特殊能力をもつ少女が見た、現代社会の歪みとは『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』

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© Institution of Production, LLC

“次世代のタランティーノ” アミリプール監督が描く、かつてないヒーロー像

古今東西、物語に登場するヒーローの多くは、何らかの特殊能力を持っている。たとえば、人間離れした知識やスキルを持っているとか、超人的な姿に変身できるとか、魔法や超能力が使えるとか……。

映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』(11月17日公開)は、血に染まったような赤い月の夜、突如“他人を自由に操る”という特殊能力に目覚めた少女と、混沌とした社会でもがく人々の物語だ。

監督は「次世代のタランティーノ、現る!」と称される、アナ・リリ・アミリプール。長編映画監督デビュー作の『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~』がサンダンス映画祭で絶賛され、監督第2作目の『マッドタウン』は、ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞した。本作が第3作目となる。

特殊能力をもつ少女、モナ・リザを演じるのは、『バーニング 劇場版』や『ザ・コール』などに出演し、本作でハリウッドデビューを果たした韓国人俳優、チョン・ジョンソ。ポップでエキサイティングな映像に魅せられ、惑わされるうちに、心が次第に解放されていく――。現状から一歩踏み出したいあなたに、ぜひ観てほしい作品だ。

<STORY>

12年もの間、真っ白な壁に囲まれた精神病院の一室に隔離されていた少女、モナ・リザ(チョン・ジョンソ)。不穏な赤い満月の夜、彼女は突如として立ち上がり、“他人を自由に操る” 特殊能力に目覚めた。

自由と冒険を求めて施設から逃げ出したモナ・リザは、サイケデリックな音楽が鳴り響く、刺激と快楽とネオンの街・ニューオーリンズにたどり着く。

この街でモナ・リザは、シングルマザーでポールダンサーのボニー・ベル(ケイト・ハドソン)と出会う。社会にうまく適合できず、自分をコントロールできないモナ・リザに、ボニーはやさしく手を差し伸べ、食事をごちそうし、11歳の息子チャーリー(エヴァン・ウィッテン)のいる自分の家で一緒に暮らそうと提案する。

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一緒にご飯を食べたり、洗濯や買い物をしたり、日々の生活を共にしながら、ボニーやチャーリーとの交流を深め、抑圧されていた感情を少しずつ取り戻していくモナ・リザ。しかしボニーは、モナ・リザの特殊能力を利用するため、ある計画を考えていた……。

ニューオーリンズの街が映し出す、人々の生き様と自由への渇望

本作の魅力は、登場人物たちの個性際立つキャラクターと、それぞれの“生きることへの執念”だ。

精神病院から脱走し、警察に追われながらも、自らの特殊能力を駆使して、自由を求め続けるモナ・リザ。

息子との生活費を稼ぐため、ポールダンサーとして日々、戦場ともいえるストリップ劇場で、金払いの悪い客たちを相手に、派手なメイクと衣装を武器に戦い続けるボニー。

そして、幼いながらも聡明で正義感が強く、自分の人生や母親への複雑な感情を抱えているチャーリー。

この3人だけでなく、モナ・リザをどこまでも追跡する巡査ハロルド(クレイグ・ロビンソン)や、モナ・リザに恋をする自称DJのファズ(エド・スクライン)など、それぞれの人物像がていねいに描かれ、ダークでミステリアスな世界に、人間的な味わいを添えている。

また、舞台であるニューオーリンズの街も、本作において重要な役割を果たしている。アメリカ合衆国ルイジアナ州の最大都市であるニューオーリンズ。この街でかつて暮らした経験をもつアミリプール監督は、本作のインスピレーションを得たきっかけをこう語る。

「すべてのアイディアは、ニューオーリンズの沼地と、その上に浮かぶ月から生まれました。ニューオーリンズに降り立ったとき、何かピンと来ましたね。原始的で、クレイジーでカラフル、エレクトリックな場所です」

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多種な木々が生い茂るニューオーリンズの沼地、夜空に煌々と輝く月、さまざまな思いや背景を抱えた人々が交錯するエネルギッシュな都市部。この街は、カオスな現代社会の冒険を描くうえで、絶好の舞台なのだ。

人が生きるうえで重要な“相手の心や行動を促す”スキル

「もしも特殊能力が持てるなら、何がいいか」という問いを、子どものころから度々考えることがあった。その時が来たら、予知能力かテレパシーか、どちらかを選ぼうと思っていた。しかし、本作でモナ・リザが持つ“他人を自由に操る”能力が選択肢にあるのなら、もう、これしかないよね、と確信した。

なぜなら、人の心や行動を思い通りに促すことは、社会を生きるうえで、もっとも重要なスキルだからだ。どれだけお金を積んでも、どれだけ脅しても、人はそう簡単に、思い通りには動いてくれない。

モナ・リザというキャラクターを生み出した経緯について、イラン系アメリカ人という背景をもつアミリプール監督は、こう述べている。

「アメリカで育った私は、よそ者であることを常に自覚していました。自分の本当の居場所はどこなのだろうと、いつも考えていて、そんな子ども時代の私に力を与えてくれたのは、ファンタジー映画に登場するヒーローでした。彼らを見ると、自分の存在を理解してくれていると感じ、自由を求める気持ちがさらに強くなります。そんなヒーローを自分でも描きたいという欲求から、モナ・リザというパワフルで超自然的な能力を持つキャラクターが生まれました」

どんなに困難な状況でも、恐怖を感じることなく、他人の行動をコントールできるモナ・リザは、確かに最強のヒーローだ。

しかし、相手に寄り添い、気持ちに共感し、コミュニケーションを重ねていけば、特殊能力を使わなくても、互いにわかり合うことはできるはずだ。

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アミリプール監督が生み出した新しいヒーローは、名前のイメージとは裏腹に、そんなに簡単に微笑んではくれない。しかし、生まれたばかりの赤ん坊のような視点で世の中を捉え、歪んだ現代社会の課題を鮮烈にあぶり出していく。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

<作品データ>
タイトル:『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』
原題:Mona Lisa and the Blood Moon
監督・脚本:アナ・リリ・アミリプール
出演:ケイト・ハドソン、チョン・ジョンソ、クレイグ・ロビンソン、エド・スクライン、エヴァン・ウィッテン
2022年/アメリカ/英語/106分/カラー/ビスタ/5.1ch/字幕翻訳:高山舞子/G
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
2023年11月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開
公式サイト:https://monalisa-movie.jp
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