日本製鉄がトヨタとの知的財産訴訟で三井物産を巻き込んだ理由

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日本製鉄<5401>が知的財産訴訟の「戦線」を拡大して1カ月が過ぎた。2021年12月に電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などのモーターに使われる電磁鋼板の特許を侵害されたとして、中国の宝山鋼鉄とトヨタ自動車<7203>に続き、両社の取引に関わったとして三井物産<8031>にも損害賠償を求める訴えを起こしたことが明らかに。なぜ日鉄は商社まで訴えたのか?背景には三井物産とトヨタとの「深いつなかり」がある。

三井グループと豊田家の深い関係

両社の関係は、トヨタの源流である豊田自動織機を創業した豊田佐吉氏の時代にまで遡(さかのぼ)る。三井物産のホームページによれば「旧三井物産は1899年に10年契約で動力織機の一手販売契約を結び、資本金の全額を出資し、三井のマークにちなんだ井桁商会を設立。豊田商店に代わって同社が動力織機の製造販売にあたり、豊田佐吉は技師長に就任して織機のさらなる改良に専念するという役割分担となった」という。

三井との関係はトヨタグループ創始者の豊田佐吉氏から始まっていた(三井物産ホームページより)

その後も三井グループとトヨタの「蜜月」は続く。三井造船取締役だった三井高長氏の娘博子さんが佐吉氏の孫でトヨタ6代目の社長となった豊田章一郎名誉会長と結婚。その息子の章男社長が娶(めと)った裕子さんは、三井物産副社長だった田淵守氏の娘だ。三菱グループや住友グループに比べると結束は緩いとはいえ三井グループの会長・社長懇談会「二木会」のメンバー企業に、トヨタも名を連ねる。

三井グループを敵に回しても引き下がれない日鉄

トヨタに続いて三井物産も訴えたのは、三井グループに正面から「ケンカを売った」も同然であり、トヨタが内々に謝罪して手打ちというレベルではなくなった。三井物産を訴えたこと自体が、日鉄の知財訴訟にかける本気度を示している。

電磁鋼板は製鉄会社にとってEV時代の「生命線」ともいえる戦略製品であり、知財問題で決して妥協はできない。法廷闘争の「泥沼化」は不可避だったのだ。それにしても、なぜトヨタは特許侵害のリスクがある取引を系列の豊田通商<8015>ではなく、三井物産に依頼したのだろうか?

日本製鉄にとって電磁鋼板は、目前に迫ったEV時代の「生命線」だ(季刊ニッポンスチールより)

旧財閥系の三井物産経由であれば、日鉄も訴訟などの強硬手段には出ないとみたのかもしれない。事実、日鉄は最初の訴訟相手に三井物産を含めなかった。さすがに日鉄も三井物産と事を構えるのは躊躇(ちゅうちょ)したのかもしれないが、提訴後のトヨタとの交渉が進まず「切り札」として三井グループを巻き込んだ可能性はある。

つまり、日鉄とトヨタの法廷闘争に三井グループが「巻き込まれた」格好だ。三井物産は日鉄から訴状が届いたことは認めたが、それ以上のコメントはしていない。豊田家との深い関係もあって宝山鋼鉄との取引を仲介したのだろうが、三井物産にとってはとんだ「もらい事故」になってしまった。

文:M&A Online編集部