【M&A判例】テクモ株式買取価格決定申立事件とは

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最高裁判所(東京・千代田区)

株式移転などの組織再編が行われるときには、既存の株主に大きな影響を及ぼすので反対株主に「株式買取請求権」が認められます(会社法第116条)。買取価格について会社と協議が整わない場合には、株主は株式買取請求権を行使できます。

前回の記事では、株式交換の公表後に株価が大幅に下落した事案について解説しました。

今回は株式移転(経営統合)によってシナジーが生まれるという前提での決定となった「テクモ株式買取価格決定申立事件」について解説します。

1.テクモ事件の概要

平成20(2008)年9月、ゲームソフト会社の株式会社テクモと株式会社コーエーが経営統合に向けて協議し、11月に株式移転計画を発表しました。両社は共同で「コーエーテクモホールディングス株式会社」を設立することとしたのです。これにより、コーエーテクモHDが親会社となり、テクモとコーエーは完全子会社となることが決まりました。

株式移転比率は「コーエー1:テクモ0.9」と発表し、コーエーの1株に対してコーエーテクモHDの1株を、テクモの1株に対してコーエーテクモHDの0.9株を割り当てるとしました。

〇テクモの株式移転スケジュール

平成20年9月4日 経営統合に向けた協議開始を公表
同年11月18日 共同株式移転計画書を公表
平成21年1月26日 株主総会で承認される
同年3月26日 上場廃止
同年4月1日 株式移転の効力発生日

このとき、テクモ株式を約20%保有していた投資ファンドのエフィッシモキャピタルマネージメント*は、経営統合への反対意見を通知し、テクモに対して株式買取請求権を行使しました。

しかし、協議しても株式買取価格について合意できなかったため、エフィッシモは会社法806条1項 に基づき、東京地方裁判所へ「株式価格決定」の申立を行いました。以上が本件の概要です。

*注:実際に申立を行ったのは投資権限を有する「ロイヤル バンク オブ カナダ トラスト カンパニー(ケイマン)リミテッド」ですが、ここではわかりやすさを優先してエフィッシモとしています。

2.地裁と高裁の判断

株式価格の決定申立を受けた裁判所は「公正な価格」を定める必要があります。1審の東京地方裁判所は、「株式移転計画発表前の1か月の市場価格の平均値」を採用すべきと判断しました。

株式移転計画発表前は株式移転による影響を受けていませんし、1か月間の平均値をとれば妥当な金額を算定できると考えたためです。具体的には1株当たり747円とされました。

しかしエフィッシモも会社側も納得しなかったため即時抗告が行われ、事件は高等裁判所へと移行しました。

東京高等裁判所も、同じように「株式移転計画発表前の1か月の市場価格の平均値」を採用すべきとして1株当たり747円が妥当とし、即時抗告を棄却しました。

3.最高裁の判断

事件は最高裁判所へ持ち込まれました。最高裁は高裁の決定内容に誤りがあるとして、原決定を破棄し差し戻しました(最二小決平成24年2月29日)。

3-1.原審と最高裁の判断の違い

最高裁決定において重要なのは、「株式移転における『公正な価格』の判断基準時」です。

地裁や高裁は公正な価格の基準時を「株式移転などの効力発生時」としましたが、最高裁判所は公正な価格の基準時を「株式買取請求時」とすべきと判断しました。

また最高裁判所は「本件において株式移転比率は公正であった」とも判断しています。地裁や高裁は「株式移転比率は公正なものではなかった」と判断していたので、この点も否定されたことになります。

3-2.最高裁の決定内容

地裁や高裁は、本来ならば経営統合によって企業価値が増加するはずが、公表後に株価が下落しているため「株式移転比率が不公正であったと」とし、(マイナスのシナジーを控除するため)株式移転比率の公表前1か月の株価を公正な価格と決定していました。

しかし最高裁では、このような地裁や高裁の判断の枠組みに対し、「市場株価の下落は特段の事情にはあたらない」とし、「独立の経済主体が交渉の上、合意したであろう対価」が株主総会で承認・決議されていることから裁判所がむやみに介入すべきではない、と否定しました。

そして、「企業価値は増加しているし、適正に手続が行われていたため株式移転比率は公正であった」ことを前提に「株式買取請求時」の価格をもとに買取価格を決定すべきと判断しました。

以上のような理由により、原決定が破棄されて高等裁判所に差し戻され、「株式買取請求時」をもとに価格が判断されることになりました。

4.最高裁決定の意義

この決定が出るまで「組織再編によってシナジー効果などの企業価値増加が発生しなかった事例」における株式価格決定は出ていましたが「シナジー効果などの企業価値が増加した事例」における判断はありませんでした。つまり今回の決定は「企業価値が増加した場合」の価格決定の初判断であった意義があります。

そこでは「手続きが公正に行われている限り、基本的に株式交換比率は公正である」とした上で「株式買取請求時の価格」を基準に公正な価格を算定すべきと判断されています。

このように「シナジー効果などの企業価値が増加した事案」における公正な価格の判断枠組みが示されたことが、テクモ事件の意義といえるでしょう。

文:福谷 陽子/編集:M&A Online編集部

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております

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