コーポレートガバナンスを考える 株主提案から考える企業価値の創造(上)

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コーポレートガバナンスと株主提案

コーポレートガバナンスは、プリンシパルである株主のエージェントである経営者が株主の利益に反する行動をとることによって生じる損失である「エージェンシーコスト」を最小化する理論であるため、経営者に株主の利益を向いた経営を規律付けることが重要であるが、わが国は、株主が取締役会に大きく権限を委譲する「取締役優位モデル(director primacy model)」である米国と異なり、株主の権限が強い「株主優位モデル(shareholder primacy model)」であり、米国のように招集通知に記載が許される内容を証券取引委員会(SEC)のような機関が実質的にチェックするという仕組みがなく、総株主議決権の1%以上または300個以上の議決権を6ヶ月間保有する株主であれば株主提案が可能であるため、その役割は大きい。

その株主提案は、1人の株主が極めて多数の議案を提案する濫用的行使が増加していたため、令和元年の会社法改正により、議案の数の制限が設けられたものの(会社法305条4項5項)、2022年3月決算会社の定時株主総会における株主提案の件数は、前年比6割増の77社(議案数は前年比8割増の292件)と過去最多となり、その主たる内容は概して、以下の結果となった。

主たる内容ではあるが、傾向としては、毎年恒例の配当や自社株買いなどの「ペイアウト」と、経営者の選解任、報酬、そして親子会社間の関係を問う「ガバナンス」が圧倒的に多いことが分かる。近年話題の「環境・社会」や「資本コスト」も見受けられる。

本稿では、筆者が今年の総会にアドバイザーとして関与し、株主の提案や質問から気付いた点をいくつか指摘してみたい。

低PBRとアクティビスト株主による提案の増加

今年の総会はアクティビスト株主による提案が増加した。三菱UFJ信託銀行の調査(6月14日時点)によると、アクティビスト株主からの提案も前年の17社から大幅に増加し、45社(議案数は132件、前年は47件)となった(「アクティビストを考える アクティビスト株主による提案とその活かし方」参照)。背景には、低PBRがある。

PBRは、株式の時価総額が簿価純資産(株主資本)の何倍かを表す指標であり、1倍未満の会社は、株式の時価総額が会社の解散価値を下回る状況(仮に全株式を買収し、解散した場合にもリターンが発生する)といわれている。しかし、経済産業省の分析によると、2022年3月2日時点において、TOPIX500構成の会社のうち、PBRが1倍未満の割合は、米国(S&P)3%、欧州(STOXX)約2割に対し、日本(TOPIX)は約4割、東証一部上場の会社では、PBR0.5から0.6倍が最頻値となっている(東証一部上場2,173社中、PBR1倍以上は1,075社(49.5%))。

出所:経済産業省「経済産業政策新機軸部会中間整理」(2022年6月13日)26頁

このような会社は、多くの投資家にとっては魅力の乏しい会社かもしれないが、市場内で買い付けた上で、会社にイベントを促し、株価を上げ、売却するアクティビスト株主にとって魅力的であることは言うまでもない。

そのPBRはPER×ROEに分解される。グロース投資家は、どちらかというとPERに注目するが、アクティビスト株主などのバリュー投資家はROEに注目する。すなわち、自らの提案が中長期的な利益成長率を変える(PERの見方を変える)までに至らないと考えているため、短期的にROEを改善するイベントを促し、PBRの拡大による株価上昇を狙っている。そのイベントの典型が、分母の「簿価純資産」を減少させる当期利益以上の増配や自社株買いなどの「ペイアウト」である。

ペイアウトの提案と価値創造の原則

ペイアウトは、それ自体だけでなく、投資家から調達したコストである「資本コスト」を上回るリターンである「ROIC(Return on Invested Capital)」を生む「投資」機会の有無との関係で考えなければならない。なぜなら、そのような「投資」を行うことによって「成長」し、「フリーキャッシュフロー(Free Cash Flow)」を生み出さなければ、価値を創造できないからである(「バリュエーションを考える 平時におけるバリュエーションのすすめ」参照)。

これは米国Mckinsey&Companyが有名にした「企業価値」と「ROIC」、「成長」の関係を定式化した「バリュードライバー式」から導き出されるが、2014年に公表された伊藤邦雄一橋大学教授(当時)を座長とした経済産業省の「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書である「伊藤レポート」は、「長期的に資本コストを上回る利益を生む企業こそが価値創造企業であることを日本の経営陣は再認識し、理解を深めるべき」と指摘している。

また、米国のある機関投資家は、次のようにいう。「通常の事業活動において、企業がフリーキャッシュフローでできることは5つ、すなわち、①現金配当の支払い(pay a cash dividend)、②株式の買い戻し(buy back stock)、③負債の返済(pay down debt)、④事業への再投資(reinvest in the business)、⑤買収(make an acquisition)しかない。経営者にとって、企業価値を最大化するためには、3つの株主への資本還元が適切な場合とその資本を事業投資や買収に振り向けることが適切な場合を理解することが必要である。優れた経営者は、再投資や買収によって期待されるROICが、採用する資本のコストよりも大きい場合には、そうした投資や買収を行うことが企業価値を高めることを知っている。企業の限界資本コストが再投資や買収によって得られるROICよりも大きければ、それらのプロジェクトや事業への投資は企業価値を低下させることになるため、このような場合には、株主は、3つの現金の使い道のいずれかによって、経営者に資本を還元してもらう方が良い。投資家が企業価値を評価する最善の方法は、企業が将来のフリーキャッシュフローを生み出すためにどのようにキャピタルアロケーション(capital allocation)を行っているかに焦点を当てることである。」

したがって、資本コストを上回るROICを生む投資機会がある会社は、設備投資やM&Aなどの「投資」を行うことによって「成長」し、フリーキャッシュフローを増加させるべきであり、そのような投資機会がない会社は、配当や自社株買いなどの「ペイアウト」を行うべきといえる。これは当然、会社のライフサイクルとともに変化する。

しかし、一般社団法人生命保険協会のアンケート「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果一覧(2021年度版)企業様向けアンケート」(回答数474社)によると、ペイアウトについてどのような観点から投資家に対して説明しているかという質問に対して、最も多かった回答は、「株主還元・配当の安定性」であり、「同業他社比の総還元性向・配当性向の相対水準」がこれに続く。「事業の成長ステージ」と回答した会社の割合は僅かであった。

「成長」から「成熟」へのライフサイクルの変化の判断は難しいが、次に質問に対する回答がすべて「Yes」の場合には、「成熟」のタイミングと判断すべきとの見解がある。

・プラスの正味現在価値(Net Present Value; NPV)の全案件に投資した後であってもフリーキャッシュフローがプラスとなっており、またこの傾向が続く可能性が高いか
・負債比率は保守的な水準に収まっているか
・現金保有額は予期せぬ業績の悪化に対してクッションとなり、また予期せぬ機会に対して資金源となるか

ライフサイクルの変化については、会社と投資家、あるいは投資家間でも意見が異なるため、投資家と対話し、理解を促すことが重要といえる。そして、ペイアウトは、それ自体だけでなく、価値創造の原則に基づき、投資家から「調達」した資金を何に「投資」し、フリーキャッシュフローを生み出し、投資家に「ペイアウト」するかというキャピタルアロケーションの一環として考えなければならない(「アクティビストを考える アクティビスト株主による提案とその活かし方」参照)。

アクティビスト株主が提案するように、ROEの改善は、短期的に株価を上昇させるかもしれない。しかし、たとえ自社株買いによって保有現金を減らし、さらに借金を増やしたとしても、ROICは変わらない。ROICが資本コストを上回る投資機会がある会社が保有預金を減らしてROEを上げることが価値の創造に資するか、今一度考えてみてもよいかもしれない。

なお、ペイアウトの指標には、日本の会社で最も広く利用されている当期純利益対する配当総額である「配当性向」のほか、配当総額だけでなく、自社株買いの総額も反映した「TSR(Total Shareholder Return)」、株主資本に対する配当総額の比率である「DOE(Dividend On Equity ratio)」、個人投資家の注目度が高い株価に対する配当額に比率である「配当利回り」などがあり、近年、TSRを重視する投資家が増加しているが、これも同業他社の相対水準ではなく、価値創造の原則に基づき、今一度考えてみてもよいかもしれない。

<参考文献>

Brealey, R., Myers, S., Allen, F. (2019) Principles of Corporate Finance (McGraw-Hill Education, 13th ed.).

Koller, Tim et al., McKinsey & Co. (2020) VALUATION: Measuring and Managing the Value of Companies(Wiley, 7th ed.).

Priest, W., Bleiberg, S., Welhoelter, M. (2016) The capital reinvestment strategy. Epoch Investment Partners, Epoch Perspectives – White Papers (June 30, 2016).

文:吉村一男