前回に引き続き、ブランドビジネスに35年間携わってきた櫻庭充氏へのインタビューをお届けする。ファッション業界を中心に、ブランドビジネスにおけるM&Aやそのリスク、今後ブランドビジネスが向かっていくであろう展望について伺った。
――ライセンシーがライセンサーを買収するケースはあるのか。
「外国ではわりとよくある。ファッション業界では、買収の対象はライセンサーの会社ごとまたは部門やブランド単位というパターン。食品業界だと会社の規模が大きいので、部門や事業単位でなされることが多い。日本では、バーバリーやアクアスキュータムなどと並ぶ英国王室御用達ブランドのダックスと三共生興が成功例だと思う」
三共生興は、1970年にダックスの日本国内でのライセンス生産をスタートさせ、長い間の友好関係をベースに1991年にダックスを買収、グループ傘下に取り込んだ。
ブランドビジネスを成功させるために重要である「パッション(情熱)の共有」や「カルチャー(文化)に対する愛着」が上手くいったケースといえるだろう。
一方、同じようにレナウンが1990年に英アクアスキュータムを買収したものの、ブランド戦略を間違えたのか、赤字が続き、最終的にはレナウン自身も経営不振に陥って2009年に同ブランドを売却している。その後、アクアスキュータムは2012年に経営破綻。同等のブランド力があっても、マーケティングや海外展開の手法を間違えると、その行く末は全く異なる。まるでクロスボーダーM&Aの難しさを物語っているようだ。
「80年代に日本の企業がフランスのファッション企業を買収したケースがあったが、成功した事例をあまり聞かない。言葉の壁だけでなく、労働環境、文化の違いに対応する人材が育っていなかったかもしれない」
「現在、フランスの中小企業は全体的に財政面が逼迫し、新たな投資を必要としている。特にファッションブランド企業は、製造をアウトソーシングし、自社が抱える正社員も比較的少ない。日本の企業にとって、買収のチャンスといえるかもしれない。しかし、派遣する人材、ブランド活性化のコスト、トータルの投資とボトムライン(収益)を考え、積極的に買収をする日本企業は少ないようだ」
――1980年代~2000年代は、ファッション業界でのライセンス契約やインポート契約も盛んで、ブランドビジネスに活発な動きがあった。今、こうした動きがあまりないのはなぜか?
「消費者が変わってきた。本当に付加価値があるものを見極めるようになって、より賢くなっているのでは? ただブランドがついているだけのものは、今の時代を生き残ってはいけない。企業側もそこを厳しくチェックしているから、動きが鈍くなっているのかもしれない。ただし、今は飽和状態でも、ブランドビジネスはなくなることはないだろう」
――ピエール・カルダン氏がブランドビジネスを始めた1960年代の第1ステージ、ブランドホルダーがマーケティング会社のようになっていった2000年代初めまでの第2ステージ、そしてブランドホルダーが自社で全てをコントロールする現在の第3ステージと移り変わってきたブランドビジネス。今後、具体的にどのような形で残っていくのか。
「これまでのような伝統的なライセンス契約ではなくなり、株を持ち合うなどビジネス・ファイナンシャル・パートナーとしてリスクを共有した形になる可能性は十分ありうる。その場合ももちろん、哲学やパッション(情熱)、カルチャー(文化)の共有は必要。これが欠けてしまうと上手くいかないだろう」
<ブランドビジネスの変遷>
第1ステージ | 1960年代~ | ブランドビジネスの創業期。 インポート商品とローカルライセンス商品が共存していた時代 |
第2ステージ | 1990~2005年頃 | マーケティングを通して、 ライセンサーとライセンシーの関係がより緊密化 |
第3ステージ | 2006年頃~現在 | ブランド・コントロールによる直営店舗の出現。 提携や合弁事業の時代へ |
ブランド、特にファッションブランドは、原点を辿ればデザイナーとお針子さんらの手で作られてきたとても人間くさいものだ。だからこそ、人間同士の繋がりが一層重要で、ビジネス成功のカギを握るのもそこに尽きるのかもしれない。
取材・文:M&A Online編集部