首都キーウに迫ったロシア軍の大規模侵攻を食い止めたウクライナ軍。欧米諸国からの武器供与などの支援を受け、領土に侵入したロシア軍の追撃にかかっている。しかし、各地で連戦連勝だったウクライナ軍の反撃が東部戦線で止まった。なぜか?
5月17日には南東部の要衝であるマリウポリが激戦の末に陥落、東部ルハンスク州のリシチャンスクもロシア軍の猛攻で陥落が近いとされる。
米CNNによると、ホワイトハウス高官が重兵器などの軍事支援をもってしてもロシアに占領された全領土の奪還は難しいとの見方に傾き、ウクライナの領土が縮小する形での「勝利」のシナリオを検討し始めたという。
ウクライナのゼレンスキー大統領は6月27日に、今年末にはロシア占領地の完全奪還を目指すと宣言したが、実現は難しいと米政府は見ているようだ。
ウクライナが東部戦線で苦戦する理由は二つある。一つはロシア軍の兵站(へいたん)力だ。ウクライナ東部ではロシア本土との補給ルートが十分に確保されており、兵器や弾薬、兵士、食料、燃料などの補給が円滑に実施できている。そのため東部戦線におけるロシア軍の継戦能力が維持されているのだ。
とりわけ東部では2014年にルハンスク州南部とドネツィク州東南部で親露派が武装蜂起。2022年2月の本格侵攻より前に両州合計面積の約3割が事実上、ロシアの支配下にあった。ここを兵站の橋頭堡(きょうとうほ)に、ロシア軍は東部戦線での防衛戦を有利に進めている。
もう一つは東部地区でのロシア系住民の多さだ。ルハンスク州では39.2%、ドネツィク州では38.2%の住民がロシア系で、その多くがロシア軍を民族自決のための「解放軍」と見ている。彼らにとってはロシア軍を受け入れ、ウクライナ軍に抵抗することが「愛国者」としての行為となる。
東部地区以外の州で、「愛国者」がロシア軍相手に徹底抗戦しているのとは正反対の状態だ。ウクライナ軍が現状を打破してロシアの占領地に進撃できたとしても、現地に残っている大半の市民がロシア系では完全掌握に難渋するのは必至だ。
ロシア系市民による抵抗やロシア軍への協力、さらには「人間の盾」として機能することで、戦闘は複雑化する。ウクライナ軍の攻撃で大勢のロシア系住民が犠牲になれば、「人道主義」を掲げる欧米諸国にとっては都合が悪い。
米国政府がロシアによる占領地を容認した「新たな国境線」を確定することで紛争収拾を検討している背景にも、そうした事情があるようだ。
トルコが賛成に回ったことでフィンランドとスウェーデンのNATO加盟が現実的なものとなり、欧州での軍事的な「ロシア包囲網」は完成する。欧米諸国にとっては「十分な成果」であり、多大な犠牲を払ってまでロシアによるウクライナの占領地を奪還する意味は薄らいでいる。
東部戦線での大勝利がない限り、ウクライナにとっては厳しい終戦処理を迫られそうだ。
文:糸永正行編集委員
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