英政権与党の保守党は2018年12月12日、党首テリーザ・メイ首相の信任投票で、信任を決めた。が、これはメイ首相にとって「幸運」とはいえない。信任の最も大きな理由は「支持」ではなく「誰も後継首相になりたくなかった」からだ。
英国の欧州連合(EU)離脱交渉(ブレグジット=Brexit)は2019年3月29日の期限を目前に大詰めを迎えており、メイ首相に代わって英国にとってより有利な新離脱案をまとめ、EUと再交渉をするのは不可能に近い。EUや加盟国首脳は「メイ首相が提案した現状の離脱案よりも譲歩する考えはない」と明言している。ましてや当の英国が一枚岩ではないのだから、EUが新たな譲歩をしたところで丸く収まる保証はない。
そうなれば「合意なき離脱」か、離脱を取り下げる「不名誉な残留」しか方法はない。これも政治家たちには荷が重い。「合意なき離脱」の場合、英国のEUにおける立場は米国や日本など非加盟国と全く同じになる。再び国境に税関と検問所が置かれ、輸出入には関税が課され、人やモノの移動も自由ではなくなる。
英貿易政策研究所とサセックス大学の予測によると、「合意なき離脱」になると約75万人の労働者が失職する恐れがあるという。英国に生産拠点を持つトヨタ自動車<7203>やホンダ<7267>、日産自動車<7201>は明確な態度を表明していないが、「合意なき離脱」の場合はデメリットが大きいことは認めており、英国生産の縮小や撤退を検討する可能性が大きい。
その他の日本企業でも、鉄道車両を英国生産している日立製作所<6501>や金融街シティーに拠点を置く大手都市銀行などが英国での事業を見直す可能性が高い。こうした「英国経済崩壊」の引き金を誰も引きたくはないだろう。
一方、「不名誉な残留」となるとEU離脱を決めた国民投票の決定を反故にすると同時に、EU内で英国の影響力が大幅に低下するのは避けられない。そうなれば「何のためのブレグジットだったのか?」と、EU離脱派・残留派の双方から厳しく批判され、「袋叩き」状態になる。その時に首相の職にあれば、政治家生命を失いかねない。
今回の信任投票でメイ首相の危機は、さらに深まった。問題は「信任の200票」ではなく、「不信任の117票」だ。不信任票を投じた保守党下院議員は、間違いなくメイ首相の離脱案に反対する。少数与党の保守党から117人もの離反者が出れば、離脱案は間違いなく否決されるだろう。
与党内で首相の信任投票が実施されるという大混乱で、ブレグジットは「合意なき離脱」か「不名誉な残留」の二者択一を迫られることになりそうだ。国家間のM&AといえるEUからの離脱は、「あとはご自由に」で済む企業間のM&A解消とは違って簡単な話ではない。
文:M&A Online編集部