不正会計が明らかになった決済サービスの独Wirecard AG(ワイヤーカード)が2020年6月25日、独ミュンヘン地方裁判所に支払い不能および過剰債務を理由とする破産を申請し、経営破綻した。ワイヤーカードといえば、2019年4月にソフトバンクグループ<9984>が同社の転換社債に約9億ユーロ(約1100億円)を投資することで合意するなど関係が深いことで知られる。
ソフトバンクグループにとっては、2019年9月に上場申請を撤回して経営再建を進めている米ウィーワークと同様の衝撃を受けたかに見える。が、実際には「痛くも痒くもない」ようだ。
引き受けたワイヤーカードの転換社債はソフトバンクグループが買い入れたのではなく、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビ政府系ファンドのムバダラ・インベストメントなど第三者に斡旋していた。ワイヤーカードの転換社債を購入していないソフトバンクグループは、同社の経営破綻で1円の損もしていないのだ。
さらにクレディ・スイスがソフトバンクグループから同転換社債の斡旋を受けた投資家の抱える信用リスクを、他の投資家に移転できる仕組債を発行している。クレディ・スイスは傘下の蘭アーゲンタム・ネザーランズを通じて、ワイヤーカードの転換社債発行と同じタイミングで仕組債を発売した。
ワイヤーカードの株価が上昇したため、ソフトバンクグループの斡旋を受けて転換社債を購入した投資家は2019年9月時点で6400万ユーロ(7億6800万円)の利益を得たという。斡旋先の投資家にも損をさせていないどころか、むしろ利益をあげさせたのだからソフトバンクグループに対する顧客からの信用も下がることはないだろう。
つまり、ソフトバンクグループにとってワイヤーカードの破綻は、投資先の選定に問題があったのは間違いないだけに「プラスになった」とまでは言えないにせよ、金融エンジニアリングを駆使してリスクヘッジした結果「マイナスを招かずに済んだ」ことになる。
ソフトバンクグループがウィーワークの失敗を受けて、ワイヤーカードでは前もって「手を打った」可能性もありそうだ。そうだとすれば、ソフトバンクグループのファンドスキルは大幅に向上したことになる。
だが、したたかなのはソフトバンクグループだけではない。欧米のヘッジファンド10社がワイヤーカード株の空売りで、総額15億ユーロ(約1800億円)の利益を得たと伝えられているのだ。利益としてはクレディ・スイスの仕組み株よりも、はるかに大きい。
6月11日には1株104.5ユーロ(約1万2500円)だったワイヤーカード株は、書類上に記載されていた多額の現金が行方不明と判明した18日に同2.5ユーロ(約300円)に暴落した。
仮に11日の株価で18日決済の空売りを設定していれば、ヘッジファンドは株式市場から2.5ユーロの現物株を買って104.5ユーロで引き取ってもらえることになり、1株当たり102ユーロ(約1万2000円)の含み益を得ることができる。
判明しているだけでも米コーチュー・マネジメントが2億7100万ユーロ(約325億円)、英TCIは1億7360万ユーロ(約208億円)、英マーシャル・ウェイスは1億4650万ユーロ(約175億円)、英グリーンベールは1億1010万ユーロ(約132億円)の利益を得たとみられる。
こうしたファンドの他にも、ワイヤーカードの経営破綻前に多くの投資家が同社株の空売りを仕掛けていたという。つまり、彼らは同社株の暴落を予想していたことになる。
2019年1月にはワイヤーカードの不正会計疑惑が報じられ、同社株が一時13%以上も下落したこともあった。一部投資家の間でワイヤーカード株は「不正により暴落する銘柄」と見られていたようだ。
クレディ・スイスの仕組債もワイヤーカードの不正リスクを織り込んだ上での発行だったのかもしれない。投資家にとってリスクは損失だけでなく、利益を生むチャンスでもある。ワイヤーカードの破綻劇は、そうした「教訓」を改めて印象づけた。
文:M&A Online編集部