M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(中)

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米国デラウェア州における敵対的買収防衛策の適法性に関する判断枠組み

米国デラウェア州の判例法は日本の判例法と異なり、買収防衛策の導入・発言を「取締役会」のみで決するが、買収防衛策の適法性はどのように判断しているか。

その概要は既に触れたが、米国デラウェア州の判例法は、リーディングケースである1985年のUnocal事件最高裁決定において、「脅威(threat)」、すなわち、「取締役会が会社の政策もしくは機能に対する脅威が存在したと結論付けるための合理的な根拠があるか否か」と、「相当性(proportionality)」、すなわち、「取締役会による買収防衛策が脅威に対して合理的なものであるか否か」をクリアした場合には、買収防衛策が適法となる(「M&A法制を考える 反アクティビスト・ピル(The Anti-Activist Pill)の許容性

日本の判例法は、リーディングケースである2007年のブルドックソース事件最高裁決定において、「必要性」、すなわち、「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値が毀損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されるか否か」と「相当性」、すなわち、「敵対的買収者に過度な不利益を課すものではないか否か」をクリアした場合には、買収防衛策が適法となるが、これと比較すると分かりやすい参照)。(「M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(上)」参照)。

もっとも、「脅威」の存在は、外部の法律専門家および金融専門家のアドバイスに基づき、誠実義務(good faith)、すなわち、会社のために最善を尽くす義務を負う独立取締役で構成される委員会で認定されることによって強く推認される。また、「脅威」に該当する強圧性は、買収手法が一般株主に売り急ぎを強いるような「構造的強圧性(structural coercion)」と、買収提案が「企業価値」を過小評価する「実質的強圧性(substantive coercion)」の2つの主たる形態があることを認めている。これは日本の判例法にはないデラウェア州判例法の特徴といえるかもしれない。

「実質的強圧性」とは

デラウェア州の判例法で認められた「実質的強圧性」は、どのような強圧性か。

「構造的強圧性」と「実質的強圧性」の区別を最初に明らかにしたコロンビア大学のRonald J. Gilson教授とハーバード大学のReinier Kraakman教授は、1989年の論文でこれを「株主が自主的に割安な提案(an underpriced offer)に応じる」強圧性という。

また、「経営陣が自社、買収市場、あるいは経営陣自身について知っていれば、買収者の提案条件を受け入れないであろう株主の間違い(a mistake by target shareholders)」を想定しているという。

そして、実質的強圧性といえるためには、以下の2つの要素が必要であるという。

・経営陣は、敵対的買収提案よりも高い会社の予想市場価格(an expected market price for the company)を提示できなければならない(買収提案が不十分であるという経営陣の主張が正しくなければならない)
・それにもかかわらず、株主の過半数が、経営陣は約束を守らないだろうと考えていなければならない

第一の要素がなければ、構造的に強制力のない提案に応じる株主は過ちを犯したことにはならず、第二の要素がなければ、株主は経営陣を信じ、割安な提案を拒否することになる。すなわち、実質的強圧性は、誠実な経営者(faithful managers)が懐疑的な市場(a skeptical market)を安心させることができない場合にのみ発生しうるという。

「実質的強圧性」に関する裁判所の判断

この「実質的強圧性」は、裁判ではどのように判断されてきたか。

米国では、1970年代から1980年代にかけて、敵対的買収の嵐が吹き荒れていたため、弁護団は「ポイズン・ピル(Poison Pill)」を開発し、考案者であるMartin J. Lipton弁護士は当時、「取締役は、市場より割高だからといって買収提案に応じる必要はない」と主張していたが、アカデミックの世界では、市場価格(market price)を上回る買収提案があれば、それ自体が望ましいことであり、買収を阻止するための取締役会の行動は、最も厳格な司法審査を受けるべきであるとされていた。

しかし、1985年のUnocal事件において、デラウェア州の最高裁判所は、この考え方を否定し、買収者の提案価格(1株当たり54ドル)とそれまでの市場価格(44ドルより高い価格で取引されたことがない)の間に大きな隔たりがあったにもかかわらず、「ユノカルの価値(the value of Unocal)は、提案された1株当たり54ドルを実質的に上回っている」という取締役会の判断を尊重した。

その後も、買収の提案が事前の市場価格を上回っている場合でも、提案価格が不適切であるという取締役会の意見に基づいて、「脅威」を構成することができるとしたケースが相次いだ。例えば、1995年のTime事件において、最高裁判所は、買収者の提案がTimeにとって「脅威」であるというTimeの取締役会の結論を「取締役会が誠実にその株式の現在価値と考えるもの」との理由で支持した。同様に、同年のUnitrin事件において、最高裁判所は、Unitrinの取締役会が「Unitrinの株式は現在の水準で市場から過小評価されている」と判断したことに触れ、その推定に照らして、市場価格に対して大きな買収プレミアムがあるにもかかわらず、買収者の提案は「脅威」をもたらすとした。

ここで最高裁判所は、1898年のGilson教授とKraakman教授の論文から用語を借用し、不十分な提案によってもたらされる「脅威」を説明するために「実質的強圧性」という用語を使用した。

このUnocal事件以降の一連の訴訟は、2011年のAirgas事件の判決で頂点に達し、過去20年間でおそらく最も注目を集めた闘争となった。Air Productsは、それまで40ドルから50ドル台で取引されていたAirgasに1株当たり70ドルの買収を提案し、Air ProductsはAirgasの取締役会に3人の取締役を選出することに成功した。しかし、Airgasの取締役会は、Air Productsの申し出は「明らかに不十分」であると判断し、何度も申し出を拒否した。Airgasは、Air Productsを撃退するためにポイズン・ピルを使用し続けたが、Air Productsは、このピルの使用継続に異議を唱え、訴訟を起こした。

最高裁判所は、「デラウェア州企業の取締役は、市場がその株式を過小評価していると判断し、現在の経営計画の下での企業の長期的価値を反映しない提案から株主を保護する特権を有する」という基本的命題を繰り返し、Airgas取締役会の買収防衛策を支持した。

そして、Airgas取締役会の買収防衛策を支持するに当たっては、独立委員会がAirgas取締役会の長期的価値創出戦略の観点からするとAir Productsの提案価格は低すぎるとの結論を支持する3件もの異なった金融専門家の意見を重視した。

なお、2011年に1株当たり70ドルの敵対的買収を撃退したAirgasは2016年、最終的に1株当たり143ドルで買収されたため、Airgasの代理したMartin Lipton弁護士は、この戦いとその後の売却を「Airgasの取締役会の判断の正当性を証明し、デラウェア州の判例法の知恵を確認した」と評している。

このように、米国デラウェア州判例法は日本の判例法と異なり、買収防衛策の導入・発動を「取締役会」のみで決するが(株主は独立委員会の構成を変えることができる)、「実質的強圧性」が争点になるケースが多く、その疎明責任は原則として、株主意思確認総会ではなく、会社(取締役会)が負っていることが分かる。

<参考文献>

・Gilson, Ronald J. and Kraakman, Reinier (1989) Delawar Delaware's Intermediate Standar s Intermediate Standard for Def d for Defensive Tactics: Is Ther actics: Is There Substance to Proportionality Review?, 44 BUS. LAW. 247.

・Korsmo, Charles and Myers, Minor (2022) What Do Stockholders Own? The Rise of the Trading Price Paradigm in Corporate Law, 47 J. Corp. L. 389.

・Lipton, Martin (2015) The Long-Term Value of the Poison Pill, HARVARD LAW SCHOOL FORUM ON CORPORATE GOVERNANCE, Dec. 18.

文:吉村一男