豊田家によるトヨタ自動車のMBOは可能か?

alt
創業家出身の豊田章男会長によるMBOは可能か?(Photo By Reuters)

2024年に入ってMBO(経営陣による買収)が目白押しだ。目立つのがオーナー企業で、今後もこの傾向は続くだろう。それでは国内最大のオーナー経営企業であるトヨタ自動車<7203>でのMBOは可能なのか?

過去最高を大幅に上回るペースのMBO

今年はMBOが2月末までの2カ月間に7件も開始され、TOB全体の過半数を占める。このままのペースが続けば、2024年のMBOは42件に達する計算だ。2023年のMBOは16件だったので、その2.6倍。2008年以降で最高だった2011年実績(21件)の2倍となる。7件のうち6件が創業家によるMBOだ。

2024年1〜2月のMBO案件一覧

買付開始日 内   容 創業家 進捗 プレミアム(%) 買付総額*(億円)
1月9日 アオキスーパー<9977>、MBOで株式を非公開化 成立 47.69   87.81
1月25日 ペイロール<4489>、米投資ファンドのTAアソシエイツと組んでMBOで株式を非公開化 進行中 42.27  240.00
1月30日 ベネッセホールディングス<9783>、スウェーデン投資ファンドのEQTと組んでMBOで株式を非公開化 成立 42.39 1761.19
2月9日 ウェルビー<6556>、国内投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループと組んでMBOで株式を非公開化 進行中 37.33  240.00
2月13日 ローランド ディー.ジー.<6789>、MBOで株式非公開化へ

進行中 36.97  620.00
2月21日 スノーピーク<7816>、米ベインキャピタルと組んでMBOで株式を非公開化 進行中 36.02  340.00
2月28日 アウトソーシング<2427>、米ベインキャピタルと組んでMBOで株式を非公開化 進行中 51.95 2211.00

*進行中の買付総額は最大買付額

MBOが増えた背景には敵対的TOB(株式公開買い付け)に加えて、アクティビスト(物言う株主)などによる株価引き上げや経営陣の刷新といった要請も強まっており、経営のフリーハンドを維持したい思惑がある。

さらに相続対策もある。相続税評価額は、上場企業の場合は市場での株価に基づいて決まる。一方、非上場企業の場合は保有株式の評価額からMBOのための借入金を相殺できるため、相続税を大幅に減額できる「節税効果」があるからだ。

トヨタの場合は豊田章男会長がエンジン(内燃機関)にこだわる中、株主から「電気自動車(EV)シフトを進めるべきだ」との声が日増しに高まってきた。グループ企業の相次ぐ不正発覚で、豊田家によるグループ支配も問題視されている。ならばMBOで株主の意向に左右されない完全オーナー経営を実現した方が、豊田家においては最善の選択と言えるだろう。

トヨタのMBOに必要な資金は80兆円台

トヨタのMBOには、どれぐらいの資金が必要なのか?トヨタの時価総額は61兆4900億円。豊田家全体の持株比率は1%程度と言われており、60兆円分を超える株式を取得しなくてはならない。しかも、これは現在の株価であり、MBOではプレミアムを上乗せしなくては応募してもらえない。

今年のMBOでのプレミアムは最低でも36.02%、平均では42.09%だ。トヨタに当てはめると、最低でも82兆円、平均では85兆円を超える資金が必要になる。2018年6月に完了した米AT&Tによる米タイム・ワーナーの買収総額は850億ドル(約12兆7000億円)なので、その6倍を超える超巨額案件となる。

実現すれば世界でも最高額となる買収だが、これだけの資金を創業家に融資できる金融機関やファンドは存在しない。豊田家によるMBOは、まず不可能だ。トヨタのMBOにここまで巨額の資金が必要なのは、発行株式数が多いことに加えて、創業家の持ち株比率が極端に低いからだ。

では、筆頭株主ならどうか。現在、トヨタの筆頭株主は日本マスタートラスト信託銀行で、持ち株比率は11.4%。これなら10%の株式を追加取得すれば、豊田家は筆頭株主になれる。市場で買い入れれば6兆1490億円で、国内では過去最高の武田薬品工業によるアイルランドのシャイアー買収の6兆2000億円に並ぶ。MBOならば8兆5000億円が必要で、国内最高額を更新する。

しかし、筆頭株主とは言え、この程度の持ち株比率では、少数株主やアクティビスト(物言う株主)からの影響を避けることはできない。豊田家としては、従来通り社内の人事権を掌握することで経営を動かし続けるしか、創業家支配を守る方法はなさそうだ。

文:M&A Online