前回のコラムでは、イベリア半島のユダヤ教徒が、その技術(特に医学)や専門性をきっかけとして時の権力者に重用されていく過程に触れた。12世紀以降、レコンキスタの進展により、イベリア半島は主にキリスト系の3王国(ポルトガル王国、カスティーリャ王国、アラゴン連合王国)の支配下となる。
そしてこれらの王国は、ユダヤ教徒を「所有物(国王隷属民)」として管理し、様々な宮廷業務-とりわけ資金調達業務に従事させた。これはユダヤ教徒の金融業としては「ホールセール」にあたる。しかし、その内容は単なる融資・貸付とは異なるものだった。それが「徴税請負人」である。今回のキーワードはこれだ。
徴税請負自体は古代ローマから用いられた古典的手法で、税務当局(王室)から業務委託された貴族が徴税業務を代行する行為だ。古代ローマでは本来の徴税額より多くの額を徴収し、差額を抜き取って私腹を肥やす行為が横行したとされる。
これをもって徴税請負人は悪徳業者であるというイメージが強い。このことからまた、宮廷ユダヤ人として徴税請負を担った「ユダヤ教徒は悪徳だ」というイメージが植えつけられ、滑稽な「ユダヤ陰謀論者」を喜ばす要素となっている。だが、これもフェイクだと筆者は考えている。理由を説明しよう。
「徴税請負」というと、いわば代行業のような印象を持つ人が多いだろう。業務委託契約を結んで徴税業務を請け負う、集金代理人である。そのような文字通りの請負方式による徴税も、もちろんあったと思われる。
しかし、実際にはもっと先進的で大がかりな仕組みが導入されている。今日の金融ビジネスの概念に当てはめるなら、「徴税債権の証券化」といって良いだろう。その仕組みについての詳細な資料はないが、「金融の道理」から推察するにおおよそ以下のような仕組みと考えて間違いないだろう。(参考:「スペインのユダヤ人」関哲行)
ある年の宮廷の理論的税収が、満額で1兆円だったとしよう。当時の税の捕捉率はどのくらいだっただろうか。国家の徴税能力が高度に整備された今日でも、トーゴーサン(給与所得者約10割、自営業者約5割、農林水産業者約3割程度の捕捉率との推定)などといわれる。中世欧州の税の補足率は、恐らくこれよりさらに低いだろう。
仮に捕捉率が2割だったとしたら、満額税収1兆円に対して2000億円しか徴税できないことになる。住民基本台帳などもない時代に、そもそも理論的税収を推定することすら難しかったかも知れない。王室はできるだけ徴税額を増やしたいが、徴税のための官僚機構の整備など余計な支出も抑えたい。
このような状況で行われたのが、王室による徴税権の競争入札だ。できるだけ高い価格で徴税権を落札した者が王室から徴税権を買い取り、債権回収に成功すればその差額を収益として得ることができる。
1兆円の徴税権を例えば2,000億円で落札し、2,300億円回収できれば300億円の収益だ。現代の金融用語でいえば不良債権サービサーだ。税の捕捉率が低かっただろう中世においては、徴税権はもともと不良債権のようなものだともいえる。
この困難な仕事をユダヤ教徒たちは持てる知恵と能力、そして財力を駆使してやり遂げる。この事業のリスクを分散するためにユダヤ教徒たちは、また新たなスキームを生み出した。組合を設立して複数の者が資金を供出して徴税債権の入札に対応したのだ。
これは、現代でいえばSPC(特別目的会社)を活用した債権の流動化スキームに近いといってよいだろう。高い仕入れ値で徴税権を買わされ、異教徒で圧倒的なマジョリティー(多数派)のキリスト教徒から税を徴収するというハイリスクを、新たな工夫で分散して負担し合ったのだ。これは王室にとって、一見実にうまい仕組みだ。メリットを列挙してみよう。
徴税権を売却(流動化)することで、官僚組織の維持コストなどを負うことなく一括で税収を得ることができる。
入札により、高値で徴税権を買い取らせてより多く税収を確保できる。
ユダヤ教徒の財力を削ぎ、領土内で異教徒が発展することの脅威を減らすことができる。
臣民に疎まれるこの徴税という仕事を異教徒のユダヤ教徒にやらせれば、臣民の王室に対する怒りと不満の矛先を彼らに向けさせることもできる。
ユダヤ教徒のホールセール金融ビジネスの顧客(借り手)になるのではなく、彼らに徴税権を買わせることで、融資の借り手として弱みを握られることもない。
この一見実に狡猾で効率的に見えるこの徴税方法は、実は王室にとって致命的なミスだったのではないか。これにより王室が領土を統べるために必要な決定的な能力を失わせ、その能力を宮廷ユダヤ人が持つことになる要因になったのではないか。筆者はそう考えている。
宮廷ユダヤ人は、この困難な徴税を通じて国家運営における最も重要な情報を握ることになったはずだ。その情報とはフリル(装飾)のないキリスト教社会(王室の臣民たち)の生活実態についての情報である。
鍛冶屋は儲かっているか。農家はどうか。沿岸地域の貿易商人は活発な活動で儲かっているようだ。一方で漁業は厳しい。国境近辺では農家が隣国に襲われている。例えばそんな情報だ。
本来、賢君は徴税業務をアウトソースしたり、徴税権を売却・証券化したりしない。国家運営をビジネスと考えるならば、徴税とは顧客(国民)との最も重要な接点である。
為政者は、この顧客接点を通じて臣民の生活の偽らざるペインポイント(課題、ニーズ)を知り、領土・国家をよりよく治めるためのかけがえのない情報として活用するのだ。
キリスト教王国下のユダヤ教徒の共同体はアルハマ自治体と呼ばれ、この中で「コレクタ」と呼ばれる徴税組織が編成された。地域間のコレクタ同士が連携しあって、買い取った徴税権の回収にあたった。
まさに「サービサー」である。そして、宮廷ユダヤ人は、この活動を通じて蓄積されたキリスト教臣民の経済状況、つまるところ「国民のペインポイント」を詳細に把握することができたと考えられる。
こうした臣民領土の経済情報を王室に提供することで、宮廷ユダヤ人たちはさらに王室の信頼を得ていったと考えられる。やがて、宮廷ユダヤ人は、資金調達(徴税)だけでなく、投資(財政支出)も補佐するようになる。
どのような投資・支出が今必要で効果的か、徴税を通じた情報をフル活用することができたからだ。効果的な財政支出は、徴税を通じて得た正確な情報があってこそ可能なのだ。そしてついに培った貨幣に関する知識と技術を生かして、貨幣鋳造を担う宮廷ユダヤ人さえ生まれた。
現代の日本財政になぞらえるなら、「国税庁長官」「財務省主計局長」「日本銀行頭取」の国家財政3大ポストを宮廷ユダヤ人が一手に握ったことになる。それらはいずれもユダヤ教徒が最初から望んだものではないだろう。
圧倒的マジョリティーのキリスト教社会の中で、異教徒のユダヤ教徒は本来ならあまり目立たずひっそりと暮らしたかったはずだ。
しかし、彼らの財産と能力を時の権力者は放ってはおかなかったのだ。そして、ユダヤ教徒たちは、徴税を首尾よく成し遂げたことで、結果的には国家財政の重要な任務を担うことになった。
こうして、「国王所有の隷属民」としてのユダヤ教徒は、常にキリスト教社会との間に常に深刻な緊張と対立を孕(はら)みながらも、ギリギリの「均衡と共存」を維持し、イベリア半島での生活を維持していった。
文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)