ゼレンスキー大統領はウクライナ軍の「暴走」を止められるか?

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ウクライナの首都キーフ(キエフ)で展示されたロシア軍戦車(Photo By Reuters)

「戦争は始めるよりも終わらせる方が難しい」と言われる。それを最も痛感しているのは、ウクライナかもしれない。ロシアのウクライナ侵攻から3カ月が経過し、首都キーフ(キエフ)急襲に耐えたウクライナ軍が東部地域までロシア軍を押し戻した。「挙国一致」でロシアと戦っているウクライナだが、和平を巡ってウォロディミル・ゼレンスキー大統領と軍の「温度差」が浮き彫りになってきた。急速なインフレなど紛争が世界経済に与える影響も大きいだけに、ウクライナがどこで和平に舵(かじ)を切るのか世界も注目している

ウクライナ軍の「クリミア奪還論」に懸念を示す米メディア

「ロシアが2014年に併合した南部のクリミア半島を含め、ロシア軍を全てのウクライナ領から撤退させるまで戦闘を継続する」。ウクライナ国防省情報総局のキリル・ブダノフ局長が20日に公開された米ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューでそう明言し、波紋が広がっている。

すでにウクライナ軍内部で「クリミア奪還」を和平の条件とする意見が広がっていることは知られていた。ブダノフ局長のインタビューが公開される前日の19日、米ニューヨーク・タイムズは社説で「2014年以来ロシアが占領したすべての領土を取り戻すという、ロシアに対するウクライナの決定的な軍事的勝利は現実的な目標ではない」と釘を刺した。

ロシア占領地の完全奪還を目指せば、紛争が長期化するのは間違いない。そうなれば西側諸国の支援負担は重くなり、世界経済の混乱が長引くことでインフレが加速する懸念が高まる。米国にしてみれば遠く離れており、産油地帯である中東のように国益を左右する地域でもない。

侵攻した部隊に大損害を与え、スウェーデンやフィンランドのNATO加盟でバルト海の出口を塞ぐことによりロシアを軍事的に弱体化できれば、米国の外交的な戦略目標は達成したと言える。それ以上の「成果」はユーラシアのパワーバランスを崩すことになりかねず、米国にとっては望ましくない。

例えばロシア軍が弱体化しすぎてシベリアの兵力が手薄になれば、ロシアとの国境に展開していた中国人民解放軍を南部や西部、そして極東へ移すことが可能になる。新たな「火種」がばら撒かれることになりかねない。米国にとってはロシアの弱体化は歓迎するが「死に体」になるのを望んでいるわけではないのだ。

「勝っている戦争」を終わらせるのは難しい

ゼレンスキー大統領はブダノフ局長のインタビューが公開された翌日の21日のテレビインタビューで「ウクライナへの大規模侵攻が始まった2月24日以前の領土を取り戻せば、ウクライナにとっての勝利だ」と和平条件のハードルを引き下げるなど、火消しに躍起になっている。

ただ、ゼレンスキー大統領と米国の思惑通り早期の和平交渉に踏み出せるかどうかは不透明だ。現時点での戦況はロシア軍を押している印象があり、ウクライナ国民にしてみれば「ここまで犠牲を払って中途半端な現状維持はありえない。この機にロシア軍を完全に追い払うべきだ」との世論が高まるのは避けられない。

特に東部戦線で善戦しているアゾフ連隊(大隊)が極右の民族至上主義的なリーダーに率いられていることから、そうした世論を盾にとって戦闘の長期化に走る可能性が高い。そうなると、新たな懸念材料も浮上する。アゾフ連隊は非人道的な行為を米下院や国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)から指摘され、非難も浴びてきた。

ロシア軍に協力的なロシア系ウクライナ人が多いクリミア半島で戦闘が繰り広げられた場合、ウクライナ東部軍の主軸となっている民族至上主義的な部隊によるロシア系民間人の暴行や拉致(らち)、拷問、略奪、性的暴力が発生するだろう。人道主義を掲げる西欧諸国からの支援に頼るウクライナにとっては、致命的なイメージダウンになりかねない。

ニューヨーク・タイムズの社説も「ウクライナ人はロシアの侵略のために戦い、死に、そして家を失い、戦争の終結を決定しなければならない。妥協のための苦しい領土交渉に臨む必要がある」として「難しい決断を下さなくてはいけなくなる」と予測している。「勝っている戦争」を終わらせるのは、負け戦で降伏するよりも難しいのだ。

文:M&A Online編集部

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