TOB提案が引き金となった東芝「お家騒動」の勝者は誰か?

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TOB問題の混乱で辞任した車谷暢昭前東芝社長(同社ホームページより)

投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズによる買収提案が、東芝<6502>の「内部闘争」を引き起こした。2018年4月から経営危機に陥っていた東芝の再建に乗り出し、今年1月に実現した東証1部復帰の立役者である車谷暢昭前社長兼最高経営責任者(CEO)が辞任。前社長の綱川智会長が社長兼CEOを兼務して、経営トップに返り咲く。

古巣からのTOBが仇に

「もの言う株主」と呼ばれるアクティビストから解任要求を突きつけられた末のTOB株式公開買い付け)による上場廃止は、提案したCVCが車谷前社長の「古巣」だったこともあり、社内外から批判を受けた。とりわけ経営トップに返り咲く綱川会長兼社長にとっては、許しがたいことだったはずだ。

東芝の上場廃止危機を回避するため、2017年12月の第三者割当増資で約6000億円を調達したのは、他ならぬ綱川会長兼社長だったからである。当時の東芝は2015年4月に不正会計問題が発覚、2016年12月には買収した米原子力事業のウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーで巨額損失が判明した。

続けざまの不祥事にもかかわらず第三者割当増資を引き受けたのは、60社もの海外ファンドだ。旧村上ファンド出身者が運営するエフィッシモ・キャピタル・マネージメントや米サード・ポイント、米サーベラス・キャピタル・マネジメントといったアクティビストも名を連ねた。

そうしてまで東芝は上場を維持したのだ。それを車谷前社長が一転してTOBによる上場廃止を主導したのだから、綱川会長兼社長ら東芝プロパーにとって「越えてはならない一線」だったのは疑いようもない。

アクティビストに配慮していたが…

車谷前社長は最初からアクティビストと敵対するつもりはなかったようだ。就任直後の2018年11月に半導体子会社東芝メモリ(現キオクシア)売却益9700億円のうち7000億円を自社株買いに回し、東芝の株価を引き上げた。

2019年6月には海外アクティビストからの要求通り、米投資顧問ホライゾン・キネティクスのワイズマン広田綾子氏やイオン顧問のジェリー・ブラック氏らグローバル展開やM&Aなどの専門家4人を外国人社外取締役として受け入れている。

利益相反だ」とアクティビストに批判された親子上場4社も、東芝テック以外の3社はすでに完全子会社化した。就任以来、車谷前社長はアクティビストに配慮をしてきたと言えるだろう。

それにもかかわらず株価低迷の責任を追及し、アクティビストは車谷前社長の解任を強く求めた。それで車谷前社長はTOBにより上場を廃止し、アクティビストを締め出した後で成長戦略の遂行を狙ったわけだ。

古巣のCVCがTOBの提案をしたのも、車谷前社長との人間関係があればこそ。CVCとしては欧州最大のプライベートエクイティ(PE)ファンドにもかかわらす、日本では大きな実績を出していないという事情があった。車谷氏自身は結局、敵対関係にあったアクティビストではなく味方のはずの東芝プロパーから「ノー」を突きつけられた格好だ。

TOBがあるかないかで「勝者」は決まる

この「お家騒動」で、経営の主導権を取り戻した綱川会長兼社長ら東芝プロパーや、車谷前社長と激しく対立してきたアクティビストの勝利と断ずるのは早計だ。東芝が今回のTOB提案を受け入れなくても、CVCがつけた5000円の買い付け価格は「独り歩き」するだろう。

実際に提示された「買い値」を知ったアクティビストは、もはや東芝の自己株買いによるわずかな株価の値上がりには満足しない。第三者割当増資に応募して1株2600円前後で東芝株を入手した香港系投資ファンドのオアシス・マネジメントは、CVCが提示したTOB価格を「公正価格の6200円超を大きく下回っている」と反発。他のファンドも同様の主張を展開するだろう。

そうなれば2021年4月14日の終値4840円という「割安感」から、新たなTOBが仕掛けられる可能性が高まる。すでに米コールバーグ・クラビス・ロバーツやカナダの投資会社ブルックフィールド・アセット・マネジメントが、東芝に対するTOBの準備を進めていると報じられた。「パンドラの匣(はこ)」は開いたのだ。

上場廃止に強い拒否反応を示す綱川体制であれば、敵対的TOBとなる可能性が高い。車谷前社長と関係の深いCVCならば東芝経営陣と歩調を合わせただろうが、敵対的TOBを仕掛ける企業やファンドはそうはいかない。

アクティビストのみならず、一般投資家も公募価格が6000円を超えればTOBに応じるはずだ。アクティビストは喜ぶが、東芝プロパー社員にとっては「CVCにTOBされた方がマシだった」ということになりかねない。

一方、CVCの提案が拒絶され、同ファンドを含めてどこも新たなTOBに乗り出さなければ、株価は現状とさほど変わらないかTOB期待の後退から買収提案前の3800円前後に下落するだろう。上場を維持できる上に、他社からの経営支配を受けることもなくなった東芝プロパーは願ったり叶ったりだが、アクティビストにとっては絶好の「売りの機会」を失うことになる。

当然、これを不満とするアクティビストは、車谷前社長時代以上に東芝への要求攻勢を仕掛けてくるはずだ。どう転んでも綱川体制の東芝にとっては、今回のTOB問題を発端とする「逆風」が強まることになりそうだ。

文:M&A Online編集部