(後編)不適切会計と粉飾決算の違いとは?

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大企業で不祥事が相次いで発覚しているが、中小企業ではどうだろうか。M&Aを実行する際、事前に財務デュー・ディリジェンスを実施することで不正の抑止力となると専門家は指摘する。

財務DDを行うメリットとは

 M&Aにより企業などを買収する際、一般的には、買い主は売り主に対して、事前に財務デュー・ディリジェンス(Due Diligence。以下DD)を実施する。買い手は売り手からさまざまな情報を資料やインタビューなどにより入手しているが、会ったばかりの売り手が提示する情報が事実かどうか、十分に信頼できないからだ。そのため、財務DDでは、外部の第三者に依頼して調査する。

 財務DDでは、売り主の決算書を入手し、その内容が妥当かを調査するほか、そこに反映されていない重要事項の有無なども検証する。それにより、最終的に買収しても良い会社かどうか、また、問題点がないかを確認する。M&Aは結婚に例えられることがあるが、財務DDは、いわば結婚前の身辺調査のようなものである。なおDDは財務に限らず、法務、労務、事業自体などに対して実施することもある。

 財務DDは法律的に義務付けられている手続きではないため、財務DDを実施するかしないかは、あくまで買い主の判断による。しかし現行のM&A実務では、財務DDはほとんどの案件で実施されていると思われ、財務DDを行うことのメリットの大きさがうかがえる。そして、そこには、実際の調査時に新事実が発見されること以外のメリットもあると推察される。

 仮に財務DDを行わないとしよう。買い主は、M&Aの判断材料として、売り主が提供する資料や口頭による説明に頼ることになる。不利な情報を語りたくないのは人間の心情だ。売り主は自社に有利な情報ばかりを語り、不利な情報は売り主に伝わりにくい。

 だが、最終的に財務DDが実施されると分かれば、売り主は買い主に対して、できるだけ真実の情報を提供しなければならないという意識が働く。なぜなら、財務DD実施後に事前の説明と異なる内容があれば、売り主は買い主に対してうそをついたことになるからである。うそをつく人間を信用はできない。日常生活ではもちろん、ビジネスでもそれは同様だ。これから結婚しようという段階で相手がうそをついていたことが分かれば、破談になる可能性も高くなる。

粉飾が見つかったら破談になるのか

 では、M&Aを検討する過程で「不正会計」「粉飾決算」といった「不適切会計」が見つかった場合、破談の原因になるのだろうか。

 私の経験上、「不適切会計」は、中小企業の決算書にはつきものである。程度の差はあるが、会計監査で要求される水準で厳密に検討する場合、中小企業の決算書が、いわゆる日本で一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principle)に完全に準拠しているケースは、ほぼ無いと認識している。00年前後の会計ビッグバンを契機に、日本GAAPは大きな変貌を遂げ、それ以前の法人税法にのっとった会計処理からの乖離(かいり)傾向が顕著となった。日本GAAPにのっとった会計処理を行うためには、それ相応の事務負担が発生する場面も多く、事務負担能力が相対的に低い中小企業が、GAAPに準拠した適切な会計処理を行うことは簡単ではない。

 そのため、買い主も「不適切会計」の存在自体は当然のこととして受け止めながら交渉を進めていくことになり、財務DDでも「不適切会計」が存在するかどうかはあまり重要ではない。

 では「不正会計」「粉飾決算」はどうか?

 誤解を恐れずに言えば、M&Aの過程で「不正会計」「粉飾決算」の存在が発覚しても、必ずしも重要な問題になるとは限らない。なぜなら、M&Aで最も重要なのは将来であり、過去ではないからだ。

 過去の行為について、お互いが納得して受け止めることができる内容であれば、解決不能な問題とはならない。ただし「不正会計」「粉飾決算」は意図的な行為になるので、なぜそのようなことになったのか、売り主は情報を開示して買い主に説明することが重要であり、その程度が買い主にとって許容範囲内であることが前提になる。

 東芝問題を巡る報道は、「不適切会計」=善悪不明、「不正会計」「粉飾決算」=悪という位置付けがなされていたように感じる(ここでの善悪は、法律用語としてではなく、道徳的意味である)。しかしながら、悪の度合において、「不適切な会計処理」<「不正会計」「粉飾決算」という定義がある訳ではない。主観的にはなるが、故意であっても仕方ないと許容されるものもあれば、故意でなくても、結果的に重要な悪影響をもたらすものもある。

 会計処理に限った話ではないが、同じ事実があったとしても、人によって受け取り方はさまざまだ。それをどのような言葉で表現するかはもちろん重要だが、M&Aの実務に関わる公認会計士の立場から言えることは、実際に何をしたのか、事実を明らかにすることの方が重要だということである。

文:新井康友(公認会計士・税理士・行政書士)

関連リンク
(前編)不適切会計と粉飾決算の違いとは?
「不正の概念とリスクへの対応」