買収価格=純資産+営業利益3年分は理論的に間違いか?

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買収価格=純資産+営業利益3年分は理論的に間違いか?

~別に間違いではなく、場合によっては妥当な算定方法です~

最近弊社の実務を手伝ってもらっている学生アルバイト(慶應)のA君。ガッツもあり、飲みこみも早くなかなか頼りになります。そんな彼から質問を受けました。  

「会社の売却価値評価をするときに、なんか仲介会社のホームページにはよく  買収価格=(時価)純資産+営業利益3年分 とか書いてありますよね。でもこれってなんか教科書に書いてないし、適当というか、いいかげんな感じがします。やっぱり、企業価値評価のもっとも正しいやり方はDCFですよね?」

これと同じ、または近い考え方を持っている人は以外に多い(新人コンサルタントからも昔よくこういう質問受けました)と感じます。

これについて弊社としては、「別に間違いではないし、時と場合によってはそれが妥当な場合もあります」と回答しています。 

なぜか。  

DCF方式による企業価値評価は、本来所有と経営が高度に分離した近代的経営を大前提としています。このような企業体では、いわゆる情報の非対称性が非常に大きく、また債権者と株主との間に生じる利害相克もより大きなものになります。そのような中で、より客観的で合理的に、会社の価値を利害関係者に説明できる論理的枠組みがDCF評価です。いいかえれば、経営者が利害関係者(特に外部株主)に、大きな説明責任を負っている会社であることが前提です。 

これに対して、いわゆるM&A仲介会社は、ほとんどの場合いわゆる同族経営(株主のほとんどを主要経営陣や親族が保有している)の小規模会社のM&Aを仲介しており、買い手もまた、同じような同族経営の場合がほとんどです。このように、「所有と経営が一致している」ケースでは、誤解を恐れず言い切れば、アカウンタビリティー(説明責任)はそれほど大きくありません。(但し、無借金が前提で、かつ税務上の評価に関しては別問題です)  

このような場合は、買収価格は当事者が合意すれば別になんでも良いわけです。そのような中で、これまで経営してきたんだから純資産よりは価値が高いはず、そして今後3年位は今の利益水準の維持はできるはず、という経営者の一般的な心情に基づいて、純資産+営業利益(またはEBITDA)3年分というような評価をすることは創業者同士の肌感覚としては腹に落ちやすいものです。  

また、こうしたそもそも論に加え、DCF評価にはその前提となる、事業計画(将来計画)の検証という、非常に難しくて、解釈のわかれるポイントがあります。

買い手は当然将来性を保守的に読み、売り手は強気の計画をもとに高い価格での事業売却を意図します。 こうした事業計画の将来性については、両者が議論を重ねればすりあうというタイプのものではないため、買収価格は結局のところそれ以外の要素(買い手/売り手の交渉力、需給、タイミング等)で決まることが多くなります。 

実務の(特に交渉の)現場でも、お互いのDCF評価をつまびらかに開示して、事業計画の妥当性や割引率の妥当性をお互い論破しあうというようなことはほとんど起きません。

しかし、DCF評価結果を見せ合って、お互いのミスや計算ロジックをつつきあい、そしてこのロジック論破合戦に勝った人が、正解(正しい株価)にたどり着くのが買収価格の交渉だと思っているビジネスマンが、特にこれからM&Aを本格的に学びたいと思っている、いわゆる「がっついてるビジネスマン」には結構多い印象があります。  

弊社は、そういう場合、DCFの勉強ももちろんとても大事ですが、それと同じくらい、3表連動財務諸表をきちんと組み上げて、キャッシュフローの創出力を見極め、今後3~5年以内に獲得し得るFCFやEBITDAがどのくらいありそうか、確証を持つことがまず重要ですよ、とアドバイスさせて頂いています。

では、DCF法はあまり意味がないのか。(例えば買収ファンドやVCの人などは、投資採算が最も重要なので、こういう考え方の方もたまにいるように感じます。) 当然そうではないといえます。

前述の通り、DCF法は買収価格の客観的妥当性を外部の第三者意見を通じて利害関係者に説明するためのツール、説明責任を果たすためのツールとして非常に重要です。従って、特に公開会社やそれに準ずる大企業では、DCF評価では、社内のお手盛り評価ではなく、外部の第三者(会計事務所)による評価をすることが非常に重要となります。

結論:買収価格に「論理的に正しい唯一絶対の正解」は存在しない。主観と客観と論理と感情がないまぜになった中で交渉を重ねる結果、最後にたどり着く不可思議な数字」  

※たどり着かない場合は? ⇒ディールブレーク。(><)

IGNiTE PARTNERS ホームページより転載