【セブン&アイHD】なぜそごう・西武を再生できなかったのか?

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セブン&アイ・ホールディングス<3382>が2006年に2000億円超で子会社化した「そごう・西武」を売却することが明らかになった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う営業休止も響いたようだが、それは一過性の要因にすぎない。祖業のスーパーマーケットからコンビニエンスストアへの進出は大成功だった同社が、なぜ百貨店事業でつまずいたのか?

「業界下剋上」だったコンビニの百貨店買収

「コンビニが百貨店を飲み込んだ!」国内小売業に衝撃が走った。スーパーマーケットを祖業とし、コンビニエンスストアへの進出で躍進したセブン&アイが、小売業の「頂点」だった百貨店を買収したのである。この「業界下剋上」は動いた金額も大きかった。

ミレニアムリテイリング株の65.45%を保有する野村プリンシパル・ファイナンスから、5000万株を1311億円で取得。残りの株式も現金または株式交換で取得して完全子会社化。投じた金額は2000億円を超えた。この「世紀の買収」を主導したのは、セブン&アイ会長兼最高経営責任者(CEO)だった鈴木敏文氏。

鈴木氏はイトーヨーカ堂を創業した伊藤雅俊氏に引き抜かれて入社。1973年に周囲の反対を押し切り、コンビニチェーンのセブン-イレブンを展開する米サウスランドと提携。翌年に国内1号店を出店した。業績が伸び悩む親会社のイトーヨーカ堂を尻目に業績を伸ばし、鈴木氏はセブン&アイのトップとして巨大小売グループの指揮をとる。

鈴木氏が成功させたコンビニ「セブンイレブン」の1号店(同社ホームページより)

鈴木氏は「絶対に勝つ」と信じ込んでいた日本が天皇の玉音放送でひっくり返った少年時代の衝撃的な経験から、「社会は変化するから、適応していかなければならない」と常日頃から考えていた。コンビニ業への参入もスーパーが起こした流通革命も、いつかは「再びひっくり返る」との危機感から出た発想だった。

「百貨店立て直しは難しくない」と豪語していたが…

その後も鈴木氏はPOS(販売時点情報管理)によるマーケティングの導入や銀行業への参入など、新たな取り組みで国内小売業界をリード。そんな鈴木氏に飛び込んできたのが、大手百貨店チェーンのM&Aだった。ディール(取引)を持ち込んだのはミレニアムリテイリングの和田繁明社長(当時)。和田氏は西武百貨店に入社後、レストラン西武(現・コンパスグループ・ジャパン)の経営再建で頭角を現す。

バブル崩壊後の西武百貨店やそごうでの再建手腕を買われ、和田氏は両社が経営統合して2003年に発足したミレニアムリテイリングの社長に就任する。和田氏の最大の懸念は、2007年に予定していた株式上場後の安定株主探しだった。

そこで親交があった鈴木氏に出資を打診したところ「上場よりもセブン&アイとの経営統合の方が良いのではないか」とM&A話が持ち上がり、トントン拍子で交渉が進む。鈴木氏は小売業の「頂点」である百貨店経営を狙っていたのだ。

鈴木氏は1978年9月に「札幌松坂屋」の再建に乗り出し、1979年4月にはイトーヨーカ堂主導の「ヨークマツザカヤ」として再出発させた。1984年に米百貨店のJ. W. ロビンソンと提携して、ロビンソン・ジャパンを設立。1985年11月には埼玉県春日部市で1号店となる「ロビンソン春日部店」をオープンしている。しかし、あくまで単発的なものに過ぎず、全国に店舗網を持つ百貨店チェーンの買収は魅力的なディールだった。

セブン&アイに本格的な百貨店事業進出のチャンスが巡ってきた(そごう・西武ホームページより)

ミレニアム買収について鈴木氏は「世の中が変われば消費者心理も変わる。百貨店もスーパーも顧客の側に立って物を考えればよい。百貨店立て直しが難しいなんてことはない」と自信たっぷりだった。この「経営哲学」に基づき、デパート、スーパー、コンビニで同一価格という高級プライベートブランドの「セブンプレミアム」や「セブンプレミアムゴールド」を投入。商品自体は好評だったが、百貨店事業の業績は好転しなかった。

「小売の神様と呼ばれた鈴木氏ですら百貨店事業を立て直せないのか」。株主は失望し、「不採算事業の百貨店からは手を切るべきだ」との声が日増しに高まった。それでも鈴木氏は「セブン-イレブンはイトーヨーカ堂の創業者から、セブン銀行はメインバンクのトップからも反対された。前例がないことは、みんな反対するのだ」と意に介さなかった。

百貨店買収の失敗がカリスマ経営者の「命取り」に

しかし、百貨店事業の業績が好転することはなかった。2009年8月に持株会社的な役割を果たしていたミレニアムリテイリングと事業会社のそごう、西武百貨店が合併して現在の「そごう・西武」となる。同月に「そごう心斎橋本店」を閉店。土地と建物は隣接するJ.フロントリテイリングに売却され、「大丸心斎橋店北館」となった。

同9月に「西武札幌店」、2010年12月に「西武有楽町店」、2012年1月に「そごう八王子店」、2013年1月に「西武沼津店」「そごう呉店」を相次いで閉店。赤字店舗を閉鎖する縮小均衡を目指したが、「そごう・西武」のブランドイメージを毀損(きそん)するばかりで百貨店事業の状況は悪化する一方だった。

鈴木氏がコンビニ、百貨店に続く新業態として目をつけたオムニチャネルを実現するため、2014年1月に約120億円のTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化したカタログ・インターネット通販のニッセンホールディングスも赤字が続いた。

大型買収による二つの新規事業が相次いで「大ゴケ」したことで、鈴木氏の足元も揺らぎ始める。2016年2月に、鈴木氏は井阪隆一セブン-イレブン・ジャパン社長の退任を求めたが、同3月に開いた取締役候補指名・報酬委員会で同社の業績が好調なことを理由に反対され、取締役会での社長解任案提出にまでもつれこんだ。そこでも賛成が過半に達せず、逆に鈴木氏が会長兼CEOの座を追われることになった。

この時に「お荷物」となっていた百貨店事業の売却がスタートしたと言っていいだろう。鈴木氏の退任以降「そごう・西武」店舗の閉店や同業のエイチ・ツー・オー リテイリングへの譲渡が一気に進む。2021年9月には「そごう・西武」が「西武池袋本店」の不動産管理会社セブン&アイ・アセットマネジメントを吸収合併し、業界では「セブン&アイの百貨店事業撤退は時間の問題」と囁かれ始めた。

「脱小売」という変化についていけなかった

これは1991年のピーク時に比べると半分以下に落ち込んだ百貨店市場に魅力はなく、「そごう・西武」の企業価値は所有する不動産しかないという「見立て」から。つまり不動産管理を「そごう・西武」に戻したことで、ようやく買い手がつくということだ。

実はこの「見立て」こそが、セブン&アイによる「そごう・西武」買収失敗の原因を示唆している。一言でいえば、鈴木氏は「小売」の枠組みから出ることができなかったのだ。鈴木氏の百貨店再建案を大雑把に言えば「百貨店並みに高級な商品を、スーパーやコンビニよりも少し高い価格で売れば消費者がついてくる」という価格戦略。しかし、百貨店の消費者はついてこなかった。

鈴木氏の持論通り、世の中の変化は激しい。すでに百貨店は「小売」で利益が出る時代ではなくなっていたのに「モノを売る」ことにこだわった結果、再建に失敗したのだ。百貨店業界では都市の一等地にある店舗を再開発してオフィスビルを併設、その家賃収入で収益をあげるビジネスモデルへシフトしている。

そごう・西武の百貨店事業は売却後に生き残ることができるか?(同社ホームページより)

もしセブン&アイが「そごう・西武」の再建を目指すのなら、真っ先に「西武池袋本店」などの優良物件を一旦閉店し、行政を巻き込んで大規模な都市再開発に乗り出すべきだった。時代は「小売の神様」と絶賛された鈴木氏を、とうの昔に追い抜いていたのである。

セブン&アイは買値と同じ2000億円前後での売却を目指すという。「そごう・西武」の所有不動産に、それだけの価値があると認められるかどうかがカギになる。「アクアシティお台場」の三菱地所や「ららぽーと」の三井不動産など、大型商業施設を展開する不動産会社が入札に参加する意向を示しているという。

セブン&アイは2月中に第1回目の入札を実施する。おそらく買い手に同業者の姿はなく、不動産会社と投資ファンド、あとはせいぜいヨドバシカメラやビックカメラといった大手家電量販店ぐらいだろう。バブル期には百貨店業界を席巻した「そごう・西武」にとって、淋しい幕切れになりそうだ。

関連年表

2006年
2月 ミレニアムリテイリングがセブン&アイHDの子会社となり、6月の株式交換で完全子会社となる
2009年
8月 そごうを存続会社として、ミレニアムリテイリングと西武百貨店を吸収合併し、「そごう・西武」に社名変更。そごう心斎橋本店を閉店
9月 ロビンソン百貨店を吸収合併。西武札幌店を閉店
2010年
12月 西武有楽町店を閉店
2012年
1月 そごう八王子店を閉店
2013年
1月 西武沼津店、そごう呉店を閉店
3月 ロビンソン春日部店、同小田原店を「西武」ブランドへ転換
2014年
11月 グランツリー武蔵小杉(川崎市)に「西武・そごう」武蔵小杉SHOP開店
2016年
2月 西武春日部店を閉店
5月 そごう・西武の買収を主導した鈴木敏文セブン&アイHD会長兼CEOが退任し、同社名誉顧問に就任
9月 そごう柏店、西武旭川店を閉店
10月 セブン&アイHDが阪急阪神百貨店を展開するエイチ・ツー・オー リテイリングとの資本業務提携に合意
2017年
2月  西武筑波店、西武八尾店を閉店
10月 エイチ・ツー・オー がそごう神戸店、西武高槻店の2店舗を会社分割で買収
2018年
2月 西武船橋店、西武小田原店を閉店
2019年
8月 「そごう・西武友の会」を廃業
9月  西武所沢店を専門店テナントを増やした「西武所沢ショッピングセンター」としてリニューアル
10月 旧そごう神戸店、旧西武高槻店が神戸阪急、高槻阪急としてオープン
2020年
6月 西武東戸塚店を「西武東戸塚ショッピングセンター」に改称、直営売場を廃止して全館テナントに。
8月 西武岡崎店、西武大津店、そごう西神店、そごう徳島店を閉店
2021年
2月 そごう川口店を閉店、西武福井店新館を閉鎖
9月 そごう・西武が西武池袋本店の不動産管理会社セブン&アイ・アセットマネジメントを吸収合併
2022年
1月 セブン&アイHDが、そごう・西武を売却する方針が明らかに


この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。

文:M&A Online編集部

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