コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収提案にみるM&Aの役割

alt
マスク氏 by Daniel Oberhaus

マスク氏、I made an offer

電気自動車大手のTeslaのCEOであるElon Musk(イーロン・マスク)氏がSNS大手のTwitterに買収提案を行い、Twitterがこれを受け入れたことが話題となっている。

マスク氏は、Twitterのユーザーであり、2022年3月下旬現在、約8,000万人のフォロワーがいたが、3月25日に「言論の自由は、民主主義が機能するために不可欠。Twitterはこの原則を厳格に守っていると思いますか?」とツイート。それから2週間も経たない4月5日、米国証券取引委員会(SEC)のSCHEDULE 13Gファイリング(日本の大量保有報告にあたる書類)でマスク氏がTwitter株式の9.2%を保有し、筆頭株主となったことが明らかとなった。これは前営業日である4月1日の終値に基づくと、28.9億ドルの価値があった。Twitterの株価は27%以上急上昇した。

その翌日、TwitterのCEOであるParag Agrawal氏は、マスク氏を取締役に指名すること、マスク氏が取締役就任期間中、14.9%以上のTwitter株式は取得できないことを公表し、マスク氏も「今後数か月以内に、Agrawal氏と&Twitterの取締役会と協力してTwitterを大幅に改善することを楽しみにしている」とツイート。友好的かと思われた。しかし、マスク氏は4月11日、Twitterの取締役会に参加する計画を放棄したことを、4月14日、Twitterに1株あたり54.20ドル(約440億ドル)で最終的な買収提案を行ったことを、それぞれ明らかにし、SECにSCHEDULE 13Dオファーを提出、「I made an offer」とツイート。これは4月1日の終値に38%のプレミアムが上乗せされた価格であった。これに対して、Twitterの取締役会は4月15日、満場一致で期間限定の「ライツプラン(いわゆる「ポイズンピル」)」を採用したと公表した。

マスク氏は4月21日、Twitterの買収資金約460億ドルの調達パッケージ(255億ドルのフルコミットされた負債およびマージンローンによる資金調達を確保、約210億ドルの株式コミットメントを提供)を公表し、買収に向けた準備を進めていたが、Twitterの取締役会議長であるBret Taylor氏(Salesforceの共同CEO)と2度にわたり会談。その結果、Twitterの取締役会は4月25日、「Elon Musk to Acquire Twitter」と題したプレスリリースを公表し、同氏の提案を受け入れ、非公開会社になると説明した。

なお、Twitterは4月28日、四半期決算(2022年1-3月期)を公表したが、売上高12億ドル(前年同期比16%増)、純利益5億1,300万ドルであったものの、営業損益は1億2,780万ドルの赤字を計上。売り上げの9割が「広告」で、「サブスクリプションおよびその他」は僅か9,400万ドル(同31%減)であった。

この取引は、Twitterの株主の承認、適用される規制当局の承認、その他の慣習的な完了条件の充足を条件として、2022年中に完了する予定である(ただし、マスク氏は5月13日、「偽アカウントがユーザーの5%未満とする確固たる証拠が得られるまで取引を一時保留」とツイート)。

米国におけるM&A戦略

米国では、買収者は、仲介者、時には「カジュアルパス(Casual pass)」を通じて非公式にあるいはより正式な問合せを通じて買収対象会社のCEOや取締役会に接触を開始する。そして、買収提案が拒否された場合には、諦めるか、あるいはより積極的な手段をとるが、後者を選択する場合には、以下の5つのオプション、もしくはそれらの組合せを選択する。

① ベアハグ(Bear hug offer)
② 委任状争奪戦(Proxy contests)
③ 公開市場内買付け(Open market purchases)
④ 公開買付け(Tender offer bid ; TOB)
⑤ 訴訟(Litigation)

買収者はまず、機関投資家やアービトラージからの圧力が買収対象会社を交渉による和解に向けて動かすことを期待して、「ベアハグ」を行う。「ベアハグ」とは、事前警告なくCEOおよび取締役会に買収提案を送付し、また、対外公表し、プレッシャーをかけることをいう。

これに対して、買収対象会社の取締役会は、「買収防衛策(Takeover defenses)」を検討する。「買収防衛策」は、正式な買収提案を受ける前に実行されるものと提案を受けた後に実行されるものに分類されるが、Twitterの取締役会が導入した「ポイズンピル(Poison pill)」とは、買収対象会社にとって望ましくない投資家を除く既存の株主にその時点の株価を下回る権利行使価格で買収対象会社の株式を取得する権利を付与するものである。

買収者は、「ベアハグ」に失敗した場合には、市場内で機関投資家から相当の買収対象会社の株式を取得し、臨時株主総会を要求するか、買収に前向きな新しい取締役の選任、または、買収防衛策の廃止を目的として「委任状争奪戦」を開始する。「委任状争奪戦」とは、株主が取締役会に代表を送り込もうとする、または他の株主の支持を得て経営陣の交代を提案するものである。

もっとも、委任状争奪戦はコストが高額であるため、買収防衛策が弱い場合には見送り、「TOB」を開始することもある。また、買収防衛策が強力な場合には、委任状争奪戦とTOBを同時に行うこともある。「公開市場内買付け」は、委任状争奪戦とTOBの両方をサポートするために行い、「アクティビストを考える(下)アクティビスト株主によるCreeping Acquisitionと買収法制」で触れたように、自由な裁量で行えるため、秘密裏に最終的な提案価格よりも低い価格で買い集める。

「訴訟」は、買収対象会社の取締役会に圧力をかけ、買収提案を受け入れさせたり、買収防衛策を取り除くために行われ、買収防衛策が強力な場合には、最も効果的であり、「M&A法制を考える 反アクティビスト・ピル(The Anti-Activist Pill)の許容性」で触れたように、裁判所が買収防衛策の許容性を判断する。

これに対して、買収対象会社の取締役会は、望まない買収提案を当初は阻止しようとするものの、最終的には「TOB」を受け入れる傾向がある。少し古いが、49カ国を対象にした研究では、1990年から2002年の間における45,686件のM&Aのうち、買収対象会社の取締役会が反対したケースは僅か1%であった。

マスク氏は、Twitterでツイートすることによって事実上の「ベアハグ」を行っていたともいえるが、「公開市場内買付け」を行った上で、TwitterのCEOに接触し、「TOB」を提案。これに対して、Twitterの取締役会は、「買収防衛策」で対抗しようとしたが、マスク氏は、「現在のTwitter取締役会が株主の利益に反する行動をとった場合には、彼らは受託者義務に違反する」「それによって彼らが引き受ける責任は規模が巨大である」とツイートし、「訴訟」の可能性に言及。Twitterの取締役会は、最終的に買収提案から僅か11日目で「TOB」を受け入れた。

米国におけるM&Aの脅威とコーポレートガバナンス

このように、会社支配権の変動はM&Aによって起こる。

20年以上にわたりウォール街でテクノロジー・アナリストを務めるWedbush securitiesのManaging DirectorであるDan Ive氏は、「ツイッターは明確なオーバーホール(overhaul)を必要としている...これは古き良き1980年代スタイルの敵対的買収だ」と評した。また、Twitterの取締役会議長であるBret Taylor氏は、「Twitterの取締役会は、価値、確実性、資金調達に意図的に焦点を当て、Elon氏の提案を評価するために思慮深く包括的なプロセスを行った。提案された取引は多額の現金プレミアムをもたらすものであり、Twitterの株主にとって最善の道(the best path forward)であると信じている」と述べた。

すなわち、米国では、M&Aの脅威は、ポジションを維持したい経営者が業績を向上させる動機付けに影響を与え、「悪い経営者」を排除し、「より良い経営者」を据えることによって、よいコーポレートガバナンス(good corporate governance)を維持するために歴史的に有効であるとともに、M&Aに対する経営陣の抵抗も、株主の利益のために買収価格を上げるための良い交渉戦略(good bargaining strategy)であるという考えがある。

コーポレートガバナンスは、M&Aの脅威、アクティビスト株主の圧力、法制度、当局による規制などの外部システムのほか、取締役会、内部統制、報酬体系、買収防衛策、企業文化と価値観などの内部システムも重要な役割を果たす。わが国のコーポレートガバナンスは長年、内部システムの役割が大きかったが、「アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」でも触れたように、近年は外部システムの役割がクローズアップされている。よりよいガバナンスをもたらす議論は終わりがない。

【参考文献】

DePamphilis, D.(2021)Mergers, Acquisitions, and Other Restructuring Activities: An Integrated Approach to Process, Tools, Cases, and Solutions(11th ed.), Academic Press

Rossi. S., & Volpin, P.F.(2004)Cross-country determinants of mergers and acquisitions, Journal of Financial Economics,74: 277-304.

Wang W, Wu Y. (2020) Managerial control benefits and takeover market efficiency. Journal of Financial Economics , 136: 857–878.

文:吉村一男