日立、パナソニック、ルネサス…なぜ「大型買収」で株価が下がる

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大型海外M&Aで株価が下落するのが「お約束」に

2021年に入り、日本企業による大型のクロスボーダー(海外)M&Aが相次いでいる。しかし、いずれも公表直後に買い手企業の株価が下落する事態に。なぜ「攻め」の戦略であるにもかかわらず、大型クロスボーダーM&Aは投資家から嫌われるのか?

海外M&Aが株価の下落を生む

2021年3月31日、日立製作所<6501>が米システム開発会社のグローバルロジックを約9180億円で買収すると発表した。日立にとっては2020年に買収したスイス重電大手ABBの送配電事業を上回る過去最大規模のM&A案件となる。

これを受けて日立の株価は、終値で前日比7.30%安の5004円に下落。この日の東京証券取引所での日経平均株価は5営業日ぶりに反落して同0.86%安の2万9178円80銭だったが、日立株の落ち込み幅はさらに大きかった。

米グローバルロジック買収を発表する日立製作所の東原敏昭社長兼CEO(同社ホームページより)

大型クロスボーダーM&Aで株価が下落したのは日立だけではない。3月9日に米大手ソフトウエア企業を約7000億円で買収するという先行報道があった、パナソニック<6752>株の終値が同6.64%安の1329円50銭で引けている。この日の日経平均株価は同1.0%高の2万9027円と4日ぶりに反発していた。

2月8日にルネサスエレクトロニクス<6723>が英アナログ半導体メーカー大手のダイアログ・セミコンダクターの全株式を約6157億円(ほかにアドバイザリー費用約22億円)で取得すると発表すると、ルネサス株は終値で1203円と前営業日比3.61%下げた。この日の日経平均株価は同2.12%高の2万9388円50銭と1990年8月3日の2万9515円以来となる約30年半ぶりの高値で終えている。

日立は中核事業として進めているIoT(モノのインターネット)プラットフォーム「ルマーダ」のグローバル展開強化、パナソニックは企業向けのソリューション・ビジネスの強化、ルネサスは低電力技術によるIoT分野での提供範囲や能力の拡大という戦略的効果を狙っている。それにもかかわらず、3社とも投資家からそっぽを向かれたのだ。

クロスボーダーM&Aが苦手な日本企業

3社のクロスボーダーM&Aが問題視されたのは、買収金額が数千億円規模の超大型案件だったからだ。多額の買収資金が財務の悪化を招きかねないとの懸念がある。そもそも日本企業はクロスボーダーM&Aが苦手だ。

日本郵政は2015年2月に豪物流会社のトール・ホールディングスを約7618億円(当時、以下同)で買収したが、2017年4月に同社の減損処理で約4003億円の特別損失を計上すると発表。東芝は2006年10月に米原子炉メーカーのウェスティングハウスを約6600億円で買収したが、2017年3月に同社が破産して2018年1月に6400億円もの巨額特損を計上。東芝は経営危機に陥った。

1989年にソニー(現ソニーグループ)が約5200億円で買収した米映画大手のコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメント(現ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)も、現在ではエレクトロニクス部門に代わる優良事業部門に育っているが、M&A直後は巨額の赤字に悩まされた。

翌1990年に松下電器産業(現パナソニック)は米映画大手のMCA(現ユニバーサル・スタジオ)を買収したが、同社の赤字に耐えきれず1995年に同社の持ち分80%を売却している。

会計系アドバイザリーファームのKPMG FASによると2000年から2016年までに実施したクロスボーダーM&Aの取引総額上位100案件のうち、減損や撤退などの明らかな失敗案件が全体の約3割を占めた。

同社がクロスボーダーM&Aを実施した企業を対象にしたアンケートでは、実に7割の企業が「買収で何らかの問題を抱えている」と回答したという。英ARMの投資的な買収と売却で多額の利益を得た「買収上手」のソフトバンクグループですら、2012年に事業として買収した米携帯電話会社のスプリントでは2019年に約2220億円の減損損失を計上している。

「高値つかみ」と「ブランド信仰」が買収を歪める

日本企業が大型クロスボーダーM&Aで失敗する最大の原因は「高値つかみ」なことだ。とりわけ複数の企業が買収に乗り出して争奪戦になると、「後にはひけぬ」とばかりに買い値をつりあげる傾向がある。東芝を倒産寸前にまで追い込んだウェスティングハウス争奪戦の最後の競合相手が三菱電機だったことからも、日本企業の「高値つかみ」ぶりがうかがえるだろう。

国内外で積極的なM&Aを仕掛けて成長を続けている日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)は「絶対に高値つかみしないこと。会社の規模を大きくしたい、多角化で違う分野に進出したいといった単純な動機では相乗効果が働かない」と指摘する。

海外企業のブランドに対する「過剰評価」も失敗の要因になっている。「豪大手物流会社」「伝統あるハリウッドの映画会社」といったブランドに飛びついたものの、経営は火の車。しかも、買収された企業なのに自社の名声とプライドを捨てきれず、日本企業からの指示になど従わない。買収した親会社も遠慮して手をこまねいているうちに、巨額赤字に陥るというパターンだ。

海外企業のブランドについては、「すでに知られている名声」など過去のものと厳しく見た方がよい。むしろ高く評価すべきは、まだ誰も知らないスタートアップやベンチャー企業だろう。そうした企業であれば買収価格も安いので、M&Aが失敗しても痛手は小さい。

大手であれば業績不振で苦しんでいる企業だろう。赤字企業であれば買収価格がつり上がることはないし、買われた企業も強い危機感を持っているので自ら進んで親会社と協力し、再建に歩調を合わせるはずだ。

最もタチが悪いのが経営は火の車なのに、それを隠して高値で買わせようとする企業。いわば「売り逃げ」であり、優秀な社員はすでに会社を去り、高値でつかんだが中身は空っぽだったという結末になりかねない。

文:M&A Online編集部