なぜ民間シンクタンクのコロナ感染者予測は「大外れ」したのか?

alt
政府に報告された民間のシミュレーションをはるかに上回る感染拡大が続く(写真はイメージ)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第5波が、過去最大の感染者を出す「大惨事」となっている。しかし、政府が6月18日に公表した「民間の有識者等のシミュレーション」では、最悪の予測でも東京都の新規感染者数は「2797人」だったが、現実には8月5日に5042人に。なぜ、ここまで「大外れ」してしまったのか?

シミュレーションは「予言」ではない

その大前提として頭に入れておくべきなのは「シミュレーションは予言ではない」ということだ。シミュレーションではこれまでの新型コロナ感染のデータをよりどころに、想定される様々な条件ごとに新規感染者数を予測していく。

「計算ではこうなったが、こんなものでは済まないだろう」という主観的な「予想」はできない。その場合、「なぜ、この予想値になるのか」を客観的かつ定量的(物事の状態や変化などを数値化して分析)に説明できないからだ。

シミュレーションで重要なのは、想定される条件のうち何が決定的な影響をもたらすのかを明らかにし、より望ましい対応をするためのガイドラインとなることだ。つまり、シミュレーションの予測をあてにしてはいけないのである。

もちろん8月初旬に新規感染者が5000人を超えたのには、客観的かつ定量的な原因がある。ただ、シミュレーションを実施した時点では、その原因に当たるデータが見えなかったということだ。こうした事態は、シミュレーションでカネに糸目をつけない金融工学の世界でもあり得る。

問題はシミュレーションではなく、人間の判断

有名な事例では、1990年代に一世を風靡した米ロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)の運用失敗がある。LTCMは元連邦準備制度理事会(FRB)副議長やノーベル経済学賞受賞者などの超エリートが参加し、最先端の金融工学を駆使した資金運用で注目されたヘッジファンド。

1998年に「ロシア国債が債務不履行(デフォルト)を起こす確率は100万年にわずか3回」とするシミュレーション結果をもとに、すでに下落が始まっていた同国債への投資を実施した。しかし、デフォルトが現実のものとなり、同社は経営破綻した。

経営破綻の責任はシミュレーションではなく、最終的に意思決定を下した人間にある。想定外の事態を予想できるのは人間だけだからだ。現在の人工知能(AI)でも、過去に起こった現象の解析には威力を発揮するが、未来予測は極めて弱い。

京都大学の西浦博教授は7月21日に開かれた厚生労働省の専門家会合で、東京の新規感染者数について「8月7日に1日3000人を超え、21日には同5235人に達する」と報告していた。これは「専門家による判断」というシミュレーションにはない要素を盛り込んだからだ。「悲観的すぎる」と批判された西浦予測だが、現実には予測よりも早く5000人を突破した。

東日本大震災でも「1000年に1度の大津波」を想定して発電所敷地を14.8mにかさ上げした東北電力女川原子力発電所と、そうした想定は「まだ十分な情報がない」と判断した東京電力福島第1原子力発電所で明暗が分かれた。

これもシミュレーションではなく、それを受けた人間側の判断と行動の問題だ。コロナ禍もシミュレーションの「当たり」「外れ」が問題ではなく、政府や自治体、企業そして国民が提示された予測から何を読み取り、どのように判断し、行動に移すのかが問題なのだ。

文:M&A Online編集部

関連記事はこちら
ワクチンは「決定打」にならずーコロナといかに向き合うべきか?
追い詰められた菅政権、残る選択肢は「パラリンピック中止」か?