アパレル業界のM&Aはどうなる? ジェミニ ストラテジー山田CEOに聞く

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ジェミニ ストラテジー グループ代表取締役社長CEO 山田政弘氏

アパレル業界の「地殻変動」が起こりつつある。主戦場が百貨店での委託販売からSPA形態の専門店、インターネット通販と次々に拡大し、さらにはメルカリ<4385>に代表される中古マーケットも重要なプレーヤーとして躍り出た。人口減少や消費行動の変化でアパレル業界を取り巻く環境は、ますます厳しくなる。

当然、M&Aによる業界再編もアパレル各社の視野に入っているはずだ。アパレル関連の上場企業では、ここ3年は年間7~8件のM&Aが実行されている。今後、市場の変化を受けてアパレル業界のM&Aはどのように推移するのか。アパレル業界の経営事情に詳しいジェミニ ストラテジーグループの山田政弘CEOに聞いた。

国内市場はすでにピークアウト

-アパレル業界を取り巻く環境は厳しくなっていますが、M&Aは活発とまで言えません。現状をどうご覧になりますか?

アパレルに限らず国内企業はリーマン・ショック前の2007~8年に比べると、財務体力が違う。バブル崩壊に伴う「負の資産」をクリアにし、財務の健全化を図った。その時の経験から、のべつまくなしに買収するのではなく、対象をじっくり調査して成長する可能性が高い企業に絞っている。国内企業はM&Aが「できない」のではなく、なかなか「やらない」のだ。

-この傾向は今後も続きますか?

おそらく変わると思う。国内アパレル業界の主戦場は日本市場だが、すでにピークアウトを迎えている。こうした状況でM&Aをせずに様子見を決め込んでいては、成長など見込めない。とはいえ投資に慎重な国内企業が数十億円規模の大型案件には手を出しにくい。そこで注目されるのがスモールバイアウト(小規模買収)だ。

日本企業のM&Aで最大の懸念は「経営者不足」

-確かに最近のアパレル上場企業によるM&Aを見ると、数億円以下の案件が目立ちます。

< 2017~2019年のアパレル業界M&A一覧表 >

開示日 買い手 対象企業・事業 売り手 スキ|ム 取引総額(単位=百万円) 内容
2019/6/7 American Eagle Outfitters,Inc. 「アメリカンイーグル」事業 青山商事(株) 事業譲渡 非公表 青山商事<8219>、カジュアル衣料「アメリカンイーグル」事業を譲渡
2019/3/22 ジーエフホールディングス(株) (株)テット・オム (株)はるやまホールディングス 株式譲渡 非公表 はるやまHD<7416>、衣料品販売子会社のテット・オムをアパレル関連ビジネスのgf.Rへ売却
2019/3/19 (株)サックスバーホールディングス (有)三香堂 柳堀忠雄氏 株式譲渡 非公表 サックスバーホールディングス<9990>、「日乃本帆布」ブランドの三香堂を子会社化
2019/2/19 (株)BMホールディングス 衣料品・関連用品の販売事業 (株)BASE 事業譲渡 非公表 はるやまホールディングス<7416>、衣料品販売子会社BASEの事業をBMホールディングスに譲渡
2019/1/11 (株)TSIホールディングス (株)アンドワンダー (株)アンドワンダー 株式譲渡 非公表 TSIホールディングス<3608>、子会社がアウトドア関連のアンドワンダーを子会社化
2018/11/1 サイバーステップ(株) (株)ECライフコーポレーション 小森田邦男氏 株式譲渡 非公表 サイバーステップ<3810>、アパレル販売のECライフコーポレーションを子会社化
2018/10/5 (株)TSIホールディングス (株)上野商会 長谷川文彦氏 株式譲渡 15,000 TSIホールディングス<3608>、「AVIREX」「L.H.P」などアパレルブランド販売の上野商会を子会社化
2018/8/30 夢展望(株) 住商ブランドマネジメント(株) 住友商事(株) 株式譲渡 505 夢展望<3185>、女性向けアパレル事業の住商ブランドマネジメントを子会社化
2018/8/3 (株)ロコンド Misuzu & Co. 三鈴商事(株) 株式譲渡 120 ロコンド<3558>、婦人靴「三鈴商事」の全事業を承継する新設会社を子会社化
2018/5/24 Urban Kirin Limited UNY (HK)  ユニー・ファミリーマートHD 株式譲渡 非公表 ユニー・ファミマHD<8028>、香港でのスーパー事業を現地ヘンダーソングループに売却
2018/1/31 (株)アドベンチャー (株)wundou 土居俊輔氏 株式譲渡 811 アドベンチャー<6030>、スポーツウエア製造のwundouを子会社化
2018/1/23 (株)RVH ラブリークィーン(株)(旧LQ). ラブリークィーン(株)(旧LQ) 株式交換 RVH<6786>、レディスウエアのラブリークィーンを株式交換で子会社化
2017/11/30 (株)トライアンフコーポレーション アパ レルブランド「Last Virgin」 (株)スワンキス 事業譲渡 10 トライアンフコーポレーション<3651>、子会社を通じてアパレルブランドの企画・販売事業を取得
2017/11/27 (株)TSIホールディングス HUF Holdings,LCC ACP Renegade Holdings, L.P.ほか 株式譲渡 7,000 TSIホールディングス<3608>、HUF Holdings, LLCを子会社化
2017/6/21 (株)まるやま (株)ハクビ (株)ネクシィーズグループ 株式譲渡 未確定 ネクシィーズグループ<4346>、きもの着付け教室運営のハクビを譲渡
2017/5/16 (株)ネクスグループ (株)ファセッタズム (株)ファセッタズム 第三者割当増資 41 ネクスグループ<6634>、小売事業会社と資本提携及び第三者割当増資の引受け
2017/4/17 (株)テイクアンドギヴ・ニーズ 婚礼衣装のレンタル及び販売事業の一部 (株)マリーゴールド 事業譲渡 150 テイクアンドギヴ・ニーズ<4331>、マリーゴールドの婚礼衣装レンタル事業を譲受
2017/4/3 (株)アダストリア Velvet, LLC Velvet Holdings, LLC、JTH, Inc. 株式譲渡 4,140 アダストリア<2685>、米アパレルのVelvetを取得
2017/1/16 RIZAPグループ(株) (株)ジーンズメイト 西脇健司氏 株式譲渡 1,740 RIZAP<2928>、ジーンズメイト<7448>TOBで子会社化

*上場企業がかかわったM&A実績。2019年は9月10日時点(M&A Online編集部調べ)

ただ、小規模だからM&Aが簡単というわけではない。最大の問題は経営者のリソース(資源)。買収した企業を経営する人材が不足しているのだ。小口の買収件数が増えれば、親会社から経営者を派遣するのは難しくなる。

外部から大手企業の管理職経験者を採用して買収した会社に派遣するケースも増えているが、営業や製造など一部の分野しか経験していない人が多い。企業活動全体の知見を持つ人材はほとんどいないのが現状だ。(自分の担当している)仕事ができるから経営者が務まるわけではない。

スモールバイアウトが主流になるとM&A件数は増え、経営を担う人材はますます枯渇する。経営者の育成が必要だ。わが社では大手企業からの依頼で、買収した企業へ経営者として派遣する人材の教育を引き受けている。

-どのような教育をしているのですか?

経営者に等しく求められるリテラシーは必須になる。たとえば簿記やファイナンスの知識、社内で必ず起こる利害対立に対応するためにバリューチェーンを横断的に見るスキルなどだ。このような素養がないと、自分の出身部門に偏った「部分最適」の経営をしてしまい、「全体最適」を損なうことになりかねない。

-プロ経営者の育成ですね

日本にも新浪剛史さん(サントリーホールディングス社長)や松本晃さん(ラディクールジャパン会長兼CEO)のように「プロ経営者」と呼ばれる人もいるが、偶発的に「育った」人たちだ。ゼネラル・エレクトリック(GE)をはじめとする米国企業では、プロ経営者を「育て」ている。

アパレルでもTSIホールディングスやワールド<3612>、アダストリアといった企業が、プロ経営者をうまく活用している。M&Aを成功させるためにも、親会社からの派遣や買収企業の内部昇格だけでなく、外部からプロ経営者を招くという選択肢も考慮に入れるべきだ。

アパレルにこだわらないM&Aを

-かつてアパレル業界では、ファーストリテイリング<9983>が、活発なM&Aを展開していました。

アパレル業界は内需に留まっていては、遠からず成長も限界が来る。そうした厳しい状況下で、ファーストリテイリングは海外の高級ファッションブランドなどにM&Aを仕掛けたが、それほどうまくいかなかった。理由は互いの企業文化が違ったことだ。

ファーストリテイリングのようなカジュアル衣料ブランドはコストパフォーマンス優先。高級アパレルブランドとは真逆の戦略で、うまく取り込むことができなかった。同社は高級ブランドを手がけるデザイナーを起用したコラボ衣料で話題になっているが、あくまでブランドポジションを上げるための「見せ筋」の商品だ。限定商品であり、経営の屋台骨にはならない。

それでも同社は「勝ち組」といえる。低価格ブランドの「ジーユー(GU)」は国内で伸びている。日本の若年層は同じアパレルで最も価格帯が低いブランドを購入する傾向が強い。勢いがある「アースミュージック&エコロジー(earth music&ecology)」や「ローリーズファーム(LOWRYS FARM)」、「グローバルワーク(GLOBAL WORK)」などは、それぞれのアパレル企業の廉価版ブランドだ。「GU」を立ち上げたのは正解だった。一方、国内では飽和状態の「ユニクロ」は、中国で伸びている。

-ファーストリテイリングが再び積極的なM&Aを展開する可能性はありそうですか?

中途半端なM&Aはやらないと思う。やるとしたらH&Mクラスの超大型案件だろう。国内アパレル市場に成長余地が乏しいのだから、国内アパレルを買収してもうま味は少ない。海外市場を開拓するなら、大型買収で一気にシェアを固めるのが得策だ。

ファーストリテイリングに限らないが、国内でのM&Aならアパレルにこだわらず事業ポートフォリオを考慮すべきだろう。たとえばファッションと親和性が高いコスメ(化粧品)や健康食品関連の企業を買収して事業の幅を広げる。ITテック系ではウェアラブル端末もアパレルとの親和性が高い。

山田政弘(やまだ・まさひろ)氏 立命館大学経営学部経営学科卒、中央三井信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント戦略グループコンサルタント、オーケイウェブ(現オウケイウェイヴ)マーケティングディレクター兼事業開発室長などを経て、ジェミニ ストラテジーグループ社長CEOに就任。一般社団法人日本スタートアップ支援協会の顧問としてベンチャー企業の育成を手がける。主な著書に「数字を使ってしゃべれるようになるトレーニングブック」「エッジ・ワーキング」 など。

取材・文:M&A Online編集部 糸永正行編集委員