8月10日に発足した第2次岸田文雄改造内閣が、不穏な船出となった。旧統一協会と何らかの関係があった閣僚が次々と明るみに出たのもさることながら、萩生田光一政務調査会長(政調会長)と高市早苗経済安全保障相が自らの人事を不満だと広言したのである。
もちろんこれまでも党の役職や閣僚ポストで不満を持つ者も多くいた。しかし、それは陰で信頼できる人間にぶちまけるもので、マスコミや SNS経由で不特定多数の人に報告するのは極めて異例だ。
もっとも、この2人にも言い分はあるだろう。萩生田氏は安倍派有力者の1人で、高市氏は亡くなった安倍元首相と非常に近い関係にあった。安倍元荷相との関係が微妙だった岸田首相が人事で嫌がらせをしたと受け取ったのかもしれない。もし、この2人がサラリーマンなら「不当人事」と訴えることができるのだろうか?
代表的な「不当人事」は、上司または会社による「報復人事」だろう。内部告発や上司との対立などで人事権を持つ管理職から反感を買い、転勤や降格など本人に不利益となる人事異動を命じるケースが該当する。部長以上の上級管理職となると、属していた社内派閥のトップが失脚した巻き添えで、その派閥に属していた者たちが一斉に第一線から排除されるケースもある。
一方、会社側には人事権があり、適材適所への配置替えや、人材育成、雇用の維持、不正防止などの目的による異動については合法とみなされる。反対にそのような合理的な目的ではなく、嫌がらせや退職に追い込むための人事であれば「人事権の濫用」とみなされ、異動命令自体が違法となる可能性が高い。
転勤を命じられた従業員が「人事権の濫用」として会社側を訴えた東亜ペイント事件(最高裁第二小法廷判決昭和61年7月14日労判477号6頁)判決では(1)異動命令に業務上の必要性がない、(2)会社側に不当な動機や目的があると判断される、(3)労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるーといった場合だ。
反対に「人事権の濫用」が認められず、異動命令に従うべきとされるのが(Ⅰ)労働力の適正配置や業務の能率増進、(Ⅱ)労働者の能力開発、(Ⅲ)勤務意欲の高揚、(Ⅳ)業務運営の円滑化などを目的とした「企業の合理的運営に寄与する人事異動」だ。
では、萩生田氏のケースはどうか。萩生田氏は内閣改造について「私がやりたいとかじゃなくてですね、(東京電力福島第1原子力発電所の後処理問題などの)こんな大変なことを人が代わって大丈夫なのか。当然、継続してやっていくことが望ましいのではないかと。一部報道で『骨格は維持する』と出ていて、俺は骨格じゃなかったのかという、こんな思いもございますので」などと、強く残留を希望した。
だが、結局は自民党の政調会長に就任。官房副長官、文部科学相、経産相とマスメディアから注目され露出度が高い「政務」から、いわば裏方の「党務」への異動を打診されての「残留希望」だったのかもしれない。
萩生田氏の場合、安倍・菅政権下での官邸主導で「政高党低」が定着した結果、党三役の政調会長ですら、かつてほどの影響力はないとされる。それでも大臣よりは格上であり、「降格」ではないのは明らか。
もちろん何の権限もない「名ばかり管理職」で体よく左遷という人事もある。が、自民党の政策や国会に提出する法案は、政務調査会の審査を経なければならない。そのトップである政調会長は党の政策の調査研究と立案を決定をする最高責任者であり、「名ばかり」の役職ではない。さらに党の政策のまとめ役であることから、最大派閥である安倍派幹部の萩生田氏が就任する合理性は十分にある。
萩生田氏のケースをサラリーマンの人事に当てはめると、現場でバリバリ働いている営業マンがそのノウハウを組織全体に定着させてもらいたいと会社から管理職就任を命じられ、「私は管理職などやりたくありません。営業の第一線で働かせて下さい」と訴えるようなものだ。本人の意向とは違うが、会社にとっては合理性がある異動で「不当人事」とはみなされない。
一方、高市氏の場合はその政調会長から、人事権のない内閣府特命担当大臣(経済安全保障)となる。自民党内の序列では「降格」人事だ。
そのためか自身のツイッターで「組閣前夜に岸田総理から入閣要請のお電話を頂いた時には、優秀な小林鷹之大臣の留任をお願い」したものの「翌日は入閣の変更が無かったことに戸惑い、今も辛い気持ちで一杯です」と投稿した。
高市氏は政調会長時代に岸田首相の「1丁目1番地」政策を推進する「新しい資本主義実行本部」の初会合に出席せず、首相は衆院選直後の給付金に関する与党調整を政調会長の頭越しに茂木敏充幹事長へ全面委任して高市氏が不快感を示すなど、両者の関係がぎくしゃくしていた。早くから内閣改造での政調会長交代が取り沙汰されるなど「報復人事」の状況証拠はある。
しかし、経済安全保障を含む安全保障は「タカ派」とされる高市氏にとっての得意分野だ。経済安全保障における(Ⅰ)労働力の適正配置や業務の能率増進や(Ⅳ)業務運営の円滑化といった「合理性」はあり、首相に「適材適所の異動だ」と主張されれば「人事権の濫用」と認定される可能性は低い。
これもサラリーマンの人事に当てはめると、本社で全社を統括していた上級管理職が古巣の開発部門で部下のいない「担当管理職」として現場に戻されるようなものだろう。畑違いの営業や総務部門への異動と違い、「報復人事」と断定するだけの決定的な証拠がない。
一方、高市氏は8月12日の小林前担当相との引継式を中止し、内閣府職員への挨拶(あいさつ)式も欠席した。自民党内からも「嫌なら断ればよかっただけ」と突き放す声が上がっている。サラリーマンならば円滑な業務推進を妨げた「業務命令違反」に問われかねない問題行動と言える。
仮に人事権者に「報復人事」の意図があったとしたら、足をすくわれかねない危険な「挑発行為」だ。サラリーマンは絶対にマネをしてはいけない。
文:M&A Online編集部
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