「カーボンニュートラルにおいて、私たちの敵は『炭素』であり『内燃機関』ではありません」-日本自動車工業会(自工会)が9月9日に開いた記者会見で、豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は改めて政府が推進する「ガソリン車全廃」に異議を唱えた。おりしも自由民主党総裁選挙を控えた時期だけに、次期首相となる総裁候補にプレッシャーをかけた格好だ。
これに対して一般党員からの支持が最も高いとされる河野太郎行政改革相は「戦略が誤ったものにならないよう、(自動車メーカー)各社に努力していただきたい」と真っ向から反論した。河野大臣は初当選直後から燃料電池車(FCV)の試乗会に自ら参加するなど、環境に対する問題意識は高い。
総裁選で真っ先に支持してくれた小泉進次郎環境相との関係や、「改革イメージ」を打ち出すことで選挙戦を有利に運ぶ思惑もある。さらには同じ神奈川県を地盤とし、関係も深い菅義偉首相が打ち出した「ガソリン車全廃」を否定されたことも「反論」の背景にありそうだ。
では、河野大臣が総裁選で勝利して首相に就任した場合、自工会やトヨタとの関係はどうなるのか?河野大臣が首相に就任後に、豊田会長の意向を受けて「ガソリン車全廃」を取り下げる可能性はゼロだ。国際公約である温暖化ガス削減の「切り札」の一つであり、自身の「改革イメージ」をアピールするにも必須の政策だからだ。
「和解」の道は豊田会長が「ガソリン車全廃」への反対を取り下げ、業界をあげて電気自動車(EV)シフトへ向けてハンドルを切ることだが、これも一筋縄ではいかない。豊田会長の出身母体であるトヨタは世界で初めてハイブリッド車(HV)を量産し、環境問題に貢献してきた自負がある。
HVを「エコカー」ではなく、ガソリン車とひとくくりにされることへの反発も強い。それゆえトヨタはHVをEVと同じ「電動車」というカテゴリーに位置づけているのだ。
HVではライバルが存在せず、EVシフトさえなければ高い世界シェアと利益を確保できるという「台所事情」もある。首相がEV推進を強く迫っても、「はい、そうですか」と方向転換するわけにはいかない。さらに豊田会長は創業家出身でトヨタ社内で盤石な権力基盤があり、政府に対して堂々と物申せる立場でもある。
通常なら国内最大の企業であるトヨタを、首相が本気で叩こうとは思わない。だが、目玉となる政策をあからさまに批判され続ければ、やがて堪忍袋の緒が切れる。2012年12月に衆院選を控えた安倍晋三元首相が打ち出した「アベノミクス」と呼ばれる金融緩和策を、当時の米倉弘昌日本経済団体連合会(経団連)会長が「大胆というより無鉄砲だ」などと批判した。
これが安倍元首相の不興を買う。安倍新政権発足後に米倉会長が関係改善の努力をしたものの、政府の経済財政諮問会議のメンバーから外れるなど徹底的に干された。2014年6月の会長退任まで安倍政権から距離を置かれ、経団連の地位低下を招いたとされる。
河野大臣は「調整型」ではなく「攻撃型」のリーダーと見られており、関係が悪化すれば安倍元首相同様に財界の重鎮であっても「干す」ことはいとわない可能性が高い。しかも、選挙区がある神奈川県はトヨタのライバルである日産自動車の本拠地だ。仮にトヨタを敵に回したとしても、票が増えることはあっても減ることはない。
河野大臣は既成の支持団体頼りではなく、SNSなどで広く市民から支持を得る政治手法を得意とする。「環境」を争点とする自工会やトヨタとの対立は、むしろ自らの支持率を上げる格好の材料になるだろう。こうした軋轢(あつれき)を最も恐れるのは、トヨタ以外の国産自動車メーカーだ。自工会が「標的」となれば、巻き添えをくらってしまう。
自工会も一枚岩ではない。世界初の量産EVを発売した日産はHVでは「新参者」で、しかもトヨタと違いEVに近いシリーズ方式のHVが主流だ。トヨタほどEVシフトにアレルギーはない。ホンダに至っては2040年までに「ガソリン車全廃」を宣言している。
すでに内定したと伝えられる豊田会長の任期再延長も、新政権との対立が激化すれば見直されることになるだろう。「ガソリン車全廃」問題の穏当な解決は、豊田会長が反対のほこを収め、業界あげてEVシフトへの方向転換を主導できるかどうかにかかっている。
文:M&A Online編集部
関連記事はこちら
・トヨタがレースでお披露目した「もう一つの水素車」は普及する?
・ホンダがエンジンを捨て、EVに「本気」を出す三つの理由