【M&A判例】シャルレのMBO株主代表訴訟2「文書提出命令申立事件」

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前回の記事では、当時大証二部に上場していたシャルレ(旧テン・アローズ)の経営陣がMBO(経営陣による買収)を目的にTOB(株式公開買い付け)を実施した際に、創業者である元代表などによって不正な株価操作などが行われ、MBOが頓挫した事例を紹介しました。

当時の株主は元代表や取締役の責任を追求するため、株主代表訴訟を提起。裁判所は株主らの請求を一部認め、元代表らへ賠償金の支払い命令を下しました。

その際、株主らによって申し立てられた「文書提出命令」も裁判所によって認められています。株主らが「MBOが不当なものであったかどうか」を判断するために必要な資料について、開示命令が下されたのです。

この文書提出命令は、MBOにおける「情報格差」の解消に役立つものとして注目に値するものとなりました。今回はこの「文書提出命令」の内容や意義について解説します。

シャルレMBO株主代表訴訟の概要

本訴であるシャルレの株主代表訴訟とは、かつてシャルレの元代表らがMBOを実施しようとして頓挫したときに株主が役員の責任追及のために起こした訴訟です。

シャルレの創業者らは株価を不当に下げて有利な条件でMBOを実施しようとしましたが、内部通報によって不正が明るみに出て、計画は失敗に終わりました。

その後、株主らは詳細な調査を行い、役員の善管注意義務違反を理由に提訴、裁判所は役員らの責任を認めて取締役2名に対し、約1億2千万円の賠償命令を下しました。

一審は神戸地裁、二審は大阪高裁で審理され、上告は退けられたので高裁の判決が確定しています(大阪高決平成27年10月29日)。

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MBOにおける情報格差の問題

MBOにおいて利益相反行為が行われた場合、問題となるのが「情報格差」です。

会社内部で活動している「役員」と社外で監視せざるを得ない「株主」とでは、どうしても得られる情報量に違いが生じます。社内の役員らは株価などに関するさまざまな情報を得られるのに対し、株主は開示される情報しか把握できません。そんな中、株主が不正を把握するのは簡単ではないでしょう。

MBOを適正化するには、役員と株主の情報格差を埋める必要があるといえます。文書提出命令は、こういった情報格差を埋めるためにも大きな意義をもつものとして注目されました。

シャルレ文書提出命令の概要

シャルレの株主らは株主代表訴訟の手続内で、会社が所持する株価算定等に関する資料の提出を求めて文書提出命令を申し立てました。MBOが適正か不当かは、関連する社内文書を確認しないと判断できないからです。

株主に開示されている資料だけでは不足するので、正しい判断を得るためには文書の開示が必要、と主張しました。

一審の神戸地裁は文書提出命令を認める決定を下し(神戸地決平成26年10月16日)、二審の大阪高裁でも(大阪高決平成24年12月7日)、上告審の最高裁でも(最小決平成25年4月16日)その判断が維持されて確定しています。

以下で、この裁判所による文書提出命令にどういった意義があるのかをみてみましょう。

シャルレ文書提出命令の意義とは

会社に対する開示命令が認められた

本件で提出を要請された文書は「会社」が保有していたものです。ただ、訴訟自体は「役員の責任追及」に向けて行われたものであり、訴訟における被告はあくまで元代表者などの役員です。

つまり本件では、被告ではない「会社」が保有する文書の提出が認められたことになります。

被告以外の第三者に対する文書提出命令を広く認めると影響が大きくなることが想定されます。そこで一般的には、被告に対する文書提出命令より第三者に対する命令の方が謙抑的にならざるを得ないでしょう。

それにもかかわらず、本件では第三者である会社が保有する文書の提出が認められました。MBOでの手続きが適正であったか判断するには会社が保有する文書が必要なためです。

第三者である会社への文書提出命令が認められた点において、本決定はMBOにおける情報格差を埋めるのに大きく資するものといえます。

利益相反行為を抑制する意義

TOBを実施する場合、株式の買付けを希望する側(買収側)が公開買付価格を決定する際に用いられる株価算定書については、開示が義務付けられています。

一方で、会社の意思決定のために用いられた「社内の」株価算定書の開示は義務付けられていませんでした。MBOにおいては構造的に「役員による利益相反行為や不正」が行われやすいにもかかわらず、会社側の資料が株主側に開示されない問題があったのです。

このような状況下で、本件MBOでは会社側に文書提出命令が下されました。

広範囲の文書開示命令が下された

また本件では、極めて広範囲の文書提出命令が認められたことにも注目すべきです。

具体的には株価算定書のみならず、株価算定の基礎資料とされる経営計画書のほか、非公式の意見交換、ミーティング、役員間のメールのやり取りなども含めて広く提出するよう命じられました。

ミーティングに関する資料や意見交換、情報交換に関する内部文書については法律上の保存義務もありませんから、基本的には開示を予定していないものといえます。

ただ裁判所はこれらの内部文書を開示すべき「特段の事情」があると判断し、開示命令を下しました。

主な理由は以下の通りです。

・内部文書は本件MBOが適正な方法で行われたか判断するために非常に重要なものである
・すでに被告らは役員を退任している
・本件MBOが頓挫してから3年が経過している
・内部文書が開示されたとしても、今後シャルレにおける経営会議などの円滑な運営が損なわれるとは考えにくい

本件決定は、株主側と役員側の情報格差を是正する方向へ大きく前進したといえるでしょう。

内部通報文書の取り扱いについて

本件で元役員らによる不正なMBOが失敗に終わったのは、株式公開買付中の大阪証券取引所に対し、社内からの内部通報が相次いだためです。

このため原告となった株主は、内部通報の受理記録も文書提出命令の対象とし、開示を求めました。

しかし裁判所は内部通報関係書類だけは、提出を認めませんでした。なぜなら内部通報関連文書の開示を認めると、通報者が不当な不利益を受ける可能性があるからです。

今回の事例がモデルケースとなってしまい、今後不正が行われたときに文書提出命令をおそれて内部通報が行われなくなってしまう可能性が高まれば、内部通報が控えられ、かえって不正が横行しやすくなるリスクも発生します。

そこで内部通報関連文書については、文書提出を拒否できる「職業上の秘密文書 民訴法220条4号ハ、同197条1項3号」として提出命令を発令しなかったのです。

本件決定では「内部通報者の利益が守られた」ことにも注目すべきといえるでしょう。結果として、MBOにおける利益相反と情報格差という2つの問題を改善する方向に働く非常に有意義な判例となりました。

文:福谷陽子(法律ライター)/編集:M&A Online編集部

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