意識は薄らいできているのではないでしょうか。

――日本のM&Aの状況は今後どのようになると思われますか?

 14年の国内のM&A規模は、約12兆円といいますから、対GDP比で約2%に過ぎません。国際的な数値と比較するといぜん低い水準にあり、日本ではいまだにM&Aが持つポテンシャルを使い切れていないとも言えます。

 他方で、経営の内部環境としては、00年代を通して、負債圧縮が進み、企業の過半数は事実上の無借金経営をしているという状況になっています。その結果、企業の内部資金が潤沢になり、M&Aの際の負債調達能力も上昇しています。また、株価の上昇で、株式交換によるM&Aの現実的選択しとなっています。資金面ではM&Aを実行しやすい状況にあると言えます。ですから今後も、緩やかながらもM&Aの活性化は続くと私は見ています。

前回の記事はこちら https://maonline.jp/articles/miyajima0055

取材・文:M&A Online編集部