どこまで本気なのか?ロシアのプーチン大統領がウクライナでの戦況を挽回するために「核兵器の使用も辞さない」との姿勢を鮮明にしている。実際にロシア軍が核兵器を使用するかどうかは分からないが、もし実際に使用されたとしたら世界経済に影響はあるのだろうか?
実は核兵器を使用した場合の経済的効用についての分析は、早くからあった。広島に最初の原子爆弾が投下された2日後、長崎に投下される前日の1945年8月8日付のシカゴ・トリビューン紙は「原子爆弾は戦争を短縮するかぎり開発費を上回る経済的利益をもたらす」とするAP通信電を掲載している。
それによると原子爆弾の開発費は総額20億ドル。一方、同年7月に日本との戦争に費やした戦費は73億9500万ドルで、1日当り2億3900万ドルだった。原爆の開発費用は8日と8時間で回収できることになる。つまり原爆投下で9日以上、戦争を短縮できれば経済的利益をもたらすというのだ。
実際、ソ連の参戦に加えて広島と長崎への原爆投下で日本の降伏の判断が早まったのは昭和天皇の玉音放送でも明らかで、1945年11月に予定されていた「オリンピック作戦」と1946年3月に予定されていた「コロネット作戦」の二つの日本本土決戦が回避されたことにより、終戦は半年以上も前倒しできた。被爆国の日本にとってはとんでもない話だが、米国にとっては十分「元がとれた」計算になる。
では、ロシアはどうか?ウクライナとの紛争で核兵器を使用することに経済的利益はあるのだろうか?太平洋戦争では日本の敗戦が決定的になった時点で原爆が投下された。だから日本政府に降伏を決断させる要因の一つになったのだ。
一方、ウクライナ軍は米国やEUなどの支援もあって、ロシア軍を押し戻している状況だ。ゼレンスキー大統領が掲げる和平交渉の「落とし所」も開戦直後の「ウクライナ侵攻前の状況に戻す」から、「クリミア半島の奪還」に踏み込んでいる。
戦場で100キロトン級以下の戦術核兵器を使用したところで、ウクライナ軍の前線部隊は大きな打撃を受けるだろうが反撃は止めないだろう。つまり核兵器使用による戦争の短縮効果はない。
核兵器は「張子の虎」の状態が、兵器として最も経済的効用が高い。つまり「どの国の軍隊も核兵器を使用しない」という暗黙の了解があるからこそ、核抑止力が働くのだ。ロシアがたとえ1発でも使用した時点で核抑止力は「神話」となり、核兵器は「使える兵器」になる。
米国やEUが警告するように、ロシアがウクライナで核兵器を使用すればNATOの軍事介入を招くことになりかねない。その時にはNATO軍も「核カード」を切れる状態になっている。
さらには戦術核を使用すれば、ロシアが配備する戦略核の標的ではない中国も対ロシア外交で核兵器を意識せざるを得ない。つまりロシアにとっては中国に対しても軍事費を含む外交コストが増えることになる。約4200kmの国境線を持つ中国との軍事的緊張が再発すれば、ロシアの国防負担は国家財政を逼迫することになりかねない。
核兵器の使用で経済的な負担が増えるのはロシアだけではない。国際NGOの核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)によると、核保有国による2021年の核兵器関連費用は総額824億ドル(約12兆6000億円)と、前年比で9%増加した。核兵器が「使える兵器」になることで、関連費用は大幅に増額するだろう。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で、各国政府とも大きな財政負担を強いられた。核コストの増加は核保有国にとって大きな負担になる。そうした状況になれば、株価も暴落するだろう。米S&P500はウクライナ侵攻当日の2022年2月24日の4288.70から、紛争が泥沼化した10月18日には3719.98まで下落した。
戦後初の核兵器使用となれば、紛争がウクライナから拡大しなかったとしても、米国やEU、中国などの核保有国に与える影響はこれまでとは比べ物にならない。ロシアの核兵器使用は、コロナ禍から立ち直りかけている世界経済に冷水を浴びせかけることになりそうだ。
文:糸永正行編集委員
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