昨年は経済界での「下剋上訴訟」元年だった。今年はどうなる?

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2022年の「下剋上訴訟」はどうなる?(写真はイメージ)

2021年は国内産業界で大きな「下剋上訴訟」が起こった年として記憶されるだろう。「下剋上訴訟」とは中小企業が大企業を訴える、あるいはBtoB(企業間取引)において売り手や下請けの企業が買い手や系列上位の企業を取引上のトラブルで訴える訴訟を指す。かつては大企業や「顧客」である企業に訴訟を起こす事例はほとんどなかったが、2021年は大きな訴訟が相次いだ。2022年はどうなるのか?

ユニクロのセルフレジ、スタートアップに訴えられる

年の瀬の迫った2021年12月24日、ファーストリテイリングはマザーズに上場したばかりのアスタリスクおよび同社から特許を譲渡されたNIPと争っていた、「ユニクロ」「GU」店内に設置されているRFID(無線自動識別)を使ったセルフレジの特許訴訟で全面的に和解が成立したと発表した。

和解内容については明らかにされていないが、「ファーストリテイリングは現在NIPが保有する特許が有効に存在することを尊重し、アスタリスクとNIPはアスタリスクの特許出願が公開される以前からファーストリテイリングが独自にセルフレジを開発して使用していたと確認する」としている。

つまり「ユニクロで使用されているセルフレジにアスタリスクの特許が使用されている」「ユニクロのセルフレジは決してアスタリスクのパクリではない」と、双方の言い分をそのまま認めた形で決着した。論理的に解釈すれば「ファーストリテイリングもRFIDを使ったセルフレジを独自開発したが、アスタリスクの方が一足早く完成させていた」ということになる。

一見、どちらが勝ったか分からないようだが、2021年5月の知財高裁判決でファーストリテイリングの主張は退けられ、同社が最高裁判所へ上告の受理を申し立てるなど「徹底抗戦」の構えを崩していなかった点から、アスタリスクに譲歩した和解といえるだろう。

特許を譲渡されたNIPの訴訟費用は年間数千万円とも言われ、NIPの特許ライセンス料は「1日1台1000円」であることから、ファーストリテイリングが支払うべき料金は年間約18億円に上る計算だ。和解では満額とはいかなくとも、相応のライセンス料が支払われそうだ。

すでに特許を譲渡したアスタリスクだが、ファーストリテイリングとの「下剋上訴訟」で勝利したのを好感して翌営業日(26日)の株価は前日比500円高の3010円に高騰している。

日鉄、トヨタ、三井物産のオールスター訴訟に

2021年10月には経済界を揺るがす一大「下剋上訴訟」があった。それは国内製鉄最大手の日本製鉄が、国内自動車最大手のトヨタ自動車をハイブリッド車(HV)などの電気モーター部品に使われる無方向性電磁鋼板の特許権を侵害したとして東京地裁に訴えたのである。

中国・宝山鋼鉄が特許侵害で製造した無方向性電磁鋼を購入していたとして、日鉄は大口顧客であるトヨタを訴えた。これに対してトヨタは「先方からは『特許侵害の問題はない』という見解を頂いており」「日本製鉄が、ユーザーである弊社に対し、このような訴訟を決断されたことは、改めて大変残念」とのコメントを発表。

しかし、特許侵害をしている企業が自主的にそれを認めることは考えにくい上に、サプライヤーがユーザーに訴訟をすることを問題視するかのような内容で、トヨタにとっては立場を悪くしかねないコメントだった。しかも、それだけでは終わらない。

トヨタと宝山鋼鉄の無方向性電磁鋼板の取引に関わったとして、日鉄が三井物産も訴えたのだ。日鉄にとっては商社も大口顧客である。製鉄会社の「下剋上訴訟」は自動車メーカーとライバルの製鉄だけでなく、商社をも巻き込んだ。日本を代表する大企業の関係がギクシャクしかねない事態になってきた。

最終的には和解で解決する可能性が高い。その場合は日鉄が200億円の損害賠償請求を取り下げるかわりに、トヨタが日鉄からの無方向性電磁鋼板を現在よりも高い価格で調達することが「落とし所」だろう。2021年の鉄鋼の調達価格交渉で日鉄に押し切られたトヨタにとっては厳しい内容だ。

「下剋上訴訟」が増える二つの理由

では、2022年の「下剋上訴訟」はどうなるのか?おそらく増えるだろう。第1の理由は、日本企業の取引慣行の変化だ。かつては特許侵害があっても、納入先が受注量の引き上げや単価の値上げなどで「穴埋め」をしてくれた。それと引き換えにサプライヤー側が納入先の特許侵害を見逃してきた経緯がある。

が、最近はコストダウンに「聖域」がなくなり、そうした「穴埋め」は消滅しつつある。「穴埋め」という対価の交付がない以上、サプライヤーが「下剋上訴訟」による対価の回収に踏み切るのも無理はない。取引慣行が「先祖返り」しない限り、「下剋上訴訟」は増えこそすれ減りはしないだろう。

第2の理由は、産業界のイノベーションだ。アスタリスクとファーストリテイリングの「下剋上訴訟」で問題となったRFIDを利用したセルフレジは、顧客がバーコードをスキャンする手間もなく、商品を置くだけで支払うことができる。実店舗の省力化には欠かせないイノベーションで、あらゆる小売業で採用される可能性が高い。

トヨタが特許侵害で訴えられた無方向性電磁鋼は、次世代エコカーのデファクト・スタンダード(事実上の標準)となる電気自動車(EV)の基幹部品に使われる新素材だ。EVがガソリン・ディーゼルエンジン車に取って代われば、巨大市場に「化ける」だろう。

それだけにアスタリスクや日鉄は、将来のために「後には引けなかった」はずだ。こうしたイノベーションはポストコロナの波が押し寄せる中で、素材、部品、ビジネスプランなどで花開こうとしている。当然、利害の衝突も増え、「下剋上訴訟」のリスクも高まるはずだ。2022年は想像もしていなかった業界で「下剋上訴訟」が起こることになりそうだ。

文:M&A Online編集部

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