飲食店敏腕コンサルタントが語る「私が体験したM&Aの味」

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 消費者ニーズやトレンドの変化に対応するため、飲食業界では業態を超えたM&Aも加速している。最近では、日本食・和食ブームで海外での需要も増加し、海外事業を展開する飲食店も増えた。自身も飲食店を多店舗展開した経験があり、現在、約500店舗のコンサルティングを行う山川博史氏が、実体験を踏まえて語る。

順調な経営に押し寄せた震災禍

飲食店コンサルタントの山川博史氏が初めて自分の店で事業譲渡という手法でM&Aを経験したのは2011年のこと。同年3月11日、東日本大震災の直後から続いた外食の自粛ムードによって、経営を揺るがしかねない状況になったからだ。

当時、山川氏は東京と大阪に計10店舗の飲食店を展開、その10店舗を運営する会社を経営していた。なかでも東京で展開する主要な飲食店は、運営会社の東京本社の位置づけだった。店舗としては東京・港区汐留のビル1 棟を借り受け、100坪レベルのつゆしゃぶ店、25坪ほどのスペインバル、20坪ほどのバーを営んでいた。従業員は全体で約40名。それぞれの業態の特徴を生かし、経営は順調だった。

ところが、東日本大震災とその後の自粛ムードは店・会社の経営に津波のように押し寄せてきた。もともと汐留地区は企業の接待や歓送迎会での利用の需要が大きい。山川氏の営んでいたつゆしゃぶ店の3〜4 月はほぼ100%、歓送迎会の予約で埋まっていた。

ところが、その予約が、すべてキャンセルとなる。ビルや店舗設備に直接の損害はなかったものの、電気利用の規制も続いた。キャンセルのお客は埋まらず、まったく売上がつくれない状況が続いた。

「震災後の数か月は、その1棟ビルの店舗で400万〜500万円のキャッシュアウトが続きました」

と当時の状況を語る。

山川氏は、自分の店舗運営をこう振り返る。

「飲食店を出店するときは、みな、立地はどうか、集客できるエリアか、最適な業態か、メニュー開発は最適か、従業員の教育はしっかりできるかなど、いわば内的な要因については念には念を入れて検討します。もちろん、飲食ですから、食材の衛生面への対処をはじめ外的な要因への対処も万全を期します。しかし、あれだけの震災リスクは想定していなかった。特に震災後の状況にも耐え得る資金準備ができていなかった。当時のリスクに対処し得るとして想定していた資金に対して、100坪の店という事業規模は大きすぎたともいえます」

また、事業ポートフォリオの重要性を、身をもって感じたという。

「当時の私の事業ポートフォリオは、コンサルティング関係は一部あるものの、メインはB to Cの飲食店1本だったのも事実。多業態の展開ではあったけれども、それが実態です。いまなら、同じ飲食でも不動産やファイナンスに関連した事業も想定できますが、当時は想定できていなかった」

3か月、半年とキャッシュアウトが続くなかで、当然ながら、店長・スタッフからも不安の声を聞くようになる。だが、客足が遠のいた店の実情は、店長もスタッフも自分たちが一番よく知っている。それだけに、不満の声はなかった。社員は、何とかしたいと思っても、自分だけでは如何ともしがたい状態が続いていた。

パートナーへの相談で、事業譲渡という方法を知る

何としてもお金をかき集めて、店の運営を続けることはできたかもしれない。しかし、回復の見込みが立ちにくいのも事実だ。山川氏はそこで、今後どうすべきかと、資本力のあるパートナーに相談した。飲食店専門の不動産を通じたファイナンス、業務委託、サブリースなどを行いながら、会社としても飲食店を数店舗経営していたパートナー。山川氏とは、日頃からその企業の専務と経営数字を確認しあっていた仲だ。

「このままだと、ホントに厳しいね。一度、事業譲渡して第三者に再生を図ってもらい、その間に自分のビジネスを見直してみたらどうだろう。ウチでよければ引き受けるよ」

パートナー企業の専務は、そうアドバイスしてくれたという。事業譲渡で事業をいったん手放して構築し直すという発想は当時の山川氏にはなかったので、新鮮な驚きだった。山川氏は専務のアドバイスに背中を押され決断した。

そのパートナーは、事業譲渡を受けて、まず、そのまま飲食店を続ける考えだった。そのため、社員もそのまま引き受けてくれると約束してくれた。社員の処遇については山川氏も最優先で考えていただけに安堵した。「今後、事業を引き継いでもらう」と店長やスタッフに説明し、経営方針や労働条件、教育などの細かな点を伝えた。

金銭的には、そのビルを借り受けたときに1億5000万円ほどの設備投資を行い、その返済も3分の1ほどを残す状態だった。仕入などの支払い債務もあるが、それをすべてパートナーが引き受けてくれることになった。そのため譲渡金額は下がり、「ほぼ“ゼロ譲渡”でした」と山川氏は語る。それでも、立地などはいい条件だけに、パートナー企業としては「いい立地の飲食店を安く買った」という気持ちはあっただろう。

大切なのは自店で築いてきた飲食文化の継承

「M&Aでは文化の承継が大事」と語る山川博史氏

山川氏はいま、事業譲渡の難しさをあらためてこう語る。

「飲食店のM&Aでは、自分の店が醸成してきた文化と引継ぎ先の文化が合うかどうか、その大事さをあらためて感じました。この実体験があったからこそ、いま、飲食店のM&A計画のコンサルティングもできているのだと思います。財務や労務などのデューデリジェンスは会計士や税理士にやっていただかないといけない。しかし、店の文化やスタッフの現場教育の擦り合わせ、スタッフのメンタル面もフォローなどは社長やオーナー同士がしっかりとやらなければいけない。そのPMI(Post Merger Integration=M&A成立後の統合プロセス)の部分が何よりも重要です。スタッフが“がんばれるモード”を維持し、高められる状態にもっていけるか、ですね」

そのため、山川氏は「譲渡後のキックオフミーティング」が重要だとする。率直に言って、譲渡側の社員には「売られた感」があり、譲渡を受けた側は「買ってやった感」がある。それが「一緒にがんばっていこう」という考えになるには数か月、1年以上の繊細なマネジメントしていかなければならない。そのきっかけをつくるキックオフミーティングである。

と同時に、山川氏が身をもって体験したのはスピード感だ。それは単純に速攻で事業譲渡、M&Aを実施するということだけではない。むしろ「いつでも身構えておく」ということのようだ。

「飲食店の特にスタッフには、たくさんのお客さんに囲まれ、忙しく働いていれば、“ずっと一緒に働ける”という感情も生まれます。しかし、店が順調であっても、そうはいかないケースもあります。そうなったときに大切なのは、その飲食店に、いろいろな出来事に耐えられる力を育てていく文化をつくっておくこと。どこに行っても活躍できる人を、スピードを上げて店内・社内で育てていくことが重要なのです」

店を買うのではなく、コンテンツを買う

飲食店のM&Aはここ3年くらいで急速に増えた。M&Aで事業を売ったり買ったりすることに「違和感がなくなった」と山川氏は語る。

山川氏はそのM&Aに関連して、飲食店の姿が2極化していると指摘する。

「親の代の飲食店をそのまま継ぐというのは難しいですよね。ところが、個性的な1つの店で勝負する“個店返り”していくトレンドもあります。ニッチな分野で独自のプロモーション、プランディングを行い、飲食だけでなくテイクアウトやネット通販、物販など、“個店ならでは”の複数のキャッシュポイントをつくっていく。そうした跡の継ぎ方、老舗のブラッシュアップができる店は強いですね」

より大きく店舗展開していくための手法としてのM&Aも増えた。ただし、そこには高いハードルもある。飲食店経営の難しさが増している。

「味で勝負! と言っても、いまはどの店もおいしい。一方、宴会などを含めて、飲む文化・外食文化が変わり、マーケットは縮小していると言わざるを得ない。そのなかで、宣伝のコスト、採用・育成のコスト、家賃、食材費用などの売上に占める比率は上昇しています。M&Aなどの方法によって、コストを吸収し得るスケールメリットが実現できる飲食グループは限られています」

山川氏は、そうした状況にある飲食店に、「『店を買う』というより『コンテンツを買う』視点が重要だ」と語る。高単価の業態店が大衆業態のノウハウを買う、独立系の飲食店がフランチャイジーに加わりフランチャイズのノウハウを買う、といった対応だ。

「繁盛する飲食店でも、1つのコンテンツで10年やっていくのは難しい。そこでいま、実際のコンサルティングでは、業態変更するときに、まず、大衆業態なら高単価・高収益業態の小型店を購入してそのノウハウを身につけたり、個室に特化したブランドで営業する飲食店が個室以外で対応する店を購入してそのノウハウを身につけたりして、そのうえで、資本力に応じてグループ内の店をごそっと業態変更するという方法も行っています」

そうした飲食業界で勝ち残るために大切なのは、「アレンジ力・展開力」だ。

「ゼロから1を生み出すのは大変で時間もかかるもの。しかし、1があれば、いくらでもアレンジできる。音楽と似ています。ゼロから1をつくるアーチストがいて、その音楽をより良い楽曲として伝えるためのアレンジャーがいます。その力をつけていくことが大切です」

最後に山川氏は、M&Aで売る立場、買う立場の飲食店オーナー・経営者の留意点をこう語った。

「M&Aで飲食店を売る立場としては、オーナーや社長が自分自身のエグジット(出口)を出店先選びの段階など早期から考え、そのエグジットに対してメンバーにどうやってチャンスを与えていくかはもちろんのこと、エリア・規模感・業態なども踏まえた物件選びを行っていくことです。そして、売る場合は、自分が培ってきた文化と相手の文化が合うかどうか、相手が理解してくれるかどうかを見極めることですね。それは買う立場も同様です。買われた先で、本来の実力を発揮しない職人がいるのも飲食の世界ではよくあること。ですから、買ってからの1年くらいの導入プランをしっかり組み立てるべき。コンテンツの内容もどうブラッシュアップさせていくか、そのためにスタッフには何に取り組んでほしいかについても、じっくりと考える。それがより高いシナジー効果につながります」

取材・文:M&A Online編集部