一神教と疫病とコーポレートファイナンスⅦ|間違いだらけのコーポレートガバナンス(18)

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前回のコラムでは「キリスト教が金利を禁じたから、ユダヤ教徒の金融業が栄えた」という通説はフェイク(偽り)ではないかという筆者の考えを述べた。ただし、一方でユダヤ教徒が貿易業などの本業を営みつつ、副業もしくは多角化の一環として金融業を早くから営んでいたことも事実だ。

ここからはユダヤ教徒の金融業の発展過程とその背景について書いてみたい。キーワードは「宮廷ユダヤ人」だ。そして舞台はイベリア半島(現在のスペインとポルトガル)である。

ユダヤ金融は誰にお金を貸したのか

まず、ユダヤ教徒による金融ビジネスの顧客(借り手)は誰だったのか。簡単に整理したい。最もシンプルな金融業の分類は「リテール」と「ホールセール(法人・団体向け)」である。まず、リテール金融について触れてみよう。

株式会社が発明されたのは1600年代初頭である。だから、中世ヨーロッパには現在で言うところの「法人」は存在しない。ほとんどの融資は「リテール」に分類されるだろう。キリスト教の自営業者向けの小口融資である。

例えば農家。種子や農工具などを仕入れて農作物を栽培し、収穫して販売する。当然そこには運転資金需要が発生したはずだ。キリスト教徒の貿易商人もそうだろう。売掛金の回収までの運転資金需要がある。もう少し大きな設備投資(倉庫や船の整備)などのニーズもあったかも知れない。

こうしたリテール金融は、主としてユダヤ教徒の医師やラビ(律法学者)、中小規模の貿易商人たちが資金を提供していたようだ。あくまで正業を営みながら、リスクの許容範囲内で異教徒社会の資金ニーズを満たしていたと考えられる。

中世最大の借り手は「豪族・王室」

では「ホールセール」融資はどうだったのだろうか。法人という概念は中世では存在しないが、強大な力を持った団体や一族は当然存在した。地域を抑える有力な豪族、そしてその頂点に立つ王室である。

ユダヤ金融最大の借り手は王族たち支配層だった(Photo by DMCA

中世の国々の王室・王朝の最大の資金ニーズは何だろうか。それは言うまでもなく「戦争」である。戦費の調達、これこそが中世欧州の王室が常に頭を悩ませ、この成否によって王国の栄枯盛衰が決まる最重要事項だったといって良いだろう。

8世紀~11世紀の中世時代。イベリア半島は基本的にイスラム勢力が優勢で、キリスト教社会はバルセロナなど一部の地域に限定されていた。キリスト教勢力はイベリア半島からイスラム教徒を掃討し、半島をキリスト教勢力下に取り戻す活動「レコンキスタ」(再征服運動)を推進する。イベリア半島で覇権を握るためには、イスラム教勢力も、キリスト教勢力も、莫大な戦費の調達が必要だった。

イスラム教王国もキリスト教諸侯も、この目的の達成のために、異教徒のユダヤ教徒を支配下に置き、彼らの財産と知恵をフル活用することが必要だった。イベリア半島のユダヤ教徒は、ユダヤ教から派生したこの二つの勢力の間で翻弄され続けることになる。

宮廷とユダヤ教徒を結び付けた「医学」

では欧州世界の王室は、どうやってユダヤ教徒の共同体とつながり、関係を深めていったのか。初期のきっかけとして最も重要だったのはおそらく金融よりも医学だ。ユダヤ教徒の原点ともいえる専門技能と能力が、ここでも重要な役割を担ったと考えられる。

以前にも述べたが、ユダヤ教社会のプロフェッショナルの頂点は宗教指導者でもあるラビだ。そして、それに次ぐ重要な専門職が医者だった。外科的技術が進んでいなかった中世の医学は、現在の概念で言えば「薬学」に近いものだったと考えられる。そして薬の原料といえば植物だ。

つまり、古代から中世における医師とは言ってみれば薬草師に近いだろう。人体に役に立つ様々な植物、そしてそれを用いた薬の調合法(レシピ)に関する知識。これはディアスポラの民であり、貿易の民だったユダヤ教徒が、集積された情報と知識を豊富に持っていた領域だったと筆者は考えている。

医者として信頼され、国政を任された

上記の事例として、歴史上有名なユダヤ人医師を紹介しよう。「ハスダイ・イプン・シャプルート」というユダヤ人医師がいた。彼はアフリカ原産のテリアカという解熱効果のある薬草を再発見し処方することで、宮廷の信頼を勝ち取る。

これをきっかけに、彼は医師の枠を超えて重用され、イスラム帝国ウマイヤ朝の重要な宮廷ユダヤ人として外交・財政など広範囲にわたって重要な役割を演じたのだ。

医食同源という言葉があるが、後世、欧米諸国が血眼になって獲得を目指した香辛料や砂糖(サトウキビ)も、「人体に役に立つ植物」のひとつとして考えられていたに違いない。

抗生物質と外科的療法が中心の現代医学の常識からは考えにくいが、「医学(薬草学)」と「貿易」の間には、恐らく大きなシナジー効果があったのだ。

レコンキスタに翻弄されたユダヤ教徒

11世紀末までのイベリア半島ではイスラム勢力が優勢で、イスラムによる平和の下にイベリア半島のユダヤ教社会は黄金期ともいえる発展を果たす。イプンシャプルートのような歴史に名を遺す宮廷ユダヤ人も多く誕生して貿易圏は拡大、人口も増大した。

しかし、やがて十字軍の遠征の開始と前後してイベリア半島も宗教勢力の激しい対立の舞台となる。そして、ユダヤ教社会の黄金時代は儚くも消え去り、「ユダヤ教徒保護」の方針を変えたイスラム教勢力による迫害が始まる。

さらに、レコンキスタ運動が激化してキリスト教勢力が優勢になると、ユダヤ教徒はイスラム教勢力からキリスト教勢力が奪い取った戦利品として「宮廷の所有物」となり、その知恵と能力、財産をキリスト教勢力に搾取されていくことになる。

(この項つづく)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)