【新生銀行】買い手に「食い物」にされた旧名門行の買収トラウマ

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新生銀行はSBIの敵対的TOBから逃れることができるか?(Photo By Reuters)

「金(公的資金)を返さないのはありえない。泥棒と一緒」。そう批判する北尾吉孝社長が率いるSBIホールディングス<8473>から、TOB(株式公開買い付け)を仕掛けられた新生銀行<8303>。実は「買われる」のは2回目だ。最初に買収された時のトラウマが今も残る新生銀だが、今回はどうなる?

前身は「名門」の長銀

新生銀の前身はかつて日本に3行あった長期信用銀行の一つ日本長期信用銀行(長銀)。日本の高度成長を支えた名門銀行だ。1952年に日本興業銀行(興銀、現みずほ銀行)に次ぐ2番目の長期信用銀行として設立された。

興銀は1900年の設立、1957年に設立された日本債券信用銀行(日債銀、現あおぞら銀行)の前身は1911年に発足した朝鮮銀行であり、長銀は唯一戦後に誕生した長期信用銀行だった。

第一勧業銀行や富士銀行と経営統合した興銀を除く長期信用銀行2行は1998年に経営破綻し、公的資金が投入された。日債銀を引き継いだあおぞら銀行<8304>は、2015年に公的資金を完済している。だが新生銀に、北尾SBI社長から「泥棒と一緒」と批判されるほどの「失策」があったわけではない。

新生銀の完済が遅れた最大の原因は、公的資金を投入した優先株を普通株に転換したため。株価の値上がりがない限り完済できない仕組みなのだ。2007年から2008年にかけて整理回収機構と預金保険機構が新生銀の優先株を普通株に転換している。

新生銀行が普通株転換で公的資金返済が難しくなったのを受けて、政府は2012年にあおぞら銀優先株の普通株転換を10年先延ばしした。そのためあおぞら銀は株価に左右されず、政府との相対交渉で分割返済できたのだ。新生銀の公的資金問題には「不運」もある。

発足早々「食い物」にされた新生銀

そもそも「不運」の始まりは、最初の買収にあった。金融機能再生緊急措置法によって国有化された旧長銀は、2000年3月に米企業再生ファンドのリップルウッドや外国銀行などが構成する投資組合ニューLTCBパートナーズ(New LTCB Partners CV)に10億円で売却。同6月に新生銀行として再出発した。

ところがニューLTCBパートナーズは公的資金で積み上げた貸し倒れ引当金の取り崩し益を狙って、新生銀行に融資先から苛烈な貸し剥がしをするよう命じた。貸し剥がしで融資先が経営破綻すれば、貸し倒れが確定して引当金を取り崩せるからだ。

この貸し倒れ引当金により、新生銀は2002年3月期に早くも612億円の当期純利益を上げる。しかし、その影響で同行をメーンバンクとするライフやそごう、第一ホテル、エルカクエイなどが相次いで倒産。融資先保護のために公的資金を投入した政府にとっては、明らかに「信義則違反」だった。

国会でも新生銀の貸し剥がしは大問題となったが、新生銀は旧長銀の売却契約に盛り込まれていた「引き継ぎ債権が3年以内に2割以上下落したら、国に買取請求できる」との瑕疵担保条項を盾に正当化を主張。同行の貸し剥がしを止めることはできなかった。

2004年2月に新生銀は東証1部へ上場し、ニューLTCBパートナーズは約2300億円の売却益を手に入れた。同投資組合の出資金は諸費用を含めて約1210億円だったので、4年間で1000億円以上の利益を得たことになる。十分なリターンを得たニューLTCBパートナーズは2006年11月に経営から手を引き、新生銀はファンドの手を離れて経営のフリーハンドを得る。

元同業のあおぞら銀との経営統合は破談

だが、すでに「時間切れ」で瑕疵担保条項による貸し倒れ引当金の取り崩し益は得られなくなった上に、新規上場益という「金鉱」は掘り尽くされていた。法人向けの事業は投資ファンド時代の貸し剥がしで顧客離れが進んで壊滅状態になった。

そのため、設立当初から他行の自動現金預払機(ATM)の利用無料化や振込手数料の無料化といった個人向けサービスに力を入れる。だが、2005年からは国内外の不動産関連の証券化商品に投資する投資銀行業務に力を入れるなど、経営方針が変わった。その投資銀行業務も2008年のリーマン・ショックに伴う景気後退で大打撃を受ける。

そこで新生銀は、同じ長期信用銀行を前身とするあおぞら銀との経営統合を目指す。2009年6月には両行が2010年中の経営統合で基本合意したと発表した。ところが、この合併話は破談に終わる。新生銀が海外投資で多額の損失が発生するなどして2010年3月期の連結決算で最終赤字に陥ったことを、あおぞら銀が警戒したのだ。経営統合後の経営方針もまとまらず、2010年5月に合併中止を発表する。

新生銀は個人向けサービスを多角化するために買収した信販や消費者金融事業で生き延びることになった。同行の連結利益のほとんどが、2004年に買収した信販会社のアプラスと2008年に買収した消費者金融のレイクの2社によるもの。銀行業務では利益が出せない状況が続いている。

そんな「鳴かず飛ばず」の新生銀に目をつけたのが、SBIとマネックスグループ<8698>傘下のマネックス証券だった。

マネックスとの業務提携がSBIのTOBを招いた

新生銀は自行の筆頭株主となったSBIグループが2020年8月に立ち上げた「地方創生パートナーズ」に出資している。ところが2021年1月に新生銀が自行の投資信託口座をマネックス証券に移管する一方、同銀が投資信託商品の販売を担当する業務提携を2022年1月から実施すると発表。新生銀のマネックスへの「すり寄り」が、SBIを刺激した。

SBIの北尾社長は「こういうのを見ていると経営者や会社の将来がよくわかる」と強い不快感を示し、2021年6月の新生銀株主総会で工藤英之社長ら複数の取締役選任議案に反対票を投じた。併せて新生銀の株式を買い増して、銀行法の規定により金融庁の認可が必要となる20%近くまで保有割合を引き上げている。

そして、9月9日には新生銀との事前通告なしに、金融庁の認可を取得した上で最大48%までの株式取得を目指すTOBの実施を発表した。これに反発した新生銀は9月17日にSBI以外の株主に株式を割り当てる新株予約権を無償発行し、SBIの保有比率を低下させる買収防衛策「ポイズンピル(毒薬条項)」の実施を検討していると発表。これを武器に、10月25日とされていたTOB期限を12月8日に延期するようSBIに迫った。

SBIは「経営陣の保身で、無益な時間稼ぎにすぎない」と批判したものの、ポイズンピルの実施を警戒してTOBの期限延長に応じた。新生銀は10月21日、SBIによるTOBに反対を表明し、銀行業界では初となる敵対的買収となった。

敵対的買収になったことについてSBIの北尾社長は、10月28日に開いた自社の決算説明会で「資本市場を活性化するメソッドとして、ぼんくら経営者の退場がある」と新生銀を批判。「ホワイトナイト(友好的な買収者)が買うならどうぞ、お譲りします」と挑発した。

スクイーズアウトによる上場廃止で公的資金返済か

とはいえSBIが新生銀をTOBで買収したとしても、公的資金を完済できるかどうかは不透明だ。そもそも新生銀が四苦八苦してもホワイトナイトを探し出せないのは、同行の将来性が見いだせないから。SBIが提示したTOB価格の1株2000円が「高すぎるくらい」(北尾社長)なのは事実と言える。

確かにTOB発表前営業日の終値だった1440円を38.9%上回る2000円というTOB価格は安くない。とはいえ普通株に転換された公的資金を完済するのに必要な株価は7450円。SBIが買収して経営改革に乗り出したとしても、新生銀株にそこまでの値上がりを期待できる根拠がない。

完済の可能性があるとすれば、TOB成立後にSBIと国を合わせた持ち株比率が全体の3分の2を超えた時点で自己株買いに乗り出し、概ね9割に達した時点でスクイーズアウトにより少数株主から強制的に株式を買い上げて上場廃止。国には約3500億円のキャッシュを支払って公的資金を完済するという方法だ。

新生銀が現時点で国の保有株と引き換えに、直接約3500億円のキャッシュを支払って完済できないのは「株主平等の原則」のため。政府保有の普通株と引き換えに約3500億円のキャッシュを返済すれば、新生銀には政府と同じ株価(1株7450円)で一般株主の保有株式を買い取る義務が生じるからだ。

仮に全株主が買い取りを求めた場合、約1兆6000億円が必要になる。優先株との引き換えで約3500億円を返済しても、普通株を持つ株主から同じ株価で引き取る義務はない。だから、新生銀と同様の状況にあったあおぞら銀は公的資金を完済できたのだ。

SBIに新生銀買収のメリットはあるか?

しかし、スクイーズアウトは会社の「言い値」で強制的に買い取れるわけではない。「適正価格」での買い取りが義務付けられている。最終的に7450円で国の保有株を買い戻すことが分かっているのだから、それ以上の株価でなければ「適正価格」と認められないだろう。

市場価格をベースに「適正価格」を算定する方法もあるが、スクイーズアウトの実行が見えてくれば市場価格も高騰する。TOBが発表され、新生銀株が9月13日に2030円の高値をつけたのと同じ現象だ。そもそも7450円という「ゴール価格」が見えているため、2000円という3分の1以下の価格でTOBが成立するかどうかすら不透明だ。

こうした先の見えないTOBが、SBIにメリットをもたらすのかどうかも分からない。SBIは地方銀行再編を主導しようとしており、その中核銀行として新生銀の買収を目指している。が、新生銀は個人・法人ともに顧客層が薄く、「看板」以外の役割は期待できそうにない。地銀とのシナジー(相乗)効果は限定的だろう。

そんな新生銀に対して最大1164億円のTOBを実施し、さらには約3500億円の公的資金返済の責任を背負い込むことになる。SBIにとってはリスクの高い買収といえる。

新生銀も最初の投資ファンドによる買収で「痛い目」にあっている。現在の厳しい経営環境も、投資ファンドが送り込んできた初期の経営者による目先の利益追求と経営方針の二転三転が大きく影響している。創業当時の「トラウマ」が、SBIの高圧的なTOBに対する強い拒否反応を引き起こしているのかもしれない。

新生銀行の沿革

1952年12月 長期信用銀行法に基づき株式会社日本長期信用銀行を設立(資本金15億円)
1953年3月 外国為替業務認可
1970年4月 東京証券取引所及び大阪証券取引所に株式上場
1996年11月 長銀信託銀行株式会社(現新生信託銀行株式会社、現連結子会社)を設立
1998年10月 金融再生法に基づき特別公的管理の開始。東京証券取引所及び大阪証券取引所の株式上場廃止
1999年9月 ニュー・エルティーシービー・パートナーズ・シー・ヴィ(パートナーズ社)が当行の普通株式の一括譲渡に係わる最優先交渉先に決定
1999年12月 当行・預金保険機構・パートナーズ社間で当行の普通株式の一括譲渡に係わる基本合意書締結
2000年2月 当行・預金保険機構・パートナーズ社間で株式売買契約締結
2000年3月 特別公的管理終了し、パートナーズ社が当行の経営権を取得
2000年4月 証券投資信託の窓口販売業務開始
2000年6月 行名を「株式会社日本長期信用銀行」から「株式会社新生銀行」に変更
2000年10月 郵便貯金との提携開始(ATM、相互送金提携)
2001年5月 証券子会社として新生証券株式会社(現連結子会社)を開業
2001年6月 新生総合口座「PowerFlex」取り扱い、インターネットバンキング、ATM24時間365日稼動開始
2001年12月 株式会社アイワイバンク銀行(現商号:株式会社セブン銀行)とのATM提携開始
2004年2月 東京証券取引所市場第一部に株式上場
2004年4月 長期信用銀行から普通銀行へ転換
2004年9月 株式会社アプラス(現商号:株式会社アプラスフィナンシャル)を連結子会社化
2005年3月 昭和リース株式会社を連結子会社化
2007年12月 シンキ株式会社(現商号:新生パーソナルローン株式会社)を連結子会社化
2008年2月 総額500億円の第三者割当増資を実施
2008年9月 GEコンシューマー・ファイナンス株式会社(現商号:新生フィナンシャル株式会社)を連結子会社化
2009年3月 シンキ株式会社(現商号:新生パーソナルローン株式会社)に対する株式公開買付け実施
2011年1月 当行本店を東京都千代田区内幸町から中央区日本橋室町へ移転
2011年3月 海外募集による普通株式690百万株(2017年10月1日付の株式併合後の株式数に換算すると69百万株)を新規発行
2011年10月 銀行本体での個人向け無担保カードローンサービス「新生銀行カードローン レイク」(現名称:「新生銀行カードローン エル」)を開始
2017年4月 当行及びグループ各社の間接機能を実質的に統合した「新生銀行グループ本社」を設置
2018年4月 新生フィナンシャル株式会社での個人向け無担保カードローンサービス「レイクALSA(アルサ)」を開始
2019年8月 主要株主(J.C.Flowers & Co.LLCの関係者を含む投資家)による株式売出
2020年9月 UDC Finance Limitedを連結子会社化

(有価証券報告書より)

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。

文:M&A Online編集部

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