【M&A判例】シャルレのMBO株主代表訴訟「善管注意義務違反」

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MBO(Management Buyout;経営陣による買収)を実施する際、経営陣(取締役など)は株主に対して不当な不利益を与えないよう「善管注意義務」を負うと考えられています。義務に反して会社に損害を発生させると、経営陣には「損害賠償責任」が発生する可能性もあります。

今回は、女性用下着メーカーのシャルレ<9885>がかつてMBOを目的とした株式公開買い付け(TOB)を実施した際、株主らが買付価格が不公正な価格であると株主代表訴訟を提起した裁判例をご紹介します。このケースでは創業家の元代表取締役を含む役員らの賠償責任が認められているので、どういった理由で責任が認められたのか、確認していきましょう。

MBOの妥当性とは

シャルレの株主が提訴したのは、同社の創業家一族が中心になって計画したMBOが「不当である」との理由でした。そもそもMBOとは、どういったことなのでしょうか?

MBOとは「経営者や役員が資金を出して会社の株式を購入すること」です。つまり経営陣が株主から自社株式を買い取り、オーナーとして独立する行為のことをいいます。

MBOは会社内部の役員が自社株式を買い付けるので、「株価の不正な操作が行われやすい」という問題があります。たとえば役員らが意図的に会社の業績を悪化させるなどして、株価を引き下げることも可能となるでしょう。

また役員は会社に関する豊富な情報を持っているのに対し、株主側には情報提供されにくく、情報格差が生じやすい「情報の非対称性」という側面もあります。たとえば役員が株価を引き下げる行動をしながら株主に開示しなければ、株主はそういった不正操作を知るよしもありません。

今回ご紹介するシャルレの株主代表訴訟は、こういった問題を抱えるMBOに関して役員の責任追及を求め、提起されたものです。

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シャルレのMBOに対する株主代表訴訟の概要

大証二部に上場していたシャルレ(旧テン・アローズ)は平成20年9月、MBOを目的とした株式公開買い付け(TOB)を実行しようとしました。しかし「役員が利益相反行為を行っている」などの内部通報が大阪証券取引所に相次いであったことから、第三者調査委員会を設置、同委員会による調査報告書をもとに同社がMBOの不賛同意見書を提出し、同年12月にMBOの計画は失敗に終わりました。

シャルレの株主は、利益相反行為を行った創業者である元代表などの役員や利益相反行為を止めなかった社外取締役の責任を追求するため「株主代表訴訟」を提起して、取締役5名に対し5億円の損害賠償を請求しました。

一審の判断

一審の神戸地方裁判所は、取締役らには「MBO完遂尽力義務」「手続き的公正配慮義務」があると判断し、賠償責任を認めました(神戸地決平成26年10月16日)。

「MBO完遂尽力義務」とは、企業価値が向上するようなMBO計画を立てた上で実現に向けて努力すべき義務です。

「手続き的公正配慮義務」とは、公開買付価格を適正に維持することはもちろん、「取締役の地位を利用して情報操作を行っているのではないか?」などと株主から疑念を抱かれないように公正なプロセスで買付価格を決定すべき義務です。

その上で、シャルレの元代表が買付価格を決定する際に担当者へ不当に低い価格を設定するよう指示したこと、別の元取締役が不正な指示を見逃したことなどから義務違反を認定し、役員らの責任を認めました。ただし社外取締役の責任は認められませんでした。

控訴審の判断

当事者が控訴したため、事件は大阪高等裁判所へ持ち越されましたが、控訴審でも賠償責任を認め、元代表ら2人に約1億2千万円の支払いを命じました(大阪高裁平成27年10月29日判決)。

高裁は、以下(①~⑤)のように判断して、一審判決の内容を変更しています。

「善管注意義務違反」が認められる

控訴審は、シャルレの元役員らについて「善管注意義務違反」にもとづく責任を認めました。

善管注意義務とは、取締役が会社に対し、「善良な管理者」としての注意を払いながら委任事務を行わねばならない義務です(会社法330条、民法644条)。高裁は、役員の善管注意義務について最終的に「株主の利益を最大化すべき義務」に引き直されると判断しました。株式会社は営利目的を持っており、その所有者は株主だからです。

MBOにおける不正行為によって会社に損害を発生させると株主の利益が害されるため、善管注意義務に違反すると判断されました。

「MBO完遂尽力義務」や「手続き的公正配慮義務」には言及されなかった

一審では、役員らの「MBO完遂尽力義務」や「手続き的公正配慮義務」があると判断されましたが、高裁はこれらの義務に言及しませんでした。あえてこのような義務を認定することなく、善管注意義務違反にもとづく損害賠償義務を認めた点で、一審判決からの変更があったと考えられます。

なお高裁においても、「取締役にはMBOの合理性を確保すべき義務や公正に手続を行って株主の利益へ配慮すべき義務がある」と述べられています。

「会社に対する責任」と「株主に対する責任」が異なる可能性

高裁は、会社に対する責任と株主に対する責任が異なる可能性のあることを示唆しています。

株主との関係においては「手続き的な瑕疵があっても『最終的に公正に企業価値が移転したのであれば損害が発生しない』」と判断。一方で会社との関係においては「『手続きにおいて企業価値の移転の公正さを害する行為が行われると』会社が本来不要な費用を支出して損害が発生する可能性がある」と判断しました。

つまり、株主には損害が発生しなくても、会社には損害が発生する可能性があるということです。

「社外取締役の責任」は否定

高裁判決においても、社外取締役の責任は否定されました。積極的に株価操作などの不正行為を行った元代表やあえて不正行為を見逃した他の役員らとは異なり、社外取締役には善管注意義務違反がないと判断しました。

賠償金額と内訳

高裁が認定した損害賠償金は、約1億2千万円です。内訳は「MBOが不公正な方法で行われた事実を調査するために必要となった費用」であり、一審判決より約7700万円が減額されています。

なお一審においても二審においても、会社の「信用毀損」にもとづく損害については賠償額に含まれませんでした。信用毀損の損害とは、役員らの不正行為によって企業の評判が低下した損害です。

参考URL
株主の権利弁護団「シャルレMBO株主代表訴訟事件」
ビジネス法務の部屋「取締役の公正価格配慮義務(MBO)-シャルレ株主代表訴訟判決」
日本経済新聞「シャルレMBO株主訴訟、元社長らの賠償確定」

上告(最高裁判所)は棄却された

高裁判決後、株主らは最高裁判所へ上告しましたが、上告は退けられて二審の判決が確定しました。

シャルレMBO株主代表訴訟から学べること

「善管注意義務違反かどうか」が基準となる

シャルレMBO株主代表訴訟では、第一審において「MBO完遂尽力義務」や「手続き的公正配慮義務」という独自の基準が定立されましたが、二審では事実上否定されています。

その代わりに会社法(第330条、株式会社と役員等との関係)と民法(第644条、受任者の注意義務)に根拠のある「善管注意義務」にもとづく責任が認定されました。

今後MBOにおいて不正な株価操作が行われた場合には、基本的に「善管注意義務違反があるかどうか」という枠組みの中で判断されるものと考えられます。

損害の内容について

本件において「損害」の内容としては、「不正に関する調査などに要した費用」のみが認定されており、会社の信用毀損についての損害は認められませんでした。

一般的に役員がMBOにおいて不正行為を行ったらニュースなどで大きく取り上げられ、会社の評判が著しく低下して株価が大きく下がることが予想されます。株主にすれば多大な損害を受けたといえるでしょう。ただしこういった損害については法的に補填されない可能性が高いといえます。

社外取締役の責任は認められにくい

直接不正行為に関与しなかった社外取締役の責任も認められなかった点にも注目すべきです。社外取締役の責任追及はハードルが高くなるでしょう。

本件は、元役員らに対する善管注意義務違反と、会社に対する損害賠償責任を認めた判例として重要な意義を持ち、その後の改正MBO指針にも影響を与えました。

文:福谷陽子(法律ライター)/編集:M&A Online編集部

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております