政府・与党が株式や不動産などの資産所得が多い富裕層への課税強化を検討していることが分かった。与党政治家との結びつきが強い富裕層には、政府から優遇されているイメージが強い。なぜ政府・与党は「盟友」のはずの富裕層から猛反発を受ける課税強化に踏み込むのか?
所得税は累進課税のため、所得が多いほど税率が高い。現在の最高税率は4000万円以上の45%。1974年から1984年まで10年間の最高税率は8000万円以上の75%だった。その後、最高税率は引き下げられ、1999年から2007年にかけては1800万円以上の37%に。いわゆる「金持ち優遇」税制だったわけだ。
この5年間は所得税の最高税率が引き上げられているが、富裕層には「抜け穴」がある。それが株式や不動産による運用益、つまり資産所得だ。株式や土地など資産売却益は、原則として税率が一律で資産所得の多い富裕層ほど有利になる。
フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」(2013年)によると、資本収益率は経済成長率よりも大きい*。つまり資産所得の方が、勤労所得や事業所得よりも多くなる。その結果、富は資産所得が多い富裕層に集中し、勤労所得や事業所得しかない労働者や中小企業事業者との貧富の差が生まれるということだ。
岸田首相が掲げる「新しい資本主義」でNISA(少額投資非課税制度)の優遇策を拡充するのも、資本収益率の高さに注目したため。国民全体の資産所得を増やすことで個人所得を引き上げ、貧富の差の縮小を目指す取り組みだ。
一方、故安倍元首相が実施したアベノミクスによる株価高や地価上昇で富裕層の資産は膨らんでいる。新しい資本主義の「働く人への分配機能の強化」で貧富の差を縮小するには、先ず富裕層の資産を減らして配分に回す方が手っ取り早い。ピケティ氏も累進課税の富裕税による資産課税の導入を提唱している。
ただ、狙いは「格差是正」だけではない。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で積極的な財政出動をしたこともあり、日本の2021年政府債務残高はGDPの262.49%と、米国の128.13%や英国の95.35%、ドイツの69.64%、韓国の51.33%などに比べて段違いに多い。大幅な経済成長が期待できない以上、その解消策は「増税」の一択だ。
そこで目をつけたのが、富裕層をターゲットにした資産所得である。政府・与党は2023年度の税制改正で、給与所得と資産所得を合計した総所得が高額な場合に一定の税率をかけて課税する新たな税制を検討中だ。
資産増税を避けるために海外へ資産を逃避させる動きへの予防策も始まった。国税局は非居住者の金融口座の情報を他国の税務当局との間で自動的に交換するCRS(共通報告基準)情報を利用した海外財産や申告漏れの調査を強化。円安による為替差益や1億円以上の有価証券を保有する海外移住者に課せられる出国税(国外転出時課税)などを逃れる「抜け穴」を、徹底的に塞(ふさ)ぎにかかっている。
与党の「岩盤支持層」である富裕層を狙う理由は二つ。一つは資産額が多い富裕層への課税は当然ながら税額が高く、効率的に税収を得られること。
もう一つは課税対象として検討している富裕層の人数の少なさだ。政府・与党が最高税率の適用を想定している総所得が5億円を超える富裕層は、2020年時点で2200人しかいない。資産額は大きいが、有権者としては圧倒的な少数派だ。かつて富裕層は政治資金の有力な担い手だったが、政治資金に対する規制が厳しくなった現在では富裕層の社会的地位を利用した「票の取りまとめ」しか期待できない。
しかも、小泉政権、安倍政権と「国民的人気」の高い政権が長期安定したことから、与党も富裕層など有力者による票の取りまとめという「間接集票」よりも、一般有権者に広く訴求する人気とパフォーマンスによる「直接集票」へシフト。富裕層の政治的影響力が低下している。
つまり人数が圧倒的に少なく、政治的影響力が小さい富裕層が資産増税で反発しても、与党は痛くも痒くもないのだ。
だが、一般国民も「富裕層だけがターゲットだから」と安心してはいられない。政府債務残高は富裕層への資産増税だけでは賄(まかな)えないからだ。資産課税の対象となる総所得は、現在検討中の5億円から順次引き下げられるのは避けられない。さらに対象となる資産も株式や不動産運用益だけでなく、預金にまで広がる可能性もある。富裕層への資産課税は「対岸の火事」ではない。
文:M&A Online編集部
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