コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収提案にみる買収防衛策の役割

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Twitter by Howard Lake

TwitterのShareholder Rights Plan

コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収提案にみるM&Aの役割」で触れたように、電気自動車大手のTeslaのCEOであるElon Musk(イーロン・マスク)氏がSNS大手のTwitterに買収提案を行い、Twitterがこれを受け入れたことが話題となっているが、マスク氏が2022年4月14日、Twitterに1株あたり54.20ドル(約440億ドル)で最終的な買収提案を行ったところ、Twitterの取締役会は「買収防衛策」を検討し、翌日、満場一致で期間限定の「Shareholder Rights Plan(いわゆる「ポイズンピル」)」を採用したと公表した。

Twitterのポイズンピルは、以下のとおりである。

・すべての株主がTwitterへの投資の完全な価値(the full value of their investment in Twitter)を実現できるようにすることを目的としている
・いかなる企業、個人、グループによる、すべての株主に適切なコントロールプレミアムを支払うことがなく、あるいは取締役会が十分な情報を得た上で判断し、株主にとって最善の行動を取るための十分な時間を与えることがない公開市場での買い集め(open market accumulation)を通じてのTwitter支配権の獲得可能性を低減させる
・取締役会がTwitterとその株主にとって最善の利益(the best interests of Twitter and its shareholders)であると判断した場合には、当事者と関わりを持ったり、買収提案を受け入れたりすることを妨げるものではない
・類似の状況にある上場会社が採用している他のプランと類似している
・法人、個人、グループが取締役会の承認がない取引でTwitterの発行済み普通株式の15%以上の実質的所有権を取得した場合には、権利行使可能になり、所有権のトリガーとなる閾値を超えたことにより権利行使が可能となった場合には、各権利はその保有者(ライツプランのトリガーとなった個人、事業体、グループを除く)にその時点の行使価格で、権利の行使価格の2倍の市場価値を持つ普通株式を追加購入できる権利を与えるもの
・2023年4月14日に失効する

米国における買収防衛策

米国の「買収防衛策(Takeover defenses)」は、望ましくない買収提案の進行を妨げる(slow down an unwanted offer)、または、買収者が買収対象会社の取締役会に買収防衛策を撤回させるために提案価格を引き上げざる(raise the bid)を得なくなるように設計され、正式な買収提案を受ける前に実行されるものと提案を受けた後に実行されるものに分類される。

買収提案前の買収防衛策は、望ましい買収提案を受けた場合に、買収対象会社が追加的な買収防衛策を導入するための時間を確保(firm time to erect additional defenses)し、会社支配の変更を遅らせるために用いられる。その代表が「ポイズンピル」であり、買収対象会社にとって望ましくない投資家を除く既存の株主に対して、その時点の株価を下回る権利行使価格で買収対象会社の株式を取得する権利を付与するものである。当該権利は、配当の一種として付与され、配当に関する事項は通常、買収対象会社の取締役会は決定権があるため、株主総会決議によることなく、買収提案の受領前後いずれでも実行が可能である。米国では、1985年のデラウェア州最高裁判決(Moran v. Household事件)がこれを承認したため、それ以降、多くの会社で採用され、2020年には、パンデミック市場によって急落した株価が敵対的買収を引き起こすことを懸念し、100社近くが採用した。

Twitterの「ポイズンピル」は、敵対的買収者がTwitterの普通株式の15%以上を公開市場内買付けした場合に、Twitterが既存の株主に対して、権利行使価格を支払うことによって、権利行使日におけるTwitterの株価を基準として、権利行使価格に2倍を乗じた金額に対応する株数の株式を購入することができる権利を付与するものである。Twitterが4月18日に米国証券取引委員会(SEC)に提出したFORM 8-Kによると、Twitterは4月25日時点の株主に対して、所有する普通株式1株につき1,000分の1の優先株を210ドルで購入する権利を付与しているため、各株主は210ドルを支払い、その2倍のその時点の市場価値(420ドル)を持つ株式を購入することができる。一方、権利行使により新たに株式が発行されるため、敵対的買収者は、保有する持分が希薄化する。

例えば、マスク氏が1株あたり45ドルの株価でTwitterの株式の15%を公開市場内買付けした場合に、Twitterはマスク氏を除くすべての株主に9つの新株(420ドル/ 45ドル)を購入する権利を付与するが、2022年2月10日の時点でTwitterの発行済み普通株式は800,641,166株であるため、マスク氏を除く株主に属する680,544,991株があるところ、非買収者の株主は、6,124,904,919(680,544,991 x 9)の追加株式を合計6,805,449,910株購入することができるが、マスク氏が保有する持分は発行済み株式の15%(120,096,175 / 800,641,166)から2%(120,096,175 / 6,925,546,085)に希薄化される。

なお、ポイズンピルは一般的に、取締役会が廃止する権限を有するため、「シャークリぺレント」の一種である「任期別役員選任制度(staggered board election)」と一緒に使用すると、敵対的買収者は取締役選任投票に2回連続で勝利しないとポイズンピルを排除することができず、最大の効果を発揮すると考えられている。

一方、望ましい買収者の買収提案後にも追加的な買収防衛策の採用が可能であるが、その代表が「ホワイトナイト」である。「ホワイトナイト」は、文字どおり、より適切な買収者と考えられる別の会社(白馬の騎士)を探すことである。もっとも、米国では、取締役会が会社の売却を決定した場合には、合理的に達成可能な最も高い提案価格を得る努力をする義務(レブロン義務; Revlon duty)が発生するため、たとえホワイトナイトを勧誘したとしても、買収者がホワイトナイトよりも高い価格を提案した場合には、効果が乏しい。

Twitterの「ホワイトナイト」については、テクノロジー・アナリストを務めるWedbush securitiesのManaging DirectorであるDan Ive氏が「ホワイトナイトがマスク氏の敵対的買収を回避するTwitterの唯一の希望(only hope)かもしれない」と述べ、一部メディアでは、ホワイトナイトとして、デジタル決済会社であるPayPal、ソフトウェア会社であるOracle、ヘッジファンドでありTwitterの株主であるElliott Investment Managementが噂されたが、現れることはなかった。

なお、「訴訟」は、それによって買収が阻止されることはほとんどないが、「ディスカバリー(discovery)」プロセスを通じて買収者に関する情報が明らかになるため、買収対象会社はより多くの買収防衛策を講じる時間を得る(gain time to erect more defenses)ことができる。

米国における経営陣の抵抗とコーポレートガバナンス

買収防衛策は一般的に、コーポレートガバナンスの観点から、冷ややかな目で見られている。なぜなら、経営陣保身仮説(Management entrenchment theory)、すなわち、買収防衛策は現経営陣が自身の利益のために行動しているという考えがあるからである。機関投資家や議決権行使会社が原則としてポイズンピルに反対しているのはこれが理由である。

しかし、買収防衛策よって買収価格が上がる場合には、株主は買収防衛策から利益を得ることができるかもしれない。これは株主利益仮説(Shareholder interests theory)と呼ばれ、近年の実証研究では、これを支持するものがある。例えば、買収防衛策を導入している買収対象会社が受ける提案価格は、無防備であった場合よりも高くなる可能性が高い傾向があるとの研究や、買収防衛策を導入した場合には、買収に対する抵抗の度合いによって、株主はより高いプレミアムを実現することができるとの研究などがある。Twitterのポイズンピルも、“Shareholder” Rights Planであり、その内容も「すべての株主のTwitterへの投資の完全な価値」や「Twitterとその株主にとって最善の利益」など株主の利益が意識されている。すなわち、米国では、M&Aに対する経営陣の抵抗は、望ましくない買収提案の進行を妨げるというよりもむしろ、追加的な買収防衛策を導入するための時間を確保し、株主の利益のために買収価格を上げるための良い交渉戦略(good bargaining strategy)であるという考えがある。

それゆえ、Twitter経営陣の対抗には、批判的な見解もある。なぜなら、前述のように、米国では、取締役会が会社の売却を決定した場合には、レブロン義務が発生するため、買収候補者を差別することはできないが、Twitterの取締役会はその義務はないため、導入済みの任期別役員選任制度によって、ポイズンピルを廃止し、友好的な取引を交渉することができる取締役が選出されるまで「just say no」できたからである。

アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」で触れたように、わが国も敵対的買収や買収防衛策が増加し、かかる防衛策が法的に許容されるか司法で争われるケースが急増し、今後は、なぜ敵対的買収者はその判断にあたって議決権を行使できないのか、すなわち、なぜ敵対的買収者を除く株主の判断が優越すべきなのかについて議論が深化すると思われるが、買収防衛策という内部システムがよりよいガバナンスにどのような影響を及ぼすか注目したい。

【参考文献】

Gordon, Jeffrey N. (2022) The Twitter Board Bears Personal Responsibility for a Bad Outcome in the Twitter Sale, Colum. L. Sch. Blue Sky Blog (May 5, 2022).

Liu T, Mulherin J.(2018)How has takeover competition changed over time? Journal of Corporate Finance, 49: 104–119.

文:吉村一男