【戸田工業】「選択と集中」のM&AでEV革命の最前線に

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東証プライム上場の中でも歴史が長い戸田工業<4100>は、2023年に創業200周年を迎える。磁器や建築用の顔料、絵の具、口紅などに使われたベンガラと呼ばれる酸化鉄生産で創業した同社は磁気テープ用材料で成長し、リチウムイオン電池用素材などの最先端技術で注目されている。老舗でありながら祖業にも最先端事業にも目配せする「新旧両面にらみ」のM&Aとは。

顔料から始まった酸化鉄、磁気テープで大成功

戸田工業は磁性材料の世界的なパイオニア企業だ。古くから顔料として利用されていた酸化鉄をエレクトロニクス産業向けの新素材として供給することになったきっかけは、意外にも公害問題だった。1941年に硫酸鉄から顔料や磁性材料のフェライトを量産する新技術を導入したが、その製造工程で発生する亜硫酸ガスが大気汚染を引き起こすとして問題になった。

そこで同社は京都大学との産学共同研究で、1965年に酸化鉄を水溶液から化学反応によって合成させる「湿式合成法」を実現。亜硫酸ガスの発生を防ぐだけでなく、製造パラメーター(変数)をコントロールすることにより、形状や特性のバラエティーが豊富で安定した品質の材料を量産できるようになった。

1970年代後半になるとオーディオテープやビデオテープといった磁気記録材料が登場し、湿式合成法による高品質の磁性酸化鉄がその素材として爆発的なヒットを記録する。しかし、1990年代に入るとエレクトロニクス業界がアナログからデジタルへ転換。記録メディアも磁気テープから光ディスク、そして半導体メモリーへと変遷する。

国内外の有力企業と合弁・資本提携を果敢に実施

そうした外部環境の激変で、戸田工業が生き残りを賭けて乗り出したのがリチウムイオン電池向けの素材だった。2007年8月に独H.C.Starck GmbH社から、電池材料事業部門を買収。同月に全額出資で電気自動車(EV)向けリチウムイオン電池の正極材に用いる材料(前駆体)を生産する戸田アドバンストマテリアルズINC.(カナダオンタリオ州サーニア市)を設立した。

2008年3月には米アルゴンヌ国立研究所からリチウムイオン電池用正極材料の特許ライセンスを取得、EV時代を見越して同材料の強化に乗り出した。2009年6月に三菱自動車<7211>の「i-MiEV」、2010年12月に日産自動車<7201>の「リーフ」が相次いで発売され、本格的なEV時代が始まる。

しかし、黎明期の量産EV販売台数が想定を大幅に下回り、苦戦を余儀なくされた。戸田工業は2012年9月に子会社で産業排水処理を手がけていた富士化水工業(東京都港区)の主要事業を20億円でクボタに売却。「選択と集中」で、経営資源をリチウムイオン電池素材に集中する。

同12月には伊藤忠商事<8001>を引受先とする第三者割当増資を実施し、約38億円の資金調達に成功。電子素材などの設備投資に充てた。これにより戸田工業は伊藤忠の持ち分法適用会社(持ち株比率20.66%)に。資金調達だけでなく、伊藤忠商事との原材料調達でコスト削減を実現するなどのメリットがあった。

2013年には東北大学、京都大学、広島大学などとの産学共同研究で開発したレアアース(希土類)を使わない磁石材料の量産化に乗り出す。鉄と窒素で構成するナノ(ナノは10億分の1)メートル単位の磁性粉末で、EVやハイブリッド車(HV)、エアコンなどの高効率モーター磁石向けの素材として利用する。特定の産出国に偏在するレアアースを使用しないため、地政学的リスクや価格の高騰などの影響を避けることが可能だ。

EVの普及で長年の苦労が報われる

2013年4月には三菱商事<8058>と折半出資でリチウムイオン電池の主要部材である負極用炭素材料を生産するエム・ティー・カーボン(東京都千代田区)を設立するなど(2017年11月に清算)、他社との提携で事業基盤を固めていく。

2015年2月には大手化学メーカーの独BASFグループとリチウムイオン電池正極材事業の合弁事業をスタート。グローバル市場の需要に迅速に対応できる体制を整えるのが狙い。新設子会社のBASF戸田バッテリーマテリアルズ(山口県山陽小野田市)に戸田工業グループのリチウム電池関連素材事業を現物出資により移転した上で、同社の出資持ち分66%をBASFグループに約102億円で譲渡した。

この頃には米テスラなど海外でのEV量産が本格化して、リチウム電池関連素材の需要が急増。戸田工業もEV向けリチウム電池の需要立ち上がりの遅れと先行投資負担で苦しんできたが、同社の粘り強い取り組みが、ようやく実を結び始めた。

2019年1月には伊藤忠から戸田工業株を買い取り、持ち株比率を25.53%へ引き上げて筆頭株主となったTDK<6762>の持ち分法適用会社に。TDKはかつて磁気テープ素材の大口顧客でもあった。同社もカセットテープやビデオテープなどの磁気テープから、セラミックコンデンサーなど電子部品へ事業ポートフォーリオを大胆に変更。自動車向けの電子部品が好調で、EVの基幹技術となる戸田工業のリチウム電池関連素材とのコラボ(協働)を狙った。

2022年はEVの年間販売台数が1000万台に迫っており、さらに普及は加速する見通し。戸田工業のリチウム電池関連素材の重要度は増しており、今後も積極的な合弁や業務・資本提携が起こるだろう。

祖業も最先端事業も、M&A活用で成長目指す

一方、祖業である顔料もM&Aで強化している。2022年11月に酸化鉄顔料を製造・販売する中国子会社の戸田聯合実業(浙江)有限公司(浙江省)の全出資持ち分60%を、同業で持ち分法適用関連会社の浙江華源顔料股分有限公司(同)など2社に譲渡することを決めた。

これに伴い、浙江華源は赤色、黄色、黒色のすべての酸化鉄顔料を手がける世界有数の酸化鉄顔料メーカーとなる。戸田工業は浙江華源の主要株主として経営に関与することで、機能性顔料事業の拡大を目指す。最先端素材を中核企業として育てつつも、老舗としての事業は守る。「二百年企業」らしいM&A戦略と言えるだろう。

戸田工業の業績は決して順風満帆ではない。2020年3月期、2021年3月期は原材料の高騰もあって、2年連続で純利益が赤字に転落した。2023年3月期には31億1600万の純利益を確保している。それでも同社の最先端素材への挑戦は続く。M&Aは、それを成功させるための重要な手段なのだ。

戸田工業の主なM&A

公表日 取引総額 内 容
2022年11月29日 非公表 酸化鉄顔料を製造する中国子会社の戸田聯合実業を現地社に譲渡
2021年6月29日 非公表 射出成形磁石を製造する中国の江門協立磁業高科技を子会社化
2015年2月23日 非公表 リチウム電池材料製造の米・カナダ企業を完全子会社化
2014年10月30日 102億円 リチウム電池材料子会社の出資持ち分をドイツBASFに譲渡し、同社との合弁会社を設立
2012年9月24日  20億円 排水処理事業をクボタ<6326>に譲渡

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。

文:M&A Online編集部