単に「応援」に駆けつけたわけではない。英国のボリス・ジョンソン首相が9日、ロシアから侵攻を受けているウクライナの首都キーウ(キエフ)を電撃訪問した。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との首脳会談でウクライナに装甲車や対艦ミサイルシステムなどの供与を約束。英首相官邸は今回の訪問を「連帯の表明」と説明しているが、英国の「国益」を確保する動きもある。
英国は旧ソ連圏や北欧諸国を巻き込んで「合同派遣部隊(JEF)」を結成している。JEFは2014年のクリミア侵攻によりロシアの軍事的脅威が高まったのを受けて、2015年に英国主導で結成した軍事同盟で参加国の非常事態に1万人以上の部隊を派遣する枠組みだ。
英国をリーダーに、バルト3国やノルウェー、スウェーデン、フィンランド、オランダ、デンマークの9カ国が参加している。受け入れに消極的な北大西洋条約機構(NATO)を尻目に、ウクライナのJEFへの取り込みを狙っている可能性が高い。
3月15日にはロンドンでJEFの首脳会議を開き、ゲストとしてゼレンスキー大統領をオンラインで招いている。ロシアからの攻撃にさらされているウクライナにとっては、「わらにもすがる」思いでJEFに接近することは想像に難くない。
英国はJEFをロシアとの軍事上の対抗手段として利用するだけではない。Brexit(ブレグジット)で2020年12月末にEUを離脱して1年余り。EUとの貿易は伸び悩み、英国財界からは経済的な「孤立」を懸念する声が高まっている。欧州での政治的な影響力も、相対的に低下した。
JEF参加国のうち、ノルウエーとアイスランドはEUに加盟しておらず、スウェーデンとフィンランドはNATOに加わっていない。こうした「外れ者国家」を束ねる枠組みがJEFなのだ。将来は参加国の経済的な結びつきを強め、英国主導による「第2のEU」づくりも考えられる。
しかし、軍事同盟はともかく、EU非加盟国家を束ねたところで英国にメリットはあるのだろうか?実はJEFに参加する北欧や旧ソ連諸国はIT産業が極めて強い。無料ビデオ通話アプリの「Skype」や音楽配信アプリの「Spotify」などは北欧で開発されたし、電子政府で世界最先端を走るエストニアをはじめとするバルト3国もIT産業が盛んだ。
ウクライナも欧州屈指のリモート開発拠点で、20万人もの開発者が活躍している。Unity3Dゲーム開発者やCエンジニア数で世界第1位、JavaScript、Scala、Magento開発者数では第2位というIT大国だ。
もしもJEFが経済連合に発展すれば、英国の金融サービスと北欧・旧ソ連圏のIT技術を組み合わせた世界でも屈指の「サイバー経済圏」を形成できる。ブレグジットで迷走する英国経済を立て直す「有望な選択」と言えるだろう。英国のウクライナ救済の裏には、自国の政治的プレゼンスと経済の振興による「強い英国の復活」戦略が存在していると見てよさそうだ。
文:M&A Online編集部
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