コーポレートガバナンスを考える CGSガイドラインの改訂と取締役会の実効性(上)

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CGSガイドラインの改訂

経済産業省は2022年7月19日、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」を改訂した。

経済産業省は2015年6月の「コーポレートガバナンス・コード」公表後、実務指針を示すため、コーポレート・ガバナンス・システム(CGS)研究会を開催し、これまで以下のとおり、「CGSガイドライン」「グループガイドライン」、そして「社外取締役ガイドライン」を策定し、公表してきた。 

2021年11月から開催されていた第3期では、企業が中長期的な成長を実現するための投資を増加させ、グローバル競争に勝ち抜くためには「企業の成長の源泉となる経営者のアントレプレナーシップやアニマルスピリットが健全な形で発揮されるための仕組み」や、有効な経営戦略を立案し速やかに実行するための執行側の機能の強化」がこれまで以上に求められているため、「企業価値を高める経営戦略を生み出し実行する仕組み」をどう築くか、「グローバル競争の中で成長を目指す企業のガバナンス」をどう考えるか等、監督機能というより、むしろ「執行機能」の強化に関する検討を行ってきた。

<これまでのCGS研究会での議論>

出所:経済産業省CGS研究会(第3期)「第1回事務局説明資料」(2021年11月16日)25頁

以下では、CGS研究会での議論は多岐にわたるが、その中で筆者が欧米諸国との比較で特に興味深いと思った点をいくつか紹介する。

取締役会による経営戦略の策定と委員会の利用

「企業価値を高める経営戦略を生み出し実行する仕組み」として、議論されている1つは取締役会による基本的な経営戦略の策定である。なぜなら、経営戦略は、企業価値を高める経営判断の軸となるとともに、監督する際に業務執行を評価する基準となるものであるからである。

M&Aにおいても、買収者から買収提案があった場合には、取締役会は当該買収価格が企業価値を過小評価していないか否かを検討しなければならないところ(「M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(下)」、「コーポレートガバナンスを考える MBOや上場子会社の完全子会社化における特別委員会の役割」参照)、経営戦略はその比較材料として必要といえる。

この点、欧米諸国では以下のように、執行機能を強化するため、取締役会の直下に委員会を置くケースが多く、社内外の取締役のほか、有識者が参加する「ビジネス・戦略」、「ファイナンス」、そして「サステナビリティ」関連の委員会が多く設置されている。

<諸外国における各種委員会の設置状況>

出所:経済産業省CGS研究会(第3期)「第3回事務局説明資料」(2022年2月21日)14頁

CGSガイドラインでは、委員会を設けることも、選択肢として考えられると提言している。ただし、社外取締役が監督の役割を超えて委員会に関与することについては、慎重に検討する必要があるとしている(CGSガイドライン5.4)。

取締役に求められるスキルや役割

取締役会を構成する取締役のスキルについても議論され、わが国は以下のように、欧米諸国と比べ、「グローバル」、「戦略」、そして「コーポレート・ファイナンス(ファイナンス・投資)」系のスキルを保有している人材が不足していると指摘されている。

<取締役のスキル保有状況>

出所:経済産業省CGS研究会(第3期)「第4回事務局説明資料」(2022年4月6日)42頁

CGSガイドラインでは、資本市場との間で相互理解を高めることや、経営資源の効率的配分の重視する方向に経営を変えていくことは多くの企業にとって重要な課題であるため、資本市場を意識した経営に関する知識・経験・能力を備えた者(他社で戦略的なCFO業務を経験した者、アセットマネージャーなど)を取締役として選任することも、選択肢の1つになり得ると提言している(CGSガイドライン2.5)。

米国では、コーポレートガバナンスのスキャンダルが問題となっているが、CEOが取締役の特徴(専門知識やスキルセットなど)を戦略的に選択し、取締役を選べば、独立性を損なうことなく取締役会の有効性に影響を与えることができるという議論がある。

社外取締役の資質とトレーニング

社外取締役は、2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂でプライム市場では3分の1以上の選任が原則となれたことに伴い、その数は増加しているものの、質の向上も議論されている。

この点、欧米諸国では以下のように、第三者機関が社外取締役の研修プログラムの提供や、認定・認証を行っている国もあり、社外取締役の量と質の向上に寄与している。

<社外取締役の量と質の向上にかかる欧米諸国の取組>

出所:経済産業省CGS研究会(第3期)「第4回事務局説明資料」(2022年4月6日)59頁

CGSガイドラインでは、社外取締役には研修等を通じた自己研鑽の努力が期待されることや、企業は研修機会の提供・斡旋や費用の支援を能動的に行うべきであり、取締役会としてもその監督を行う必要があることを提言している(CGSガイドライン3.3)。

経営陣の報酬

経営陣の報酬については、2015年のコーポレートガバナンス・コード施行以降、企業業績に連動する部分の比率が高まり、直近ではインセンティブ報酬がCEOの報酬の6割を占めるようになっている。しかし、以下のように欧米諸国と比べ、固定報酬の割合が高く、長期インセンティブ報酬の割合が低い。

<CEOの報酬の構成比の各国比較>

出所:経済産業省CGS研究会(第3期)「第1回事務局説明資料」(2021年11月16日)11頁

CGSガイドラインでは、執行機能と監督機能という観点から、インセンティブ報酬と経営戦略の結びつきが重要となるため、経営戦略を踏まえてインセンティブ報酬の導入を検討すべきという提言を追加している(CGSガイドライン4.2)。

また、執行側のトップである社長・CEOについては、グローバル展開が進む企業であれば、業績目標へのコミットや株主目線での経営姿勢を明らかにするため、長期インセンティブ報酬の比率をグローバル水準である40%から50%程度を目安とすることも考えられるとしている(CGSガイドライン4.2)。

もっとも、総額報酬を維持したまま、インセンティブ報酬の割合を高めれば、固定報酬が相対的に減少するため、日本取締役協会が2016年に公表した「経営者報酬ガイドライン(第4版)」では、短期的(2~3年以内)には、固定報酬:年次インセンティブ報酬:長期インセンティブ報酬=1:1:1 程度の比率をめざし、中長期的(10 年後)には、1:2~3:2~3程度の比率を目指すことを提言している。

デロイト トーマツ グループが日本国内で実施した2021年度役員報酬サーベイの結果および2022年5月時点における米国・英国・ドイツ・フランス企業の開示情報により、計5か国の社長・CEO報酬の実態調査を実施した結果では、CEOの報酬水準の中央値は、日本では1.3億円である一方、米国では17.9億円、ドイツでは7億円、フランスでは6.3億円、英国では5.5億円であった。

たしかに、経営陣の報酬は、いわゆる「お手盛り」になってはならない。しかし、経営陣の報酬は、取締役会が実行した経営戦略の成果を金額で表したものといえる。取締役会が平時に自社のバリュエーションを行った上で、目標とする価値を実現するための経営戦略のドライバー(KPI)を設定するとともに、KPIに連動した経営陣の報酬を設定、投資家に開示、対話・エンゲージメントを深め、経営戦略を着実に実行し、目標とする価値を創造すれば、これに異が唱えられることはないと思われる。

これは、経済産業省が2022年に公表した「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」でも触れており、開示した情報に対し、投資家から対話を通してインプットを得、それを経営戦略や報酬の設計に活かし、成果に見合った報酬を支払い、その結果を開示し、投資家からさらにインプットを募るという価値創造のサイクルを繰り返すことが重要であることを提言している。

<サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)実現のためのフレームワーク>

出所:経済産業省「伊藤レポート 3.0」(2022年8月30日)

<参考文献>

・デロイト トーマツ グループ(2022) 「2021年度 日・米・欧の社長・CEO報酬水準比較」(2022年6月17日)

・Drymiotes, George and Sivaramakrishnan, Shiva (2022) Strategic Director Appointments (January 14, 2021). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3769659

文:吉村一男