【凸版印刷】売りと買いを駆使して生き残り目指す「印刷の巨人」

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凸版印刷<7911>は大日本印刷<7912>と並ぶ国内印刷業界2強の一角であり、世界最大規模の総合印刷会社だ。国内印刷業界は総出荷額がバブル期だった1991年の8兆9200億円をピークに景気悪化やデジタル化による「紙ばなれ」で減少を続け、2017年には5兆202億円にまで縮小。「印刷不況」にあえいでいる。大手印刷会社は「脱・印刷」で生き残りを図ろうとしている。

M&Aで「生き残り戦略」が明らかに

凸版印刷の生き残り戦略をM&Aから見てみよう。凸版印刷を頂点とするトッパングループの連結売上高は1兆4647億円、傘下企業191社がさまざまな分野で事業展開する巨大グループだ。「印刷テクノロジーで、世界を変える。」というスローガン通り、印刷で培った技術をベースに新事業を展開するのが同社の経営方針だ。1958年(昭和33年)に印刷技術を建材に応用し、 建材用化粧紙の製版・印刷を始めている。

1960(昭和35)年にメサ型トランジスタ製造用マスクやテレビブラウン管用シャドウマスクなどの精密部品実験工場を開設し、エレクトロニクス産業への参入を目指す。これが後に同社の屋台骨を支えるだけでなく、印刷技術の応用で高精度のエレクトロニクス部品を安価に大量生産できるようになり、日本の産業高度化に大いに貢献した。

2005年には米デュポン フォトマスク インクの全株式を取得し、「トッパン フォトマスクス インク」が発足。半導体素子やフラットパネルディスプレー、プリント基板といった電子部品の製造工程で転写する際の原版となるフォトマスク(ガラス乾板)に力を入れるようになった。同年に凸版印刷は米IBMと、先端フォトマスク共同開発契約を締結している。

さらには1983年に IC内蔵の「ICチップインカード」をトッパン・ムーア、東京磁気印刷と共同開発するなど、現在では当たり前となったICチップの普及にも成功。電子産業に欠かせないプレーヤーとなった。

トッパングループの概況
連結売上高 (2019年3月期) 1兆4647億円
連結営業利益 (2019年3月期) 457億円
連結従業員数 (2019年3月末現在) 5万1712人
グループ社数 (2019年3月末現在) 191社
グループ特許公開件数(2017年度、持分法適用会社を含まず) 1536件

中国の印刷子会社は売却

2008年以降のM&Aを見ると、凸版印刷の戦略は明確になる。祖業だった印刷では2008年6月にシンガポールの印刷会社SNP Corporation LimitedをTOB(公開買い付け)で子会社化した。同社は1973年にシンガポール政府印刷局として設立された。出版物のほか、パッケージや有価証券など幅広い分野の印刷事業を展開している。

注目すべきはSNP が中国での事業拡大により著しい成長を遂げていたこと。凸版印刷は同社を買収することで、成長市場だった中国で印刷ビジネス拡大を狙った。2008年当時、すでに国内印刷市場の縮小が進んでおり、アジアという成長市場での「印刷復活」に賭ける。

ハイテク国の日本よりも紙の印刷が生き残る余地があると思われた新興国の中国だったが、2010年代に入ると先進国以上のスピードでデジタル化が進む。象徴的な例としては、紙幣に替わる電子マネーはあっという間に普及し、二次元バーコードを利用したスマートフォン決済では世界をリードしている。一般の紙印刷需要も日本以上のスピードで縮小する可能性が高い。

2016年5月、凸版印刷は中国・深圳で雑誌や書籍といった印刷物の製造・販売を手がける Toppan Leefung Printing(Shenzhen)Co.,Ltd.を、深圳市潤璟実業有限公司へ285億円(18億3000万人民元)で売却した。Toppan Leefung Printingは年間56億1000万円(3億5950万人民元)もの売り上げがあったが、中国の「紙ばなれ」を前に売却を選択したようだ。

一方、国内では2019年5月にすでに子会社だった図書印刷を完全子会社化しているが、これは縮小が止まらない国内印刷市場を受けての「守り」の買収とみられる。両社の顧客や生産拠点を相互活用することで経営効率化を狙う。

凸版印刷の主なM&A(2008年以降)

開示日 売買 対象企業・事業 売買相手 事業内容 形式      取得金額 国籍    
2008年6月10日 買い SNP Corporation Limited Green Dot Capital Pte Ltd 印刷 株式譲渡 シンガポール
2009年11月6日 買い 新設会社(中小型ディスプレー承継事業) カシオ計算機 中・小型ディスプレイ 株式譲渡 日本
 
2012年4月10日 売り 液晶カラーフィルター事業 シャープ 液晶カラーフィルター事業 会社分割 日本
2015年2月12日 売り 台湾凸版国際彩光股份有限公司 友達光電股份有限公司 液晶カラーフィルター事業 株式譲渡 167億円 台湾
2016年5月26日 売り Toppan Leefung Printing (Shenzhen) Co.,Ltd. 深圳市潤璟実業有限公司 印刷 株式譲渡 307億円 中国
2016年11月24日 買い 凌巨科技股份有限公司 中華映管股份有限公司 中・小型ディスプレイ 株式譲渡 13億円 台湾
2019年5月13日 買い 図書印刷(出資比率100%へ引き上げ) 図書印刷(出資比率51%) 印刷 株式交換 日本
2019年6月24日 買い Interprint GmbH Wrede Industrieholding GmbH&Co.KG 建装用化粧シート 株式譲渡 480億円 ドイツ

「買い」の中・小型液晶ディスプレー

1960年に参入したエレクトロニクス事業でも、「売り」と「買い」が交錯する。2009年11月にカシオ計算機<6952>の中・小型ディスプレー事業を分社化した上で、新会社株式の80%を凸版印刷が譲り受けた。当時、カシオ計算機と凸版印刷は、有機ELディスプレーの共同開発に取り組んでいた。カシオ計算機の中・小型液晶ディスプレー技術と凸版印刷の有機EL微細加工技術を新会社で一体運用することで、有機ELディスプレーの実用化を急いだ。

2016年11月には台湾の中・小型液晶パネルメーカーGiantplus Technology Co., Ltd.の株式53.67%を約137億円で取得し、子会社化することを決めた。凸版印刷の子会社で小型液晶ディスプレーパネル製造を手がけるオルタステクノロジーの超高精細技術とGiantplusの量産化技術を融合させ、市場拡大が続く車載向け液晶ディスプレーパネルや産業機器向けの中・小型液晶ディスプレーパネル事業を強化するのが狙いだ。

液晶や有機ELなどの薄型ディスプレーはサムスン電子やLG電子など韓国勢の独占状態と思われがちだが、それは家庭用テレビなどの大画面ディスプレーの話。カーナビゲーションや計器パネル、医療機器、産業機械向けの操作パネルなど、耐久性や対候性、信頼性を求められる中・小型ディスプレ―では日本のメーカーに競争力がある。国内家電メーカーが「枕を並べて討ち死に」した液晶テレビとは事情が違う。凸版印刷は今後も中・小型ディスプレーで、M&Aによる技術開発力の強化や生産能力の向上を図る可能性が高い。中・小型ディスプレーでは、凸版印刷の「買い」に注目だ。

凸版印刷が開発した車載ディスプレー向け3D銅タッチパネルモジュール(同社ニュースリリースより)

「売り」の液晶カラーフィルター

半面、エレクトロニクス参入の先駆けとなったシャドーマスクの流れをくむ液晶カラーフィルター事業は「売り」だ。シャドーマスクはブラウン管テレビの画面表面にあるガラスのすぐ裏側に置かれる部品で、電子ビームを赤、緑、青の各色に割り振る部品。金属の薄い板に画素数分の円形または角形の穴が開いている。ブラウン管テレビが姿を消してからは、液晶ディスプレーでカラー画像を生成する液晶カラーフィルターへシフトした。

凸版印刷のカラーフィルター(同社ホームページより)

しかし、薄型ディスプレーの主流は液晶から、より薄型で高精細な有機EL(OLED)へ移りつつある。現行のホワイトOLED(WOLED)はカラーフィルターを必要とするが、次世代型の量子ドット有機EL(QD-OLED)などではカラーフィルターが不要になる可能性もある。

凸版印刷は2012年4月に凸版印刷と同社子会社トッパンエレクトロニクスプロダクツの液晶カラーフィルター事業をシャープ子会社のシャープディスプレイプロダクトに統合し、事実上売却した。海外でも2015年2月、液晶カラーフィルター製造・販売の特定子会社である台湾凸版国際彩光股份有限公司の全保有株式を、液晶ディスプレー製造・販売の友達光電股份有限公司(台湾)へ167億円(44億2850万台湾ドル)で譲渡している。

凸版印刷が生産高で世界最大の液晶カラーフィルター事業から撤退することはないだろうが、積極的な買収で事業を拡大するとは考えにくい。逆に同事業を売却する可能性は高まっている。液晶カラーフィルターでは、凸版印刷の「売り」に注目だ。

安定市場の建材は「買い」

2019年6月に、凸版印刷は建装材用化粧シート大手の独インタープリントの全株式を約480億円(3億8400万ユーロ)で取得し、完全子会社化すると発表した。同12月中に買収を完了する。インタープリントは1969年に設立し、従業員約1300人。ドイツ、米国、ポーランド、マレーシア、中国、ロシア、ブラジルに生産拠点を持ち、家具や建具、床などの表面化粧材として使われる建装材で世界有数の規模で事業を展開する。

実は凸版印刷の建材用化粧シートの歴史は長い。1956年に印刷技術を生かして進出し、1970年代から海外市場の開拓に乗り出している。現在、米国内に2カ所に建装材印刷工場を持つほか、2017年にはスペインカタルーニャ州のデコテックプリンティングを買収し、海外での生産体制を強化している。インタープリント買収で、建材用化粧シートのグローバル生産体制が完成する。

凸版印刷の内装用化粧シート「101エコシート」(同社ホームページより)

建材は「世代交代」が早いエレクトロニクスや精密電子機器と違い、長期的に安定した需要が見込める商品。今後も海外で積極的な買収を進め、グローバル事業として売り上げを増やしていくことになるだろう。

凸版印刷がM&Aの対象とした全ての事業は、印刷技術をベースに発展してきた。同社には超高精細のバーチャル・リアリティー(VR)技術や、3D細胞培養技術といった次世代技術も多い。今後はこうした「新しいビジネスの芽」を花開かせるためのM&Aも期待できそうだ。

関連年表

年(元号) 出 来 事
1900年(明治33年) 凸版印刷合資会社の創立
1908年(明治41年) 凸版印刷株式会社に改組
1917年(大正6年) オフセット印刷合名会社の買収
1920年(大正9年) 米国よりHB写真製版法とその装置を導入
1922年(大正11年) 本社新工場落成
1927年(昭和2年) 大阪市西淀川区大仁西二丁目(現 大阪市大淀区大淀北一丁目)に大阪分工場を新設
1938年(昭和13年) 東京市板橋区志村(現 東京都板橋区志村一丁目)に板橋工場を竣工、操業開始
1951年(昭和26年) 証券用凸版多色細紋印刷(MCF印刷)の製版印刷技術を開発
1958年(昭和33年) 建材用化粧紙の製版・印刷を開始
1960年(昭和35年) メサ型トランジスタ製造用マスクや、テレビブラウン管用シャドウマスクなどの精密部品実験工場を開設
1961年(昭和36年) 東京・銀座に「凸版印刷サービスセンター(現 トッパンアイデアセンター)」を設立
1965年(昭和40年) カナダのムーア社と合弁でトッパン・ムーア・ビジネスフォーム株式会社(現   トッパン・フォームズ株式会社)を設立
1970年(昭和45年) コンピュータ組版をわが国で初めて実用化
1976年(昭和51年) ジュース、酒などの液体紙容器「トッパンEP-PAK」を開発
1978年(昭和53年) 東京工業大学と富士写真光機(株)との共同で、マルチプレックスタイプのホログラムを開発
1980年(昭和55年) ビデオ画像信号から直接製版する「トッパンビデオ製版システム」をわが国で初めて開発
1983年(昭和58年) IC内蔵の「ICチップインカード」をトッパン・ムーア(株)、東京磁気印刷(株)と共同開発
1987年(昭和62年) 「印刷史料館」を開設
1988年(昭和63年) CGステレオ(立体)印刷技術を開発
1993年(平成5年) 東京都および板橋区との第三セクター方式による障害者特例子会社 東京都プリプレス・トッパン株式会社を設立
1994年(平成6年) Web上のモール実験「サイバー・パブリッシング・ジャパン」開始
1996年(平成8年) 紙製飲料缶「カートカン」を販売開始
1998年(平成10年) トッパン・フォームズ(株)、東京証券取引所第一部に上場
1999年(平成11年) デジタルコンテンツ流通事業「Bitway」開始
2000年(平成12年) トッパン小石川ビルが竣工、「トッパンホール」および「印刷博物館」オープン
2002年(平成14年) 日本電気(株)とプリント配線板の新会社 株式会社トッパンNECサーキットソリューションズを設立
2003年(平成15年) 非接触ICカード「SMARTICS-Fe」を開発
2004年(平成16年) 日本たばこ産業(株)から印刷事業関連子会社3社の株式譲受
2005年(平成17年) 米デュポン フォトマスク インクの全株式の取得が完了、トッパン フォトマスクス インクが始動
  IBMと先端フォトマスク共同開発契約を締結
  建装材事業部とトッパン・コスモが事業統合、新生 株式会社トッパン・コスモを設立
  理化学研究所、島津製作所と共同で「試薬-チップ一体型全自動SNPs解析システム」を開発
2007年(平成19年) ホログラムに超微細文字を埋めこむ新技術「ナノテキスト」を開発
2008年(平成20年) 米国デュポン社と太陽電池バックシートに関する契約を締結
2009年(平成21年) 次世代機能性フィルムの製造拠点となる深谷工場竣工
2011年(平成23年) 電子書籍市場の拡大に向け、クラウド型電子書籍ストア「BookLive!」オープン
  文化財デジタルアーカイブ用の大型オルソスキャナーを開発
2012年(平成24年) 放射性物質を吸着するゼオライト機能紙を開発
  デジタルサイネージによる次世代型館内案内システムの提供開始
  熱殺菌後の酸素ガスバリア性が世界一の透明ハイバリアフィルム「PRIME BARRIER レトルトグレード」を開発
2014年(平成26年) 国内外の軟包材生産のマザー工場となる群馬センター工場竣工
2015年(平成27年) 無料で学べる新学習サービス「学びゲット!」を提供開始
  GPS連動型コンテンツ配信プラットフォーム「ストリートミュージアム」を提供開始
2016年(平成28年) 海外初の透明バリアフィルム生産拠点となるTOPPAN USA ジョージア工場竣工   
  液晶調光フィルム「LCMGIC(エルシーマジック)」を販売開始

文:M&A online編集部

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。