新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う景気低迷で、希望退職の募集が相次いでいる。景気が悪くなれば企業が希望退職を募るのは当たり前だが、事前想定を大きく上回る応募者が殺到する事例が目立つ。かつては従業員を震え上がらせた希望退職に、なぜ応募が殺到するのだろうか?
松山三越(松山市)が2020年5〜7月にかけて希望退職を募ったところ、約200人が応募したことが分かった。全従業員約250人の8割に当たる「大量退職」になる。残る2割の50人で運営が継続できるかどうか不安になるが、同店は2021年秋のリニューアルで7~8階に道後温泉でホテルを展開する茶玻瑠(同)が運営する高級ホテルが入居するほか、1階と地階には地元の食料品や土産物店などのテナントを誘致、直営フロアは2〜4階の3フロアに縮小するため「人手不足危機」は避けられるという。
大手アパレル大手のワールド<3612>が9月に実施した希望退職者募集には当初想定の約200人に対して、ほぼ5割多い294人が応募した。ワールドは「ハッシュアッシュ」「オゾック」「サンカンシオン」など5つのブランドを廃止すると同時に358店舗を閉店するなどリストラを進めている。
同じアパレル大手では1月に実施したオンワードホールディングス<8016>の希望退職で、当初想定の約350人を2割近く上回る413人が応募していた。同列に比較できないものの、コロナ禍で希望退職への応募が加速した可能性はある。
「はなの舞」や「さかなや道場」などの居酒屋チェーンを展開するチムニー<3178>が8月に実施した希望退職者募集には、当初想定の100人を5割も上回る152人が応募した。同社はコロナ禍による売上減で72店舗の閉鎖を決めている。
飲食店向け人材サービスのクックビズ<6558>も、外食業界がコロナ禍で売り上げを大幅に落としたあおりを受けて8月に50人の希望退職を実施したところ、63人が応募した。これは全社員約190人の3分の1に当たる。
日本では希望退職を募集しても実際の応募は当初想定を下回り、人員削減に苦労するケースが多かった。しかし、このところ応募者が当初想定を大幅に上回るケースが増えている。上場企業の希望退職で想定外の応募が殺到した最初の事例として知られているのは、2001年2月に実施したマツダ<7261>。
1800人の募集枠に対して、受付開始と同時に応募者が殺到。2時間後に急きょ募集を打ち切り、募集枠を2割以上も上回る2210人が退職することになった。突然の打ち切りに応募が間に合わず、「先月の予備面談で上司に退職の意志表示はしている。希望退職を受け付けろ」「いや、もう受け付けられない」との押し問答も見られたという。
当時のマツダは米フォード・モーターの経営支配下にあり、米国企業では当たり前だったが当時の日本企業では破格となる30歳代で年収の1.5倍、40歳代で2.5倍という退職金の加算に加え、ITバブルで再就職先に困らなかったという事情があった。
現在では日本企業でも米国企業並みの手厚い退職割増金や再就職支援といったサポートが充実している。さらには転職が当たり前となり、再就職への抵抗感がなくなってきたという働き手の意識の変化もある。
なにより日本経済の「不況」のパターンが変わったことが大きい。かつて「不況」といえば景気循環によるものと考えられており、「いずれ景気が上昇すれば、企業収益は持ち直す」というのが共通認識だった。だから希望退職に応じず、会社にしがみついている方が有利と考えられていたのだ。
ところが近年は「寿命」を迎えた業界は、これから景気が持ち直しても苦境が続くとの見方が一般的になっている。たとえば百貨店業界や同業界に大きく依存する大手アパレル、過当競争と人出不足に悩む居酒屋チェーンといった、当初想定を上回る希望退職者が出た業界が該当する。
こうした業界では、将来性が低い会社にしがみついている方がリスクは高い。むしろ「会社が手厚いサポートをする余裕があるうちに退職した方が有利」と考えるのも無理はない。企業にとっては「いかに1人でも多く希望退職に応募させるか」に悩む時代から、「どうやって当初想定の範囲内に希望退職者を抑え込むか」に苦慮する時代になったようだ
文:M&A Online編集部