【専門家に聞く】介護業界のM&A最新事情(3)

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株式会社高齢者住宅新聞社 代表取締役社長 網谷 敏数氏

介護業界ではM&Aが盛んに行われているようだ。損保ジャパンによるワタミの介護事業買収などM&Aの実例について高齢者住宅新聞社の網谷敏数社長に伺った。第3回目。前回の記事はこちら

これからもっと異業種参入によるM&Aが盛んになる

――介護業界ではM&Aが盛んに行われているようです。実際にどのような売買がなされていているのでしょうか。

 これまでもM&Aは毎年のように実施されてきましたが、近年は質が変わってきたように思います。以前は同業同士による吸収、統合が多く見られましたが、昨今は異業種の大手企業が既存の介護事業者を飲み込む「グループ・イン」のスタイルが目立つようになっています。これは、大手企業が本業の将来性を考えた上での行動と見ることができます。

 ご存知の通り、日本は少子高齢化により、既存のビジネスは先細っていく運命です。消費者が減るわけですから、保険でも流通でも、飲食でもあらゆる事業の先行きは明るくありません。そこで介護分野に進出して高齢者のマーケットの囲い込みや、既存顧客が高齢化するに当たり、介護サービスやそれを通じて本業のサービスを提供するなど、グループ内でいかに売り上げを完結させるかが課題と言えます。ブランド戦略的にも有効でしょう。

 ただ一方で、今後の介護報酬改定でもプラスに転じることは考えづらく、そうなれば介護業界大手でも収益の悪化は否めません。その時に、既存の介護事業者だけではなく、異業種の大手企業が介護業界に参入すれば、収益性の大幅なアップとはいかなくとも本業との相乗効果で新たな収益構造の構築の可能性もあり、これまでの介護保険依存度の高い体質を改善することができるかもしれません。内閣や厚労省、さらに国の財布を預かる財務省も言葉には出していませんが、M&Aを通じて異業種大手がプレイヤーになることに期待を寄せているのではないでしょうか。

 今までは介護専業の会社がマーケットのほとんどを占めていましたが、資金を潤沢に持つ異業種が入り、介護保険適用外のサービスを提供することによって業界に広がりが生まれます。例えば家事や見守り、買い物代行、買い物支援、食事提供など挙げればキリがありません。既存の介護事業者が介護保険適用外の新たなサービスを導入しようとしても、多額の資金が必要ですし、ノウハウもありません。それが、異業種のM&Aによる参入で、スピーディーに行える可能性があるわけです。

損保ジャパンによるワタミの介護買収は、業界再編の第1幕

――最近の介護業界のM&Aをいくつか挙げていただけますでしょうか。

 直近の例では、「損害保険ジャパン日本興亜(以下、損保ジャパン)」<8630>による「ワタミの介護」買収が記憶に新しいところです。ワタミ<7522>は主業である居酒屋事業の不振により、好業績だった介護事業を売却せざるを得なくなった訳ですが、買収額は210億円にも上り、これほど大手企業同士のM&Aはレアケースでしょう。

株式会社高齢者住宅新聞社 代表取締役社長 網谷 敏数氏

 損保ジャパンは既に複数の介護会社へ出資を行っており、他の保険会社に比べると介護業界に精通していたと言えますが、これで本格的な進出を果たした格好になりました。ワタミの介護は食事がおいしいこと以外にも、入居者の自立支援としておむつゼロ、特殊浴ゼロ、経管食ゼロ、車いすゼロという「4大ゼロ」を推進するなど、特徴的な取り組みで注目されていましたから、損保ジャパンは、今後ブランディングをどうするのか興味深いところです。買収後のワタミの介護の新社名である「SOMPOケアネクスト」にブランドを切り替えるのか、4大ゼロなど標榜していた特徴をどうするのかなど、利用者ならずとも気になるところです。

 また、アパートの建築請負および入居者募集や監理などを総合的に手掛ける「大東建託」<1878>の動きも異業種参入事例として知られています。グループ会社でデイサービスを中心とした介護事業を行っていますが、15年11月、医療・介護事業を提供する「ソラスト」<6197>に100億円規模の出資を行い、資本業務提携を締結しました。グループ・インして、より介護事業に注力したいという戦略が垣間見えます。

「ソニーフィナンシャルホールディングス」<8279>もグループ内に介護専門の会社を持ち、これまでは一軒一軒老人ホームを新設してきましたが、13年には横浜市で介護付き有料老人ホームを運営する「シニア・エンタープライズ」の全株式を取得して完全子会社化、15年5月にも、同じく横浜市で介護付き有料老人ホームなどの運営会社を傘下に持つ「ゆうあいホールディングス」の株式14.5%を取得しています。

 これら大手企業によるM&Aの特徴は、潤沢な資金力を生かして数十棟以上の施設を持つ介護事業者を買収しているということ。ゆうあいであれば29棟、ワタミの介護は100棟以上を保有しており、スケールメリットを取りにいく戦略です。これらは双方の良好な関係性の中で実施されており、複数の施設を運営して伸びてきた介護事業者もいよいよ転換期を迎え、望んで大手の傘下に入るケースも多いのではないかと見ています。(次回に続く

取材・文:M&A Online編集部