コーポレートガバナンスを考える 長期運用投資家とM&Aによる事業ポートフォリオの見直し

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ビジネスをみているバフェット

近時の上場市場は、東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」一色だが、東証が求めている抜本的な取組みは、「継続して資本コストを上回る資本収益性を達成し、持続的な成長を果たすための抜本的な取組み」であり、これは、自社株買いや増配などのペイアウトや資本コストの開示ではなく、キャピタルアロケーションのうち、投資家から調達した資金を何に投資し、事業価値を高めていくのか、その取り組みといえる。(「コーポレートガバナンスを考える エクイティスプレッドとM&A」参照)

2023年4月に来日したバークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェット会長兼CEOは、日本経済新聞社記者の「PBR1倍割れ企業が多いことをどう思うか」という質問に対して、こう回答したという。

「あまり重要じゃない」

「(分母である純資産ではなく)ビジネス(事業)をみている」

事業価値は、フリーキャッシュフローと資本コストによって決まり、短期的にはその価値と株価は乖離する可能性はあるが、長期的には収斂するため、運用期間が長く、運用スタイルがバリューやグロースであるバフェット氏のコメントは、理に適っている。

同じく長期運用を標榜する農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)の奥野一成CIOも、「株式投資のリターンの源泉は、時間の経過とともに実現する保有企業の事業価値の増大」であり、これを実践している企業は結果として、株価の長期的な上昇を見込むことができるという。

長期運用投資家にとってのビジネスモデル

長期運用投資家は、「ビジネス(事業)」のどこをみているのか。

カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのTeece教授は、ビジネスモデルとは、「価値の創造(製本の提供等)」、「価値の提供(バリューチェーンの構成、組織、オペレーティングモデル)」、「価値の獲得(競合企業から利益を守るための収益モデルとメカニズム)」という3つの要素により特徴づけられるという。

また、経産省が2017年に公表した「価値協創のための統合的開⽰・対話ガイダンス-ESG・⾮財務情報と無形資産投資-(価値協創ガイダンス)」では、「投資家」にとってビジネスモデルとは、以下を⽰すものであり、企業の持続的な収益⼒、すなわち「稼ぐ⼒」を評価する上で最も重要な⾒取図であると明記されている。

・企業が事業として何をしているのか

・どのような市場、事業領域で競争優位性を保ち、バリューチェーンの中で重要な位置を占めているのか

・事業を通じてどのような価値を提供し、結果としてそれをどのように持続的なキャッシュフロー創出に結びつけるのか

長期運用投資家もこのような観点で投資先を検討している。

奥野氏は、収益性が資本コストを持続的に上回っている事業は、次の3つの要件を満たしているため、これを見極めることに全精力をつぎ込むという。

①高い付加価値を創出する事業を営んである(付加価値)

②「参入障壁」とも呼べるほどの圧倒的な競争優位性を備えている(競争優位)

③不可逆的な長期的な潮流に乗っている(長期潮流)

    <持続的企業価値増大をもたらすビジネスモデル>

    出所:経済産業省「第4回 サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」(2020年2月7日)資料5(プレゼンテーション①資料)21頁

    また、同じく長期運用投資家であるみさき投資株式会社の中神康議社長は、資本コストを大きく上回るような超過利潤を長期間維持するためには、競合が攻めてきても跳ね返せるだけの「障壁」が必要であり、投資家が経営者に求めるものは、「事業仮説」、すなわち「この事業はこのようにすれば進化するはずだ、俺にはそれがありありと見えるんだ」というビジョンであるという。

    <3つの障壁>

    出所:中神(2021)125頁

    東証が上場企業に参考にすべきとする「グロース市場における事業計画及び成長可能性に関する事項の開示」や英国財務報告評議会(The Financial Reporting Council; FRC)の2016年のレポートでも、ビジネスモデルの開示が求められているが、これは長期運用投資家がいかにビジネスモデルに関心が高いかを表している。(「コーポレートガバナンスを考える PBRとM&A」参照)

    「優れた統合報告書」のビジネスモデル

    年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は今年2月、国内株式運用機関から選ばれた「優れた統合報告書」を公表している。

    たとえば、バフェット氏が買い増した総合商社の1社である伊藤忠商事は、「個の力」「非資源分野の収益力」「中国・アジアでの実績と経験」「総合力と自己変革力」という強み(競争優位性)で積み上げてきたトレードと事業投資というビジネスモデルを、マーケットインの発想でバージョンアップし、持続的な企業価値向上に取組んでいることを具体的な事例を踏まえ、開示している。

    <伊藤忠のビジネスモデル>

    出所:伊藤忠商事「統合レポート2022」22-23頁、60-61頁

    また、2001年に最終赤字を計上して以来、事業ポートフォリオを見直し、非中核事業を売却、売上高の3割を入れ替えた日立製作所は、事業ポートフォリオ改革を一区切りし、デジタル技術を駆使して顧客の事業を効率化するLUMADA(ルマーダ)事業に資源を集中することを具体的に開示している。

    <日立製作所の事業ポートフォリオ>

    出所:日立製作所「統合報告書2022」21、23頁

    いずれも日本を代表する企業であるが、参考になる点が多い。

    長期運用投資家の不満

    しかし、長期運用投資家は日本企業の開示や日本企業との「対話」に必ずしも満足していないようである。

    元フィデリティ投信ヘッド・オブ・エンゲージメントでアストナリング・アドバイザーLLCの三瓶裕喜代表は、日本では、統合報告書を開いても、企業と対話しても、ビジネスモデルについて、期待する回答がないという。

    まず、「ビジネスモデル」のうち、「差別化」については、端的にいえば、「群がり(ハーディング)を避けること」であるが、日本企業は、同業企業が皆、「需要の伸びが期待できる、だからこそ経営資源を注力する」と説明し、「同じ市場で群がっている」という。

    また、「バリューチェーン」については、海外の競争力ある企業は、バリューチェーン上のコントロール力を狙っているため、独自の調査を徹底しているが、日本企業は、独自の調査をせず、顧客企業の需要予測を信じ、顧客企業との関係の固定化・安定化を確保することが最優先であるという。

    さらに、「バリュードライバー」、すなわち、持続可否を決定づける決め手については、ほぼ的を射た答えは返ってこないといい、その原因はビジネスプロセスが創造する競争優位性を重要視していないからという。

    そこで、過度に詳細、具体的なノウハウまで開示、説明する必要はないが、本質的な部分を「ロジカル」に開示、説明して欲しいという。

    また、「事業ポートフォリオ」については、「戦略的に複数のビジネスモデルを持つというビジネスモデル」であり、なぜ複数の事業を持つのか、その合理的根拠が必要であり、必要できなければ単なる「コングロマリット」であるが、日本企業は、「足し算」ばかりで「引き算」がなく、衰退事業を撤退・売却しないまま、成熟事業に依存し、新規事業を立ち上げているという。

    そこで、経産省が2020年7月31日に公表した「事業再編実務指針」で紹介されている4象限フレームワークを参考に、事業ポートフォリオを見直すべきという。

    <4象限フレームワークに基づく資金の流れ>

    出所:経済産業省「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」(2020年7月31日策定)53頁

    長期運用投資家が支持する事業ポートフォリオの見直し

    McKinsey & Companyが行った長期投資ファンドの最高投資責任者を対象とした最新の調査によると、最高投資責任者は、自分たちのファンドが「短期主義」よりも持続的な価値創造を優先し、価値創造的な成長を可能にするために会社のキャピタルを再アロケーションするために迅速かつ大胆に動くCEOを支持することを明らかにしており、そのためには、長期的に企業価値を生み出さない資産を売却すること、そして、全体的なリストラを迅速に行うことを望んでいるという。

    それが証拠に、過去の調査では、高業績企業は低業績企業に比べて、M&A、合弁や提携、売却の機会について自社ポートフォリオを評価する頻度が、1、2年に1回ではなく、年に複数回あると回答する一方、低業績企業ほど、自社がM&Aの機会を探すのは1年に1回以下と回答する傾向があるという。

    企業もこれを理解しており、ある研究によると、欧米の大手企業約1,000社の2001年から2011年までの事業ポートフォリオを分析したところ、約200社が12年間の間に事業ポートフォリオの20%超を再編し、平均すると、2年から3年の間に事業ポートフォリオの約43%を再編し、約100社が事業ポートフォリオの約66%を再編していたという。

    また、約半数の企業は、ROAが業界平均を上回っている段階で再編を開始しているが、成功率が高かった企業は、ROAが業界平均を下回っている段階で再編を開始した企業であるという。

    三瓶氏は、事業ポートフォリオの見直しに当たって、「衰退事業のD象限」から「主力事業のB象限」へ真っすぐに到達した例はみたことがないという。

    まず、「衰退事業のD象限」は、収益性が資本コストを下回り、成長性もないため、売却もしくは撤退を検討し、「成熟事業のC象限」は、成長性はないものの、収益性が資本コストを上回っているため、PEファンドのM&Aによる対象やアクティビストによる株主提案の対象になりやすいが、「成長事業のA象限」への内部資金供給源、もしくは、投資家が「成長事業のA象限」へ投資を納得していなければ、株主還元の源泉と位置づけるという。

    また、「成長事業のA象限」は、収益性が資本コストを下回っているものの、成長性が期待できるため、必要な投資額を管理しながら積極的に遂行する必要があるという。

    事業ポートフォリオの見直しとアクティビスト

    経営者が事業ポートフォリオを見直さない場合には、アクティビストがこれを求める。

    Lazardの調査によると、アクティビストのキャンペーンのうち、約30%がM&A関連のキャンペーンであるが、約20%は売却、スピンオフ、分割のキャンペーンとなっている。(「M&Aバリュエーションを考える 現預金の事業性」参照)

    日本でも、2018年に粉飾決算事件で経営危機に陥ったオリンパスに取締役を派遣する提案を行い、彼らの再生に尽力したバリューアクト・キャピタルが今年2月にセブン&アイ・ホールディングスに行ったキャンペーンが話題となっている。

    オリンパスの竹内社長が「いわゆるアクティビストというイメージからは遠い存在」というように、バリューアクトがアクティビストか否かはさておき、その内容は、「そごう・西武の売却を完了し、イトーヨーカ堂を売却またはスピンオフにより切り離すこと」「コンビニエンスストア事業のみが残るまで、企業価値の最大化を図り、ステークホルダーに十分に配慮しつつ、その他の非中核事業から撤退すること」であり、事業ポートフォリオの見直しを迫る内容といえる。

    セブン&アイ・ホールディングスは、セブン・イレブン事業において、「銀行ATMの設置」「セブンプレミアム」「100円コーヒー」など顧客の問題を解決する高い「付加価値」を創出する事業を営み、集積度が高い店舗網、効率的な物流網、全国の専門工場などの「バリューチェーン」による「競争優位性」を備え、収益性が資本コストを上回り続けてきた。また、この事業を立ち上げた鈴木敏文会長の「事業仮説」は目を見張るものがあった。

    バリューアクトは、この事業を収益性が資本コストを持続的に上回っている事業と評価し、投資したものと思われる。

    しかし、総合スーパーやデパート事業などの参入障壁がない事業は、他社が参入し、収益性が下がり、資本コストと同等もしくはそれ以下まで下落している。

    バリューアクトの提案は奇をてらったものではない。

    長期運用投資家とIR

    東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」公表後、明確な戦略なく、資本コストや目標ROEなどを開示し、過剰な自社株買いを行う企業が増加している。

    運用期間が短く、運用スタイルがイベントドリブンである短期運用投資家はこれを歓迎するかもしれない。

    しかし、長期運用投資家は、これに関心を示さないかもしれない。

    なぜなら、長期運用投資家は、なぜその目標指標なのか、価値と株価にギャップがあれば、どのような戦略でそのギャップを埋めるのか、ビジネスモデルをどうイノベーションするのか、事業ポートフォリオをどうマネジメントするのか、その裏付けとなる財務戦略(資金源、M&A、ペイアウト、目標資本構成等)は何か、すなわち、長期的に企業価値を創造するためにはどのようなストーリーか、それを求めているからである。

    所有と経営が一致している同族企業であれば、投資家の投資基準と企業の経営戦略は一致するが、上場企業はそうではないため、これを連携する必要がある。

    「企業は株主を選べない」といわれるが、経営者から投資家へのIRは、どのような投資家に株主になって欲しいかのメッセージといえる。

    <参考文献>

    ・奥野一成(2020)「長期投資にとっての資本コスト:対話の中での資本コストの活用」日本証券アナリスト協会編『企業価値向上のための資本コスト経営』123頁(日本経済新聞出版)

    ・中神康議(2021)『三位一体の経営』(ダイヤモンド社)

    ・三瓶裕喜(2022)「ビジネスモデルおよび事業ポートフォリオの見直し」旬刊商事法務2309号31頁

    ・年金積立金管理運用独立行政法人(2023)「GPIF の国内株式運用機関が選ぶ『優れた統合報告書』と『改善度の高い統合報告書』」

    ・Hildebrandt, P., Oehmichen, J., Pidun, U. & Wolff, M. (2018) Multiple recipes for success – A configurational examination of business portfolio restructurings, European Management Journal, 36(3), pp.381-391.

    ・McKinsey & Company (2015) How M&A practitioners enable their success.

    ・McKinsey & Company (2023) The investors that matter still want you to focus on the long term.

    ・Teece, David J.(2010)Business Models, Business Strategy and Innovation, Long Range Planning,43(2–3), pp.172-194.

    文:吉村一男