【M&A判例】楽天子会社によるTBSへの会計帳簿閲覧請求権

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TBS(東京・赤坂)

かつて楽天が東京放送(TBS)に対し、敵対的買収を仕掛けた際、楽天の子会社である「楽天メディア・インベストメント(楽天MI)」が株主としてTBSの会計帳簿の閲覧を求めました。

「会計帳簿」とは、総勘定元帳、現金出納帳、仕訳帳などのことです。会社法では、株主の権利として会計帳簿の閲覧と謄写の請求を求めることができます(詳しくは後述します)。

TBS側は会計帳簿の閲覧を拒絶したため、楽天子会社が裁判を起こし、いくつか裁判所による決定が下されています。

今回は楽天MIとTBSとの間で発生した「会計帳簿閲覧請求権」に関する裁判を解説します。

1. 会計帳簿閲覧請求権とは

2005年~09年、楽天はTBSに対し敵対的買収を進めていました。その中で楽天の子会社である楽天MIはTBS株式を取得し、同社の株主となりました。

会社法第433条1項で、株主には「会計帳簿閲覧請求権」が認められます。これは、総議決権または発行済株式の3%以上を保有する株主が会社へ会計帳簿の内容を閲覧させるように求める権利です。

この会計帳簿とは、計算書類(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表など)や付属明細書を作成する際に基礎となる帳簿や資料のことです。具体的には、以下のような帳簿類が該当します。

・仕訳帳
・総勘定元帳
・現金出納帳
・手形小切手元帳
・伝票
・受取証
・契約書
・信書 など

楽天MIはTBSの株式を3%以上保有していたので、会計帳簿閲覧権を行使して帳簿類の開示を求めました。

2.事件の概要

ところがTBSは、楽天MIによる請求を拒絶しました。会計帳簿には機密情報が含まれているため、親会社の楽天から敵対的買収を仕掛けられているTBSとしては知られたくない情報です。

会社法第433条2項1号では、以下のように危険性が高い場合には、会社は株主からの会計帳簿閲覧請求を拒絶できると定められています。

・会社業務の遂行を妨げ、株主の利益を害する目的がある場合
・会社と株主が実質的に競合関係にある場合

こうした理由でTBSは、楽天MIによる会計帳簿閲覧請求が「会社業務の遂行を妨害するものであり」「楽天MIとTBSは実質的に競合関係にある」として、楽天MI側へ帳簿を開示しませんでした。

そこで楽天MI側はTBSへ帳簿の開示を求めて裁判を起こしました。

3.裁判の経緯と裁判所の判断

楽天MIは、TBSに対してまずは「仮処分」を行いました。仮処分が却下されため、即時抗告を行っています。その後訴訟を提起して地方裁判所による判決が出ているので、合計「3回」の判断が下されました。以下でその経緯と判断の内容をみていきましょう。

3-1.仮処分

「仮処分」とは、判決の結果を待っていると権利者の権利が害される緊急の必要がある場合に裁判所による早期の対応を求める手続きです。裁判には数か月以上の時間がかかるため、緊急に必要のある場合には先に仮処分によって権利を保全します。

楽天MIは、本訴を提起する前にTBS側へ「仮処分」を申し立てて会計帳簿の即時開示を求めました。

東京地方裁判所は、仮処分申請に対し以下のように判断しました。

・楽天MIにはTBSの会計帳簿を閲覧する権利がある
・TBSには楽天MIによる会計帳簿閲覧請求を拒絶すべき理由がない
・楽天MIが仮処分によって会計帳簿を閲覧する緊急の利益がない

まず楽天MIはTBSの株式を3%以上有しているので、前述のとおり会計帳簿を閲覧する権利が認められます。

一方で「会社の業務を妨害する目的がある場合」や「競合関係にある場合」には会社側が会計帳簿の開示を拒めるとされていますが、裁判所は本件ではそういった事情はないと判断しました。つまり「TBSが帳簿開示を拒絶する理由はない」としたのです。

ただし仮処分が認められるには「緊急の必要性」が要求されます。裁判前に緊急に開示する必要性がない限り、仮処分は認められません。東京地裁は「楽天MIには会計帳簿をすぐに確認しなければならない緊急の利益がない」として、楽天MIの仮処分請求を却下しました(東京地決平成19年6月15日)。

3-2.即時抗告

楽天MIは、仮処分決定に納得できなかったため東京高等裁判所へ異議申立を行いました。それが「即時抗告」です。

即時抗告審でも、楽天MIによる会計帳簿閲覧請求は認められませんでした。理由は以下の通りです。

・TBSには会社法によって定められる会計帳簿閲覧請求権の拒絶事由が認められる
・楽天MIには仮処分によって守るべき緊急の利益がない

仮処分の原審はTBSには会計帳簿閲覧請求権の拒絶事由がないと判断しましたが、東京高裁は拒絶事由を認めた点に違いがあります。

拒絶事由があるとされたのは、以下の理由です。

・楽天はネット通信事業だけではなく放送事業も営んでいる一方、TBSも放送事業だけではなくネット動画配信事業を行っているため、両社は実質的に競合関係にある

このように「実質的に競合関係にある」という拒絶事由があるため、TBSは楽天MIによる会計帳簿閲覧請求権を法的に拒絶できると判断しました(東京高決平成19年6月27日)。

3-3.東京地方裁判所の判決

仮処分が認められなくても本訴によって判断を覆せる可能性があるので、楽天MIは東京地方裁判所へ正式に会計帳簿閲覧請求の裁判を起こしました。

ただ地方裁判所は、本訴でも楽天による請求を棄却しました。

理由は東京高裁の即時抗告審と同様で「楽天MIとTBSは実質的に競合関係にあるので、TBSは会計帳簿閲覧請求を拒絶できる」というものです(平成19年9月20日)。

楽天MIはその後控訴しましたが、親会社の楽天がTBSに対する敵対的買収を取りやめたので控訴を取り下げ、TBS側の勝利に終わりました。

4.今回の裁判についての考察

一連の裁判では「TBSに会計帳簿閲覧請求の拒絶事由が認められるか」が争点となりましたが、結果的に認められています。TBSと楽天は両方とも「ネット配信事業」「放送事業」を営んでおり、競合関係とみなされました。(楽天がTBSに仕掛けた敵対的買収については、こちらの記事で解説しています。)

会計帳簿閲覧請求権に関する裁判は、敵対的買収を目的としたものだけではありません。会社の規模は問わず、相続の遺産分割協議で株価算定が必要となり、会計帳簿閲覧請求権の行使を求める事例もあります。

次回は、「株主名簿の閲覧請求権」を求めた裁判(日本ハウズイング事件)について解説します。

文:福谷 陽子/編集:M&A Online編集部

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております

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