たとえ打ち上げが成功してもH3ロケットの「先行きが暗い」理由

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宇宙航空研究開発機構(JAXA)の次期主力ロケット「H3」1号機の打ち上げが失敗に終わった。原因究明と再発防止には時間がかかる見通しで、2020年度に予定していた運用開始は大幅に遅れることになった。とはいえ打ち上げ失敗は新型ロケットには付き物で、さして大きな問題ではない。だが、たとえ成功していたとしてもH3の先行きは暗い。なぜならH3は日本経済衰退の縮図そのものだからだ。

技術的問題よりも大きいビジネスモデルの時代遅れ感

H3は前世代ロケット「H-Ⅱ A/B」の半分というコストダウンや打ち上げ能力の向上、年間打ち上げ回数の増加などを目指して開発された。不幸にして1号機の打ち上げは失敗したが、回数を重ねれば技術的な問題は解決され、技術的な目標はクリアされるだろう。

ただ、H3には「商用利用」と「国際競争力」の向上というミッションがある。こちらは1号機打ち上げの成否に関わらず極めて厳しい状況にある。前世代ロケットの半分で50億円というH3の打ち上げコストは、米スペースXの「ファルコン9」の5600万ドル(約76億5000万円)や「ファルコンヘビー」の1億5000万ドル(約205億円)に比べれば、はるかに安い。

しかし、低軌道に打ち上げ可能なペイロード重量はH3が4トンなのに対して、ファルコン9は22.8トン、ファルコン・ヘビーは63.8トンと圧倒的に多い。商用利用での競争力となる1kg当たりの打ち上げコストはH3が125万円で、ファルコン9の約33万5000円、ファルコンヘビーの約32万円に比べると4倍近く高い。国際競争力の視点で見ればH3は、すでに運用を終了したファルコン1にしか太刀打ちできない「時代遅れ」なロケットなのだ。

ロケット名 開発国 低軌道ペイロード重量(kg) 打ち上げ費用(億円) 1kg当たりの打ち上げ費用(万円) 初打ち上げ年 稼働状況
H3 日本  4,000 50 1,250,000 2023年 運用中(成功事例なし)
ファルコン1 米国    450 9.5 2,111,111 2006年 運用終了
ファルコン9 米国 22,800 76.5 335,526 2010年 運用中
ファルコンヘビー 米国 63,800 205 321,317 2018年 運用中
アリアン6 A64 欧州 21,650 130 600,462 2023年(予定) 試験中

H3の開発・製造を手がける三菱重工業<7011>が取り組んでいた小型ジェット旅客機「スペースジェット」も、量産が延期されるうちに市場環境が変わり、量産化しても採算が取れないとして2023年2月に撤退を決めた。

H3は「日本経済衰退の縮図」

こうした「時代遅れ」の製品開発で商機を失うのは、日本企業の経営にスピード感が失われたからだ。スペースXは2002年に設立されたが、6年後の2008年には初の実用ロケットとなるファルコン1を打ち上げ、その2年後の2010年にはH3をはるかに上回るペイロード打ち上げ能力を持つファルコン9を完成させた。H3は2014年の開発開始から、すでに9年も経過している。

世界最高峰の技術力を持つNASAから人材を招き入れたとはいえ、スペースXはベンチャー企業にすぎない。巨大企業の三菱重工業とJAXAが国家プロジェクトとして取り組んだH3の開発スピードの遅さは、深刻な事態と言っていいだろう。

同様の状況は半導体やスマートフォン、有機ELテレビ、電気自動車(EV)でも生じている。しかも、ロケット同様、かつては日本の技術力が世界のトップ集団にいた分野で、だ。なぜ、そうなるのか?そこには日本企業の「キャッチアップ志向」がある。

高度成長期からバブル景気までの日本企業は欧米企業が成功した製品をキャッチアップし、より安く高品質で販売することで先行企業に「追いつき、追い抜く」ことで成長を続けてきた。その「成功神話」から抜け出せていないのだ。

ところが21世紀に入ると技術の進歩は格段に速くなり、一度差がついてしまうと追い付くのは容易ではなくなった。それでも追いつこうとするのなら、先行企業よりも迅速にビジネスを進めなくてはいけないが、日本企業は投資の意思決定や判断が遅いためキャッチアップできないのだ。

さらに中国をはじめとする新興国や欧米の企業に比べると、日本企業は撤退の意思決定も遅い。「キャッチアップできない」と判断すれば、さっさと撤退するか行き詰まる前に事業売却をすればよいのだが、日本企業はこれも苦手だ。三菱スペースジェットでは1兆円の開発費を注ぎ込んだ果てに、事業売却もできず清算で撤退することになった。

撤退の判断が遅れたため、事業売却もできず巨額の損失を出した三菱スペースジェット
撤退の判断が遅れたため、事業売却もできず巨額の損失を出した三菱スペースジェット(同社ホームページより)

こうした日本企業の「キャッチアップ型」の行動様式が変わらない限り、ロケットをはじめとする最先端ビジネスで世界と戦うのは難しいだろう。H3の生き残りの道は、国内需要に特化した「ガラパゴス化」しかなさそうだ。

もっとも民間衛星はコストの安い海外のロケットに流れるだろうから、政府から受注する官需しかない。そうなれば打ち上げ回数も限られるのでコスト削減は避けられず、国際競争力はさらに低下するだろう。まさにバブル崩壊以降の「日本経済衰退の縮図」なのだ。

文:M&A Online編集部

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