JR貨物は買いか? 社会資本としての鉄道貨物|人とものを「運ぶM&A」

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独特の風貌で疾走する貨物列車「EF210形式(愛称:ECO-POWER桃太郎)」

日本は資本主義であり、JR貨物は民営化された企業である。そこで、「JR貨物は買いか」を考えてみたい。JR貨物の上場、またM&Aに価値があるかどうか、ということである。

大河ドラマ「青天を衝け」の24話で、パリに行った渋沢栄一は資本市場を知る。銀行家フリューリ・エラールに証券取引所を案内され、渋沢自身、国債や鉄道債に投資して利益を得る。そこで彼は「Capital Social(社会資本)」とは何かを知る。多くの人から集めたお金で大きな事業を興し、配当などで出資者に還元し、なおかつ社会がよくなるという、いまではやや楽観的な資本主義の根本だ。その点で、渋沢も力を入れ、かつては物流として最重要だった鉄路を今後どうするか、今一度考えてもいいはずだ。

わずかではあるが、JR各社で唯一の黒字経営

コロナ禍でどの鉄道会社も経営は苦しい。通勤・通学、そして旅行者も減っている。そんな中、2020年度(2021年3月期)の決算で、JRグループ7社の中でかろうじて唯一の黒字を達成しているのがJR貨物だった(下表)。

◎JRグループ7社の業績(単位億円)

2020年3月期 2021年3月期
売上高 純利益 売上高 純利益
上場 JR東日本 2兆9466 1984 1兆7645 △5779
JR西日本 1兆5082 893 8981 △2332
JR東海 1兆8446 3978 8235 △2015
JR九州 4326 314 2939 △189
非上場 JR北海道 1672 19 1119 △416
JR四国 489 12 277 △80
JR貨物 1989 50 1873 0.69

国鉄(日本国有鉄道)は1987年(昭和62年)に解体して民営化した結果、JR北海道、JR東日本<9020>、JR東海<9022>、JR西日本<9021>、JR四国、JR九州<9242>、JR貨物の7社が誕生した。正確には、このほかにJR総研(鉄道総合技術研究所)、JRシステム(鉄道情報システム)もある。また、鉄道電話事業は、現在のソフトバンクに吸収合併されている。

このうちJR東日本は1993年、JR西日本は1996年、JR東海は1997年、そして2016年にJR九州が上場を果たした。

一方、JR北海道、JR四国、JR貨物は、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が全株を保有している。JRTTとはかつての日本鉄道建設公団(鉄道公団)、運輸施設整備事業団(運輸事業団)の業務を承継して2003年10月に設立され、新幹線の建設、相鉄・JR直通線(西谷−羽沢間)や相鉄・東急直通線(羽沢横浜国大−日吉横浜国大間)の建設など鉄道建設を主な事業としている。軌間可変電車(フリーゲージトレイン)の開発、船舶の開発なども行う一方、JR株を保有し、上場後は株式を市場で売却、未上場JRへは経営支援を続けている。

JR貨物で注目されるカーボンニュートラルとグリーン戦略

いまだ上場のメドの立っていないJR3社の中で、とくに国の脱炭素政策「グリーン成長戦略」との連動からもっと注目されてもいいのがJR貨物だ。「2050年カーボンニュートラル」の目標には、二酸化炭素(CO)排出量がトラックの約11分の1である鉄道の役割も見逃せないからだ。

ウィズコロナ、アフターコロナともに鉄道では旅客需要の減少に大きな打撃を受けている一方、ネット販売などを含めて近年増加した物流についてはますます拡大している。

「『貨物新幹線構想』は復活するか? JR東日本が実験をスタート」(https://maonline.jp/articles/c...)の記事にもあるように、旅客専用の新幹線を使った物流も、コロナ禍では現実味を帯びている。最近でも、JR東日本大宮支社では気仙沼で水揚げされたカツオを東北新幹線で大宮駅へ輸送し、即売する実験を2021年7月に実施し、好評だった。

貨物と旅客の融合は可能か

明治初期、鉄道は貨物優先で敷設され、しばらくして旅客中心となった。旅客と貨物は異なる発想があったためか、同じレール上を走ることを避ける傾向が強かった。ところが今日、利便性の強化のため、たとえば湘南ライナー(東海道貨物線)、埼京線、湘南新宿ライン(山手貨物線)などは、かつての貨物用線路を旅客用に転じている。

ただし、その逆の、旅客の線路を貨物列車が走ることについては、JR各社ともに難色を示してきた。貨物輸送としても期待されていた北海道新幹線も、青函共用走行区間(青函トンネル内)で新幹線と貨物列車のすれ違いを避け、旅客優先で考えられた。北海道新幹線の速度を上げて利便性を高めるため、貨物は邪魔だとも言われ続けてきた。

JR貨物は、幹線については自社の線路をほとんど持っていない。そのため、JR各社の線路を走らせることになるが、旅客需要が増大すれば優先順位は低くなる。終電後に走らせるにしても、保線のための時間も必要となるため簡単に増発できない。国鉄時代でも「線路が痛む」といった声があったとか。沿線の騒音問題もあった。

だが、今日、鉄道の価値は様変わりしているのかもしれない。それは貨物の重視、原点帰りとも言える。新幹線で貨物を運ぶように、JR旅客会社が旅客ダイヤの中に貨物枠を入れるといったことを本気ではじめたとき、どうなるか。悩ましいのは分割・民営、上場の中で、JR貨物はその事業に対して手を出せないことになる。

「今朝、港に揚がったばかりのカツオ」といった高付加価値商品であれば、新幹線で運んでもペイできるかもしれない。運賃に見合った貨物だけを選択していけば、収益力の高い事業になる。

一方、収益力の高い貨物を他社に奪われたあとには、利幅の薄く荷扱いの難しい貨物ばかりが残り、収益力は低下していく。

つまりJR貨物を買うか、と問われたときには「ノー」となってしまう。もし誰も買ってくれないようなら、上場も困難となるだろう。

進むか? モーダルコンビネーション

いかにも買うには勇気の必要そうなJR貨物だが、実は着々と次代へ向けての投資を進めている。ブロックトレイン(貨物列車の編成の一部を貸し切って定期運行する)への取り組みはそのひとつだ。

2006年から運行しているトヨタ自動車の製品を運ぶTOYOTA LONGPASS EXPRESS(トヨタ・ロングパス・エクスプレス)はよく知られているが、こちらは専用であるのに対し、大手物流会社による混載も進めている。

福山レールエクスプレス号は、2017年3月から福山通運が名古屋貨物ターミナル駅~北九州貨物ターミナル駅・福岡貨物ターミナル駅で開始。2021年3月からは安治川口駅~盛岡貨物ターミナル駅でも開始した。

西濃運輸はカンガルーライナーSS60(吹田貨物ターミナル~郡山貨物ターミナル駅~仙台港駅)に加えて2021年3月から、カンガルーライナーNF64(名古屋貨物ターミナル駅~福岡貨物ターミナル駅間)もスタート。福山通運、西濃運輸ともドライバーの長時間労働の削減、ドライバー不足への対応、環境対策などからモーダルシフトを進めている。

JR貨物は、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)の一環として、「モーダルコンビネーション」を提案。「JR貨物グループ中期経営計画2023」(2021年1月策定)では、総合物流事業を目指した取り組みを打ち出している。

モーダルコンビネーションとは、より円滑なサプライチェーンが実現できるように、トラック、鉄道、航空、船舶といった輸送手段をよりスムーズにつないでいくこと。環境に優しいだけではなく便利でなければならないとの考えから、現在ある鉄道貨物インフラを中心に据え、よりスムーズに低コストでつなぐためにIT技術を活用していく。

貨物駅の結節点としての機能強化策では、レールゲート、積替ステーションの設置も進めている。レールゲートは、マルチテナント型物流施設で、集荷・配達・保管・荷役・梱包・流通加工の拠点として提供するもの。将来、仙台・名古屋・大阪・福岡にも設置される計画だ。積替ステーションは、従来のようなコンテナ輸送に加えて、トラック便で届いた荷物をコンテナへ積み替える設備。そもそもコンテナは物流合理化によって推進されてきた輸送方法ではあるものの、小口化、少量化に対応するためには積替も不可欠なサービスとなりつつある。

東京レールゲートWEST(2020年3月)、新座貨物ターミナル駅構内「積替ステーション」(2020年7月)は完成し、以後、DPL札幌レールゲート(2022年5月竣工予定)、東京レールゲートEAST(2022年8月竣工予定)と続く。

いわゆる「スマート貨物ターミナル」として、省力化、効率化を図りながらも安全でスピーディーな輸送を可能にすることが目標となっている。この点を見れば「買い」かと思えてくる。

ドライバーの待ち時間にはアプリで対応

こうした施策で問題になるのが、トラックドライバーの待ち時間である。鉄道貨物は出発時刻から遡って搬入期限があり、到着後もそこからスタートしてトラックへ積み込むタイミングが決まる。そこで待ち時間が多く発生すると、エンドユーザーへの到着時間に大きく影響する。ドライバーの負担、賃金問題も生じる。

いまの時代、結節点でのムダを減らすことは重要な課題で、その点ではDX(デジタルトランスフォーメーション)への期待もある。

JR貨物では2021年度下期から「トラックドライバー用アプリ(仮称)」を6駅で実験的に導入する。コンテナ持込・持出時間予約、列車運行情報などを統合したアプリとなる予定だ。

果たして、JR貨物をみなさんが買うとしたらいくら出すだろうか。もしくはどのような企業と組み合わせれば、より高い価値創造につながるだろうか。そして、それは社会的資本に資するだろうか。M&A視点から一度、日本の経済に大きく影響を与える可能性を持つ存在を見直してみる必要もあるはずだ。(おわり)

文:舛本 哲郎(ライター)